バリトンとピアノの歌曲コンサート 黒田祐貴×木邨清華
○2019年9月15日(日)19:00〜20:45
○ソノリウム(永福町)
○2階席最前列ほぼ中央
〇Br=黒田祐貴、P=木邨清華
○シューマン「ケルナーの詩による12の歌曲」Op35(朗読=藤田宏樹)
 R.シュトラウス「4つの歌曲」Op27、同「5つの歌曲」Op39

若気の至りに嫉妬

 昨年の第87回日本音楽コンクール声楽部門第2位を受賞したバリトンの黒田祐貴が、初の歌曲リサイタルを開くとあっては、行かないわけにはいかない。
 会場のソノリウムは永福町駅から徒歩10分弱。昭和の香りが残る商店街の誘惑を振り切って歩き続けると、江戸時代にタイムスリップしたようなお寺(大圓寺)の向かいにある。
 100席ほどの小ホールは白い壁と天井に囲まれ、開演前はピアノの後ろに置かれた白いパネルの奥から間接照明のみ。ステージと客席の境目はなく、ステージを照らす照明も必要最低限のものしか吊るされていない。ホールへの入口は一つしかなく、聴衆も演奏者もそこから出入りする。シンプルでアットホームな雰囲気。
 椅子は全て木造り、前方に約70席、階段を上った後方の中2階席が約30席。チケットは早々と完売、文字通り満席。

 前半はシューマンのいささかマイナーな歌曲集。もちろん全曲生で聴くのは初めて。
 上手端に椅子と譜面台が置かれ、若手俳優の藤田と3人で登場。藤田は以下の◎を付けた曲の前に詩を朗読。全文ではないが内容をほぼ網羅した形で語りかける。

◎1.嵐の夜の欲求
◎2.滅びよ、愛も喜びも
◎3.さすらいの歌
◎4.新緑
 5.森への憧憬
◎6.亡き友のグラスに寄せて
◎7.さすらい
 8.人知れぬ愛
◎9.問いかけ
10.人知れぬ涙
11.誰がお前を傷つけたのか
12.古いリュート

 ◎の付いていない曲の詩は紹介しないのではなく、例えば4曲目の前に5曲目と2曲まとめて朗読。つまり、9曲目の前には最後の4曲分をまとめて語る。要は、長い曲は1曲ずつ、短い曲はまとめて語るというやり方のようだ。
 オペラ1幕分くらいの長丁場(朗読含めて約50分)を順に歌っていくのは大変なこと。聴いている方も今何曲目なのか、迷子になることもしばしば。そこで、歌の前に詩の内容を紹介すれば、演奏者にとっても小休止になるし、聴衆もよりわかりやすく曲を楽しむことができる。
 歌曲リサイタルのイノベーションに挑もうとする姿勢は素晴らしい。ただ、演奏としてどうかは別に考えねばならない。
 1.「嵐の夜の欲求」は確かに激しい曲だが、朗読は力が入り過ぎている。コンクールでも歌っていた2.「滅びよ、愛も喜びも」は、気が遠くなるような息長いフレーズに聴き惚れたが、朗読のフレーズはそこまで長くは続かない。
 その後も、朗読からのイメージと演奏が紡ぎ出す世界とが合わずに違和感を感じる場面がときどきあった。特に最後の4曲をまとめて朗読するのは、短い曲が続くとは言え、少々無理があったかも。詩の雰囲気の違いを表現するのも苦心していたし、頭の中に4曲分のイメージがごっちゃになったままで演奏を聴くのも骨が折れる。

 後半は通常の歌曲リサイタルのスタイルに戻るが、ここでも選曲にこだわりが。同じ作曲家の歌曲で好きなものやテーマに共通するものを集めるのでなく、作品番号単位で、Op27とOp35を全て歌う。演奏側の覚悟が伝わってくる。
 当たり前のことだが、朗読がないことでより歌に集中できる。Op27の1.「憩え、、我が心よ」の"Ruhe"(憩え)の繰り返しを聴いているだけで、ゾクゾクしてくる。2.「チェチーリエ」でじわじわと熱を込めながら終盤の最高音に向かうところも心地よい。3.「密やかな誘い」と4.「明日」の動と静の対比も見事。
 Op35はさらに性格の異なる曲が並んでいて厄介。1.「静かな歌」は、右手の8分音符の刻みの上に乗って文字通り静かに進むが、中盤では情熱の炎が燃え上がる。2.「若い魔女の歌」は箒に乗った魔女の鼻歌のよう。3.「労働者」は愚痴のオンパレード。"Nur Zait!"(ただ、時間だけが!)の繰り返しが苦々しく響く。4.「解き放たれて」は悲しい別れの歌。"O Glueck!"(ああ、幸せよ)の繰り返しが痛々しい。5.「我が子への歌」は、死が迫る父の子に対する焦りの歌か。"hoer zu"(お聞き)や"Sei du!"(お前もそうあれ!)のように、2回続けて強調するフレーズが印象的。

 黒田祐貴の歌いぶりだが、まだまだドイツ語の発音に甘いところが多いものの、伸びやかで張りがあって、少し陰のある声が最高の強み。また、長いフレーズを自然に創れるところなどは、やはりお父様(黒田博)譲りか。
 木邨のピアノは和音にもう少し厚みが欲しいが、研ぎ澄まされた音創りは魅力的。シューマンやシュトラウスに共通する、一つ扱いを間違えると台無しになるような繊細なフレーズの連続を危なげなく組み立てる。
 
 ホールは小さいながらも温かく包み込むような響きで、ピアノの蓋を全開にしても、声とのバランスが崩れない。

 それにしても、久しぶりに若者の特権を見せ付けられたような気分。いやいや、こちらもまだまだ老けてはいられない。
 

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