「メリリー・ウィー・ロール・アロング」〜あの頃の僕たち〜(21回公演の初日)
○2021年5月17日(月)18:30〜21:20
○新国立劇場中劇場
○1階13列61番(1階13列目上手側)
○フランク=平方元基、チャーリー=ウエンツ瑛士、メアリー=笹本玲奈、ベス=昆夏美、ジョー=今井清隆、ガッシー=朝夏まなと他
〇音楽監督:竹内聡
〇演出:マリア・フリードマン
 

ついに決定版誕生か?

 ソンドハイムのミュージカル「メリリー・ウィー・ロール・アロング」は、1981年ブロードウェイで初演以来、文字通り"merrily"(楽しく)かどうかはともかく、"roll along"(転がり続ける)を経てきた作品である。劇構成上大きな問題があって初演は失敗に終わったが、劇中の各ナンバーがどれも素晴らしいため、構成を変えて再演が重ねられ、ソンドハイムの中でも人気作品の一つになっている。少々出来は悪いがかわいい子供、といったイメージだろうか。
 そんな作品を、今回は自身も主人公の1人を演じ、2018年日生劇場での「リトル・ナイト・ミュージック」の演出も手掛けたマリア・フリードマンの演出で、日本で観られることとなった。緊急事態宣言の延長でどうなることかとハラハラしたが、これもこの作品にどこか相応しい感じがする。
 とにもかくにも、様々な困難を乗り越え、上演にこぎつけたホリプロはじめ関係者のみなさんに、まずは大感謝である。

 客席数は半数程度に制限。1階後方と2階はほとんど空いているが、それ以外は間隔を空けずに着席。

 舞台は屋上付き高級マンションの一室。下手端に青いドア、その内側に格子状の柱が立っていて、その奥に下手へ抜ける階段。ホリゾントにベランダに出られるガラス戸と広い窓が続くが、上手端は手前の白い壁で視界が遮られる。この基本構造に、場面に応じて様々な大道具、小道具が組み合わされる。

 序曲に続き、第1幕コーラスによる"Merrily We Roll Along"、そして"That Frank"までは、下手にバーのカウンター、上手に小ぶりのグランドピアノ。
 "That Frank"(1976年)では、カウンターにメアリーが座って飲んだくれている。途中下手階段からガッシーが降りてくる。立てなくなるほど酔っ払い、フランクと周囲に悪態をついたメアリーは、よろけながら下手端のドアから退場。ガッシーもメグの目にヨードチンキをぶちまけた後、同じドアから退場。呆然として立ち尽くすフランク。コーラスは"Transition"を歌い始める。

 1973年、上手の壁の手前で2人のニュースキャスターが座る。壁にはNBCらしきシンボルマーク。舞台の残りのスペースは楽屋という設定。上手が暗転になると、中央から下手が明るくなり、カウンターに座るチャーリーをメアリーが訪ねてくる。"Old Friends""Like It Was"の後、上手からフランク、ガッシーたちがやってくる。みなの気持ちが揃わないうちに本番の時間となり、全員上手に退場。
 上手の壁の前が明るくなり、上手から女性パーソナリティ、フランク、チャーリーと座っている。窓の奥、すなわちスタジオの外からメアリーが心配そうに見守っている。チャーリーが"Franklin Shepard Inc."でインタビューを台無しにすると、パーソナリティはCMを入れ、憤然として壁の奥へ退場。メアリーたちもやってきて2人の間を取り持とうとするが、フランクはガッシーたちと上手へ退場。

 1968年、マンションの一室。昼間。下手にピアノ、上手に荷ほどきされていない段ボールの山。フランクが1人でピアノの上の電話で誰かと話している。そこにフランクの息子(ジュニア)が飛び込んでくる。続いてメアリー、チャーリーも登場。メアリーがジュニアを寝かし付けに下手の階段を昇って退場すると、フランクとチャーリーが口論を始める。そこに戻ってきたメアリーが割って入り、"Old Friends"で仲直り。メアリーとチャーリーが退場すると、入れ替わりに劇場へ向かう途中のガッシーとジョーが登場。友情とビジネスの間で揺れるフランク。ガッシーたちが去り、また入れ替わりにチャーリーが登場、劇場へ行こうとするフランクを説得。チャーリー退場後、フランクが1人で"Good Thing Going"を弾いている。窓の外は暗くなっている。ガッシーが1人で戻ってきて、"Growing Up"を歌いながら誘惑。ついにフランクは誘惑に負け、彼女を抱いてしまう。

 1967年、法廷の入った建物のホワイエ。窓にはブラインドが下ろされ、向こうには天井から下げられた電灯の傘が見える。張り込むTVのクルーたち。下手の扉からガッシーとジョーが登場。クルーたちに囲まれるが、いくつかの質問をやり過ごしてから上手奥へ退場。
 戻ってきたクルーたちにフランクのスタッフが嘘の情報を流して上手へ立ち去らせる。下手ドアからフランク、チャーリー、メアリーたちが登場。上手奥からベスが弁護士とジュニアを連れて通り過ぎようとしたところでもみ合いとなる。ジュニアは弁護士に下手へ連れ去られ、残ったベスは中央でフランクと向き合い、"Not a Day Goes By"。
 再びジュニアが出てきて一同もみ合いになり、クルーたちも戻ってきてさらに混乱。下手ドアの手前でにらみ合うフランクとベスに2人のTVクルーが迫り、写真を撮りまくる。
 クルーたちを何とか追い払うも絶望状態のフランクをチャーリーやメアリーたちは"Now You Know"を歌いながら必死で励まし、国外旅行して気分転換するよう促す。ようやくその気になったフランク、下手の階段が中央近くまで延びてきて、豪華客船へのタラップに。船員たちが出迎える中、フランクはメアリーたちに見送られながら旅立つ。

 間奏曲に続いて第2幕、1964年。舞台中央に赤いカーテンが降ろされ、下手階段からガッシーがゆっくり降りてきて、カーテンの前に立って歌う。舞台の外枠に沿って置かれた照明が光り、フランクとチャーリーが手掛けたミュージカルの見せ場。
 歌い終わると緞帳が降り、下手端のドアだけが見える狭いスペースに。ドアには"Stage Door"と書かれている。フランクたちが上手から登場、彼らのミュージカルの初日公演がチャーリーの妻、イヴリンのお産と重なり、てんやわんやに。ドアからガッシーが登場。舞台の方が静かなので一同不安に思うが、やがて万雷の拍手が聞こえてくる。"It's a Hit"を歌いながらみな喜ぶ。
 安心してチャーリーたちはイヴリンのお祝いに行こうとするが、フランクは初日成功のパーティのために残る。彼とガッシーの仲を疑うメアリーは、イヴリンの元に向かおうとするベスを止めようとするが、ベスはフランクを信じると言って上手へ退場。

 1962年、ガッシーとジョーのマンション。下手にピアノ、上手手前にクッション2つ。多くの客たちで賑わっている。上手から登場したフランクは緊張の面持ち、一緒にいるベスは有名人探しに夢中。やがて2人は下手端でポツンと立っているチャーリーを見つける。エクレアを山盛りにした皿を持っている。
 ガッシーとジョーはフランクとベスを歓迎。ガッシーがワインをこぼしてベスの服を汚してしまうと、ジョーに着替えさせるよう促す。ジョーとベスが下手階段を昇って退場している間に、ガッシーはフランクを上手手前の温室に案内。"Growing Up"を歌いながら、彼女のためにミュージカルを作曲することを約束させる。
 ガッシーは客たちを静まらせ、フランクとチャーリーを一同に紹介。フランクは"Good Thing Going"を歌い、客たちを唸らせる。ガッシーは無理矢理もう一度歌うよう促し、事情を知らず困惑するチャーリーを尻目にフランクも再度歌い始めるが、今度はもう客たちは黙っていない。ガッシーが「シーッ!」を連発するのも空しくたちまち喧騒になり、チャーリーたちは逃げ出すように上手へ退場。

 1960年、グリニッジ・ヴィレッジのナイトクラブ。銀色のすだれ状カーテンが舞台の前方と後方を分け、両端に正方形のテーブル。白と赤のチェック模様のテーブルクロスが安っぽさを見事に表現。上手手前にベスの両親、下手にガッシーとベスが座っている。
 フランク、チャーリー、ベスによる"Bobby and Jackie and Jack"の寸劇に続き、フランクとベスの結婚式に。始めは渋い顔で反対していたベスの両親も、メアリーたちの説得で祝福することに。中央で向かい合うベスとフランク。つまり、1967年の法廷の場面と同じ体勢で、ベスは"Not a Day Goes By"を歌う。ただ大きな違いは、下手のテーブルに座ったメアリーが、ベスに重ねて歌っていること。

 1958年、舞台前方下手からベス、フランク、チャーリーと並ぶ。ベスの前にはタイプライターと資料、フランクの前にはアップライトピアノ、チャーリーの前にはタイプライター。"Opening Doors"は、ときにフランクとメアリーが電話をしながら、ときにチャーリーが書いた詩をフランクのところに持っていって見せながら進み、3人揃って歌うところでは車輪付きのオフィス椅子に乗って舞台中央に集まる。
 高級オフィス椅子に乗ったジョーが、秘書ガッシーに押されて上手奥から登場。フランクの作品に注文を付け、ガッシーに引かれながら退場。
 フランクはついにチャーリーと創ったミュージカルの上演を計画することとなり、女声歌手のオーディションをする。下手から次々と応募者がやってきて歌っては去り、3人目のベスが見事合格。メアリーも含め4人で盛り上がる。

 1957年、学生寮の屋上。舞台手前に箱が2つ、その上に板が置かれてベンチ状に。フランクが寝転がって夜空を見上げている。赤い表紙の作曲ノートを持っている。舞台天井は満天の星。上手奥からチャーリーが入ってくる。"Our Time"を最初はフランク1人で歌い、やがてチャーリーも加わる。
 上手奥からメアリーも一瞬出てきてすぐ退場。しばらくして再登場。イヴリンも出てくるが、すぐ退場。
 自己紹介し合った3人、ベンチに並んで座る。フランクを中心に、肩を組み合うチャーリー。最初は少し離れて座っていたメアリーも、フランクに肩を抱き寄せられる。"Our Time"の三重唱にコーラスも加わり、大合唱に。

 通常はここまでなのだが、今回はさらに初演時のエンディングの音楽("Merrily We Roll Along"の前奏のアレンジ)が続く。一同去って舞台にはフランク1人が残る。すなわち、第1幕冒頭の1976年の場面に戻る。赤い表紙のノートを見つめるフランク。音楽が終わると舞台も暗転に。

 このミュージカルの初演時最大の問題は、1980年フランクが母校の高校の卒業式に出席してスピーチをする場面から始まり、だんだん時間が遡って1957年まで戻った後、再び最初の場面に戻って3人が和解する、という複雑な構成であった。リバイバル上演の際には冒頭と最後の場面がカットされ、1976年のフランク邸のパーティから始まり、1957年の場面で終わるという形になり、その後この形が定着していた。
 しかし、今回はさらに一工夫加えることとなった。すなわち、先に紹介したように、冒頭の場面の最後、全てを失って呆然と立ち尽くすフランクに戻ったのである。チャーリーやメアリーとの友情が始まるきっかけとも言うべき作曲ノートを手にして、「なぜこうなったのか」「どこで間違えたのか」「他に道はなかったか」など、コーラスが次々と歌うフレーズが、彼の頭の中でグルグル渦巻いているのではないか、と想像させる。
 ソンドハイムがこの構成、演出を認めたということは、この作品の一つの到達点に位置付けたということだろう。おそらく彼の中ではずっと、単に時間を遡るだけの物語で終わらせたくない、という思いが置き火のように燻っていたのかもしれない。

 果たしてこれがこの作品の決定版になるだろうか?私としては一長一短あるように思う。評価できる点は、おそらくソンドハイム自身の思いの一部なりとも実現した、つまり何らかの形で遡った過去から現在に戻ることで、物語に奥行き、深みを与える効果があるのではないか、ということである。
 その一方で、懸念としては、最後にフランク1人が残ることで、この作品の主人公がフランク1人に集中し過ぎてしまうのではないか、ということである。初演版を見る限り、ソンドハイムはあくまで3人の友情の物語としてこの作品を書いたはずである。最後にフランク1人しかいないことで、チャーリーとメアリーとの間にドラマ上の役割で決定的な差が付いてしまうのはいかがなものか?
 今後世界中の劇場が「フリードマン版」にどのような反応を示すか、楽しみである。

 平方は長身長足の素晴らしいプロポーション。彼が舞台に登場するだけで観客の視線が集まる感じで、フランクにぴったり。ときどき声の響きが薄くなる部分はあったが、歌いぶりもまずまず。ウエンツは「リトル・ナイト・ミュージック」でのヘンリック役の名演がまだ記憶に残っているが、今回も安定した歌いぶり。ソンドハイム流早口が求められる"Franklin Shepard Inc."も難なくこなす。笹本は最初の"Old Friends"で中声部から上の切り替えが苦しそうで、どうなることかとハラハラしたが、それ以外のナンバーは伸び伸びとした声が響くようになり、こちらも聴き応え十分。
 昆は最初の"Not a Day Goes By"では力が入り過ぎていたが、第2幕では自然な歌いぶり。今井は悪徳プロデューサーぴったりの容姿だが、声はテノールのだみ声というユニークさで楽しませてくれる。朝夏は宝塚仕込の存在感を遺憾なく発揮。特に第2幕冒頭、彼女が下手の階段を降りてくると、たちまち宝塚大劇場の大階段の場面が頭に浮かんでしまうから不思議。
 他の俳優たちも複数の役をこなしながらも、溌溂とした歌と演技を披露。
 オケは舞台の上手側奥で演奏しているようだ。こちらも安心して聴ける。

 翻訳(常田景子)と訳詞(中條純子)は、2013年天王洲銀河劇場での公演のときと同じだが、そのときの短縮版でなく、今回は本来の2幕仕立ての公演ということもあってか、訳も一部見直されているようだ。"Our Time"でしつこく繰り返される"You and Me"を「君と」「僕と」で繰り返すなど、より原文のニュアンスを活かした訳になっているように感じられて嬉しい。

 カーテンコールでキャスト全員が揃うと、客席は自然と総立ちに。わかるわあ、その気持ち。

 今月いっぱい東京の後、名古屋と大阪での公演も予定されている。ぜひ無事に全公演完走してほしいものだ。
 

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