東京二期会「タンホイザー」(4回公演の3回目)
○2021年2月20日(土)14:00〜18:05
○東京文化会館
○5階R2列15番(5階上手サイド2列目)
○タンホイザー=片寄純也(T)、エリーザベト=田崎尚美(S)、ヴォルフラム=大沼徹(Br)、ヴェーヌス=板波利加(S)、ヘルマン=狩野賢一(B)ほか
〇セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
(10-8-7-6-5)、二期会合唱団(20-35)
〇キース・ウォーナー原演出

歌手に寄り添い励ますオケと合唱

 二期会創立70周年記念公演の一環として企画された「タンホイザー」も、コロナの影響を受けずには済まなかった。当初予定されていた指揮者のアクセル・コーバーの来日が不可能となったのである。しかし、そこで起死回生と言うべきか、昨年11月から来日していたセバスティアン・ヴァイグレが滞在期間を延ばしてこの公演も振ることになった。ピットに入るのは彼が首席指揮者を務める読響だから、これほど好都合なことはない。かくして久々のワーグナーを願ってもない形で聴けることになったのである。
 客席は7割程度の入り。席数制限を守るため一部市松配置だが、私が座った5階席は全席売り出されていたようだ。しかし、満席ではない。

 上演版は「パリ版準拠(一部ドレスデン版使用)」とある。序曲からバッカナールまで切れ目なく演奏される(=パリ版)一方で、第2幕のヴァルターのソロは、ドレスデン版に従ってカットされずに歌われる。

 ピット内の蜜を避けるためか、ハープと打楽器は下手の花道に、第2幕の行進曲におけるバンダは上手の花道に配置。どちらも黒い紗幕で覆われ、出番がないときには歌舞伎の御簾のように中は見えない。

 バッカナールが始まると幕が開く。中央の椅子に座るタンホイザーを、赤いクッション付きウォーターベッド4台が遠巻きに囲む。左右は黒い壁だが、2カ所ずつ出入口が開かれている。ニンフたちが彼を誘惑し、彼もしばらくは付き合うが、すぐに飽きて追い払い、椅子を持って後方へ移動。ホリゾントにバッカス?と戯れるニンフたちの絵がかけられていて、それを眺める。絵の奥が舞台になっていて、絵の人物たちが踊り出し、やがて舞台を飛び出して、彼の方に向かってまとわりついてくる。
 天井には、先端を切り落とした円錐形のシャンデリア。横軸の同心円4つと縦軸の直線8本が組み合わされている。
 舞台両端のかなり高いところにバルコニー。そこにも男女の姿。下手に少年が現れ、下を眺めている。一旦下がってしばらくすると下手から舞台へ出てくる。天井から紙がばらまかれて床に散乱。少年はその中の1枚を拾って詩?を書いている。その様子を優しく見守るヴェーヌス。少年はできた詩を彼女に見せるが、彼女は気に入らないようで、破り捨てる。少年は上手へ走り去る。

 第1幕、前半はタンホイザーとヴェーヌスのやり取り。ウォーターベッドでうなだれるタンホイザーに、ヴェーヌスが優しく声をかけるが、彼は舞台上をあちこちさまよいながら出口を探そうとする。竪琴は登場しない。
 ついに聖母マリアの名前をタンホイザーが叫ぶと、ヴェーヌスは退き、ニンフたちもウォーターベッドを引きずって退場。シャンデリアのオレンジの光が消える。下手の壁が開いて、白い光で照らされる。
 舞台に杖を持った牧童が登場。歌う途中で杖を離してしまうが、気付かない様子。下手から巡礼たちが登場。グレーのコート姿だが、コートのどこかに十字の印が描かれている。彼らの合唱を聴いて牧童は杖を拾い上げる。
 巡礼者と牧童の入れ替わりに、舞台にヘルマンたちが登場。赤いシャツに茶色のコート姿。狩りで捕えた鹿をかつぎ、ブリューゲルの絵みたいにポーズを取っている。タンホイザーを見つけると、舞台から降りてくる。
 タンホイザーの帰還を喜ぶ騎士たち、幕切れ前には退場しかけては戻ってくる、といった動きを繰り返す。

 第2幕、中央奥に舞台。それを囲むように殿堂の壁と格子状の窓。奥から青い光がもれる。舞台に向かって50席くらいの椅子が整然と並べられている。
 上手から純白のドレス姿のエリーザベト。椅子を愛おしく撫でながら歌う。
 下手からまずヴォルフラム登場。彼に促されてタンホイザーも入ってくる。ヴォルフラムはタンホイザーをエリーザベトに引き合わせた後退場するが、下手奥の窓から中の様子を覗いている。エリーザベトが「ハインリヒ」とタンホイザーに呼びかけると、我慢し切れず再び殿堂に入ってくる。しかし、そんな彼など眼中になく歌い合うエリーザベトとタンホイザーを見て、上手端へ移動し、彼自身の望みが絶たれたことを嘆く。
 抱き合おうとする2人をヴォルフラムは止め、タンホイザーを連れて上手へ退場。エリーザベトも後を追って出ようとするが、また戻ってくる。下手からヘルマン登場。
 ファンファーレが鳴ると、エリーザベトは舞台の上へ、ヘルマンは舞台中央に。まずエリーザベトと同じような白一色の衣裳の婦人たちが下手から登場して殿堂の壁沿いに並び、優雅に動きながらエリーザベトやヘルマンに挨拶。続いて下手から男たち。黒の上下に赤帽姿。
 下手手前から少年が登場し、中央最前方に置かれた椅子に座る。その姿を婦人たちが一斉に指差す。続いて少年は舞台へ走り上がって貴族たちを眺める。するとまた降りてきて、今度は下手手前端にいるヘルマンの元へ。次に上手手前端にいるヴェーヌスのところへ。一同勢揃いすると2人は退場。
 エリーザベトは舞台から降りて中央前方へ移動。1人貴族たちに背を向けて、客席側を向いて座る。歌手たちは舞台に登場、タンホイザー以外黒の上着に赤いズボン姿。
 ヘルマンが歌合戦の趣旨を説明する間、騎士たちはそれを補足するかのように、剣を抜き、剣先を合わせ、鞘に収める。ヘルマンがエリーザベトからの褒美のことを告げると、彼女は顔を覆ってうずくまる。
 下手から4人の小姓たち登場。エリーザベトの後ろに立ち、もったいぶった仕草で騎士の名前の書かれた紙をリレーし、エリーザベトは紙の方を見ないようにしながら1枚引く。
 ヴォルフラムのみ舞台に残り、他の騎士たちは降りて舞台横の椅子に座る。ヴォルフラムは譜面台を前に歌を考えているが、やがて意を決したように台を脇へ置いて歌い始める。
 ヴォルフラムの歌を讃える貴族たちに対し、タンホイザーは舞台に上がって反論。ヴァルター、ビテロルフと続いて歌い、それに対してもタンホイザーは反論。彼らは舞台から降りて、やがてエリーザベトのすぐ後ろで歌い合うようになる。
 とうとうタンホイザーがヴェーヌス賛歌を歌い始めると、上手バルコニーにヴェーヌス登場。激高した貴族たちは立ち上がって騒ぎ出し、上手手前端にタンホイザーを追い詰めるとともに、そこから塀のように舞台に向かって椅子を並べる。騎士たちは剣を抜いてタンホイザーに向ける。
 エリーザベトは一旦舞台奥へ下がってから、彼らを止める。歌いながら手前に移動し、騎士たち1人1人を制しながら、剣を収めさせる。そして、舞台に向かって1列に並べられた椅子の上をゆっくり歩いてゆく。
 ヘルマンから巡礼への参加を命じられたタンホイザー、舞台中央へ移動。彼の上にシャンデリアが降りてくる。中央最前方の椅子に戻ったエリーザベトは、既に息絶えたかのようにうなだれる。

 第3幕、中央奥に舞台は残っているが、第2幕までそこにつながっていた壁はない。荒れ地に取り残されたような雰囲気。床には落ち葉が一面に。中央手前にエリーザベトが座り、その傍らに白のヴェールらしき布が落ちている。その様子を後ろから見守るヴォルフラム。上手端にウォーターベッド。
 巡礼の合唱が聴こえると、エリーザベトは舞台に上がる。巡礼たちは上手から登場、グレーのコート姿が多いが、コートも付けず白いシャツ姿の者も。エリーザベトは彼らの中にタンホイザーを探すが、見つからない。「ハレルヤ!」が歌われると、倒れてしまう。
 巡礼たちが下手へ去った後、エリーザベトは降りてきて、祈りの歌を歌い、椅子を引きずるようにして再び舞台へ向かうが、途中で倒れる。ヴォルフラムを制し、1人で這い上がるように階段を昇り、舞台上へ。奥にある鏡の扉が左右に開き、その中へ退場。
 ヴォルフラム、落ち葉の中から詩が書かれた1枚の紙を取り出し、「夕星の歌」を歌う。その間舞台は暗転し、彼にのみスポット。
 歌い終わって音楽がタンホイザーの帰還を暗示すると、だんだん舞台が明るくなる。中央に彼がうずくまっている。
「ローマ語り」に続いて、ヴェーヌスベルクへの道をタンホイザーが求めると、舞台の鏡戸が開いてニンフたちが登場。上手からヴェーヌスも現れる。タンホイザーに近付き、彼女のすぐ後ろにはニンフたちが舞台の上まで1本の綱のようにつながって、彼を連れ戻そうとする。
 ヴォルフラムがエリーザベトの犠牲を知らせると、ニンフたちは去り、ヴェーヌスは上手端のウォーターベッドへ移動し、うずくまる。だが退場はせず、そのまま暗くなる。
 男たちが下手奥からエリーザベトの棺をかついで近付いてくる。ヴォルフラムも棺を担ぐ一員に。上手には婦人たちが登場。
 タンホイザーの上にシャンデリアが降りてくる。その中に入り、梯子を昇ってゆく。

 ヴェーヌスベルクとヴァルトブルクに代表される二項対立をあえて1つの世界の両面のように設定し、神聖な愛と快楽の愛、理想と現実といったこの作品に込められた対立要素も、その土壌の上に提示する。少年に代表される子供の純粋さと大人の複雑さなども追加して示されることで、タンホイザーの迷走は決して彼1人に特別のものでなく、一歩間違えれば誰にでも起こりうることを実感させる。ただ、ヴェーヌスの最後の扱いなど、詰め切れていないところも見られる。

 片寄は聴かせどころの高音はしっかり決めるのだが、そこに至るまでの歌いぶりが不安定。ワーグナーの書いた音符をもう少し丁寧に追ってほしい。田崎は清楚な声質で響きもよく伸びる。第2幕でタンホイザーに贖罪の機会を与えるよう訴えるくだりなど、ホロリと来た。大沼も甘さと苦さを兼ね備えた歌いぶりで、役柄にぴったり。板波は粗削りだが、ヴェーヌスの妖艶さはよく表現できている。狩野も堂々たる歌いぶりで、高音がもう一息伸びれば言ううことなし。

 新国合唱団の指揮者を長らく務めた三澤洋史が始動する合唱には驚いた。各パートの声がしっかり揃い、アクセントなどの表現も徹底され、分厚いハーモニーとなって舞台を盛り上げる。これぞワーグナーの合唱。
 ヴァイグレ指揮の読響は、冒頭こそアンサンブルが乱れかけて心配したが、その後は歌手たちを単に支えるだけでなく、ときに寄り添い、ときに叱咤激励し、さらに自らも雄弁に語ってゆく。特に低弦は終始よく歌っていたし、第3幕序曲でのFlによる贖罪のテーマの再現など、ワーグナーが描いた管弦楽の魅力を余すところなく聴かせてくれる。
 来年7月には同じコンビで「パルジファル」の上演が予定されている。今から待ち遠しい。

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