バリトンとピアノの歌曲コンサートVol.2
○2022年9月24日(土)14:00〜15:35
○古賀政男音楽博物館内けやきホール
○K列10番(最後列ほぼ中央)
○シューマン「詩人の恋」Op48
 マーラー「若き日の歌」より「春の朝」「夏に交代」、「さすらう若人の歌」、「子供の不思議な角笛」より「起床合図」「美しいトランペットが鳴り響くところ」
+マーラー「若き日の歌」より「別離」
〇Br=黒田祐貴(祐の偏は示)、P=木邨清華

若人たちによる若人の歌

 2018年第87回日本音楽コンクール声楽部門で第2位を受賞して以降オペラやコンサートに引っ張りだこのバリトン、黒田祐貴がコロナ前の2019年9月15日以来となる歌曲のリサイタルを開くとあっては、行かないわけにはいかない。けやきホールは1階のみの220席、7割程度の入り。
 前回はリートの演奏に詩の朗読をミックスするという大胆な試みだったが、今回はオーソドックスなリート・リサイタル。ピアノは小型のベーゼンドルファー。
 
 前半の「詩人の恋」、1曲目冒頭のピアノはやや表情過多だが、黒田の表現は控え目。2,3曲目も淡々と歌っていくが、3曲目の締めのピアノの和音が少し強過ぎる。愛する喜びを歌う4,5曲目も抑え気味に歌うが、6曲目は厳かと言うか、むしろ既に暗い影さえ感じさせる。愛を失う7曲目後半、"Ich sah dich ja im Traume"(夢で君を見て)を柔らかく歌い出して、頂点の"Herzen"(心)へ一気に緊張を高めていくところ、思わず聴き惚れる。
 8曲目以降、声と歌いぶりに影がだんだん色濃く広がってゆく。9曲目はもう少しピアノが先へ進みながら弾いが方がいいかも。13曲目、バリトンのフレーズに応えるピアノの連続和音にはドキッとさせられるが、もう少し抑え目でいいかも。最後の16曲目、やり場のない絶望感に聴く方も胸を締め付けられる。歌い終わった後、後奏が私たちを徐々に日常に引き戻してくれるが、最後の音をもう一息延ばしてほしかった。
 
 後半はマーラーの歌曲集。「春の朝」は、前半とは一転して明るく快活な雰囲気の曲。「夏に交代」は交響曲第3番第3楽章に引用されている曲。いずれも黒田の持ち味である貫通力のある声がよく合っている。

「さすらう若人の歌」。再び悩める青年の思いを歌う。1曲目冒頭のピアノのフレーズ、いくら何でも速過ぎないか。迷える心と言うより、心の中をかき回されているように聞こえる。歌い始めると違和感はないのだが。小鳥のさえずり、"Zikuth!"は3回ともD−Cで歌う。
 2曲目、前半の美しい野原のシーンから後半の夢見心地の歌、そして最後の絶望の独白に至るまで、一つのストーリーがしっかりできている。
 3曲目、前奏3〜4小節目左手のアクセントをもう少し効かせてほしい。激情が文字通り爆発するような歌いぶり。
 4曲目、静かな歌いぶりから、悲しみの中にも安らぎを見出した若人の心情がよく伝わってくる。菩提樹に包まれるような安心感。本当はそれは死の安らぎなのだが。

 最後に「角笛」から2曲。「起床合図」はNHKFMの「リサイタル・パッシオ」でも歌った曲。ウクライナでの戦争をきっかけに、特別な思い入れを持っている曲だそうだ。戦死した鼓手の絶望とやるせなさと怒りの入り混じった思いを、自身に満ちた歌いぶりで伝えてくれる。
「美しいトランペットが鳴り響くところ」も、節ごとに転調する音楽に対応しながら、一つの物語を見せてくれる。

 黒田はまだドイツ語の子音に甘いところが多いが、元々の声の魅力に加え、オペラの舞台を経験したせいか、表現の幅が前回より格段に広がっている。そして何よりも、若人の歌は若人のうちに歌っておくべき、と納得。木邨は黒田との息ぴったり。ベーゼンドルファーの弾き方をもう少し研究すれば、さらに充実したアンサンブルになるだろう。

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