ヴァイグレ指揮読響
○2021年6月19日(土)14:00〜16:15
○東京芸術劇場
○3階E列63番(3階上手側5列目端から5席目)
○ワーグナー「タンホイザー」序曲
 シューマン「ピアノ協奏曲イ短調」Op54(P=反田恭平)(約31分)
(12-10-8-6-4)
同/リスト「献呈」Op25の1
 チャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」Op64(約48分)
 (14-12-10-8-6、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVaの後方)(コンマス=小森谷)

シューマンをめぐるピアノとオケの葛藤

 ヴァイグレ指揮の読響演奏会、今回2公演目のプログラムは、前回同様オペラの序曲、協奏曲、交響曲の組合せ。ピアノのソリストに招かれた反田恭平人気にあやかってか、翌20日ともども完売。9割程度の入りで、ほぼコロナ前の状態に近付いてきた。

「タンホイザー」は2月の二期会公演でも全曲振っているが、そのときの序曲はパリ版だった。今回は改めてドレスデン版での演奏となる。この版だとヴェーヌスベルクの音楽が一段落した後に巡礼の合唱が戻ってきて、そのまま盛り上がって終わるので、いかにもこのオペラのストーリーを集約したような音楽になる。手慣れたヴァイグレの指揮の下、安定した響きでこなれた演奏。特にヴェーヌスベルクの場面で、小森谷と隣りの長原、すなわち「ダブル・コンマス」による合奏が聴けるとは、何ともぜいたく。

 シューマンのピアノ協奏曲だが、ピアノは何とファツィオリを使用。反田は黒の長袖シャツにズボン姿。最近の男性ピアニストの舞台衣装の定番か?
 第1楽章、ほぼ標準的テンポ。冒頭のソロは柔らかい響き。12小節からのピアノによる第1主題、この音域の音質に癖があるような感じ。23〜25や27〜29の同じフレーズの繰り返しで2回目を少し抑える。その後は比較的淡々と進んでいくのだが、変イ長調に転じる156以降でがらりと雰囲気が変わる。少しテンポを落とし、流れるようなピアノのアルベジオの連続に聴き惚れる。205以降、第1主題に戻るまでの長い道のりも、なだらかな坂をゆっくり滑り降りてゆく感じで心地良い。
 402以降のカデンツァも無骨なところが全くなく、サラサラと流れてゆく感じ。そしてその流れのままフィナーレへ。最後に駆け登る540の頂点のAも軽く響かせる。
 第2楽章、4や5のfpは控え目。28以降のVcがよく歌う。ピアノは丁寧に弾き進めてゆくが、特に第3楽章につながる前の90以降細心の注意を払いながら響かせる。音楽はこのまま終わらず、次にまだ何かあることを予感させる。
 第3楽章、ピアノは明るいが控え目な響き。対するオケは重厚な響き。40以降、右手の8分音符のメロディはよく流れる一方で、左手の付点2分音符の響きはさほど強調されない。テンポはほぼ標準的だが、途中で転調してもその前後でためることなく進めてゆく。
 終盤のピアノの長丁場となる663以降、音楽の流れが軽やかな一方で、703〜705のように和音を響かせるところが少々弱い。727以降のfやsfの連続と751以降のpとの対比も不明瞭。最後の頂点となる867も軽い。
 なぜファツィオリを選んだのか?答えはアンコールなのかもしれない。高音から低音まで繊細でバランスの取れた音色のハーモニーがリストの技巧的なひけらかしをほぼ完全に消し去り、夢のような幸福な世界が眼前に現れる。たぶん協奏曲もそんな風に弾きたかったのだ。
 対するオケはそのスタイルにある程度寄り添いつつも、ドイツ風の重厚な響きはきっちり維持。そのために、普段ならもっとピアノとオケが対峙するような場面では、悉くピアノが後に控えるような感じになる。明日もう一度やって、果たして双方が今日以上に寄り添えるか?

 チャイコの5番第1楽章、ほぼ標準的テンポ。厚みのある響きを保ちながらもテンポの揺れはほとんどなく進むが、ニ長調に転じる152以降、Un pochettino piu animato(少しだけより活き活きと)の指示があるところでやや遅くなり、木管のタータタータが逆に少し重めになる。この部分が終わる169から間髪入れずに170に入り、元のテンポに。同じパターンの431と432の間では一呼吸入れる。
 その後もほとんど細かい表情を付けずに進み、第1主題に戻る直前で頂点に達した直後、急激な下り坂になる309以降のタータにもためがない。嬰ヘ短調へ転じていく356以降で徐々に緊張を高めていく。
 終盤の487以降もテンポは変えない。527以降のCbのメロディもあまり小さくしないまま、最後はかなりぶっきらぼうに切る。
 第2楽章、ほぼ標準的テンポ。8以降のHrを始め、次々登場する管のソロはどれも安定しているが、Vcのパートソロに絡む34〜36のObソロはもう少し目立たせてほしい。56に向かう1回目の山は比較的あっさり通り過ぎる。運命の主題が登場して盛り上げる場面もインテンポで。その後、108以降の弦のピツィカートがやや乱れる。2回目の山はより分厚い響きで進めてゆき、頂点に達する153手前で少しだけテンポを落とす。
 第3楽章、やや遅め。3拍子を1拍ずつ振るせいか、19以降の木管のフレーズの流れが滞りがち。その一方で、弦のピツィカートに対しては弾ませて響かせるよう指示。嬰ヘ短調に転じる72以降少し流れがよくなる。
 アタッカで第4楽章へ。ほぼ標準的テンポだが、冒頭から重厚な響き。それを維持しながら進んでゆく。第1主題が始まる58以降もテンポを変えない。98以降のVとVa,Vcのカノン風掛け合いなどには目もくれずに進めてゆく。その一方で、HrとTpがメロディを受け継ぐ218以降のVの刻みは強調。
 426のPoco meno mosso(少しより遅く)でもテンポは変えず、しかし少しずつ着実に緊張が高まっていく。469のリテヌートもほとんどかけない。471のグラン・パウゼをかなり長めに取る。
 504以降のプレストもあまり速くしない。546以降のMolto meno mosso(非常により遅く)もほとんどテンポに変化なし。そのままインテンポで曲を閉じる。

 フレーズにほとんど細かい表情を付けず、テンポの変化も最小限。典型的な古典的アプローチのチャイコフスキー。その一方で、弦と管の重厚な響きと緊張の途切れないアンサンブルのおかげで、この曲の有するロマンチシズムは十分に表現。

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