調布の風コンサート19 堀米ゆず子(V)+津田裕也(P)
○2012年10月13日(土)14:00〜15:40
○調布市文化会館たづくり くすのきホール
○O列20番(15列目中央やや上手寄り)
○クライスラー「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」、ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調」Op30の1(繰り返し全て実施)、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調」BWV1004(約20分、繰り返し省略)
クライスラー「愛の悲しみ」「ウィーン奇想曲」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」「ツィガーヌ」
+マスネ「タイスの瞑想曲」、ファリャ/クライスラー「スペイン舞曲」、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」

ストラディヴァリウスとホームタウンとの千載一遇

 8月に堀米さんがフランクフルト空港で愛器のグァルネリを押収されたというニュースは、日本の音楽関係者に衝撃を与えた。その一方でこの話題はテレビのワイドショーなどでも広く取り上げられ、堀米さんは日本で最も有名なヴァイオリニストと言っていいほど、日頃音楽に関心のない人々にも名前を知られることとなった。しかし、ファンにとって何より気がかりだったのは10月に日本各地で予定されている演奏会までに楽器が手元に戻るのかどうかだった。
 幸い楽器は返還されたが、堀米さんの来日には間に合わなかった。だが怪我の功名と言うべきか、今回の日本ツアーでは日本音楽財団所有のストラディヴァリウスが使えることとなり、しかもこの日は堀米さんの生まれ育った調布のホールでの演奏会。大げさかもしれないが、千載一遇と言うべき機会。ほぼ満席の入り。
 堀米さんは濃い目の緑で下半身の割れたロングドレスに白のパンツ姿。

 「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」、冒頭からストラド特有の優美で柔らかい音色が心地よい。次のソナタへの序奏のようにも聴こえる。
 6番のソナタ第1楽章、ここも静かな出だしで楽器の音色によく合っている。特に42小節目以降の第2主題は小川の清流のような歌いぶり。最後もささやくように終わる。
 第2楽章、堀米さんにしてはやや遅めのテンポかもしれないが、その分息長くメロディを歌わせる。楽器の響きに酔わないまでも、弾きながら自分でも楽しんでいる感じ。
 第3楽章はいつもの速めのテンポで冒頭の主題から軽快に進む。第4変奏の重音の連続でもハーモニーのバランスが全く崩れない。短調の第5変奏で再び楽器の響きを前面に出し、メロディを丁寧に歌わせる。最後の第6変奏、終盤で一気にたたみかける。自分の表現をどこまで楽器が受け入れてくれるか、いろいろ試しているようにも聴こえる。
 バッハのパルティータ2番、ステージでは堀米さんにだけ強いスポットが当たる。「アルマンド」でも少し落ち着いたテンポで1音1音響きを確かめるように進む。「クーラント」以降は徐々にいつもの思い切りのよさが戻ってくるが、最後の「シャコンヌ」は3月にフィリアホールで聴いたのとは全く違う演奏に。冒頭はやはり堀米さんにしては遅めのテンポで、重音の響きをきちんと鳴らすことに集中している感じ。しかも、18以降のpで高音を歌わせるところでさらにテンポを落とす。細かい音符が続く場面ではテンポも元に戻るが、息も詰まるくらいの速さにまでは行かない。長調に転じる132の前で一呼吸入れてから、再びテンポを少し落として弾き始める。Fisの音がひときわ明るく暖かく響く。短調に戻る208以降も一気呵成という感じでなく、徐々に薄暗く、肌寒くなっていくような雰囲気。しかし、この日もバッハに真正面から向き合う気迫に変わりはない。

 前半にこれだけ中身の濃い演奏を聴かされると、後半は既にアンコールを聴いているような気分。気楽に耳を傾けるうちにあっという間に「ツィガーヌ」が始まる。前半のソロでは気品が漂い、ピアノが入る後半は小気味よく進む。
 堀米さん自身の口から今回の一件についての報告があり、会場も喝采で応える。「タイスの瞑想曲」がこれまた今日の楽器にぴったりで、ただ美しいだけでなくオペラにおけるこの曲の位置付けをも十分想起させる演奏。ファリャは軽やかに、ドビュッシーは弱音器を付けてこの楽器の持つ多彩な音色の一端を披露。

 弾けるように音が鳴るストラディヴァリウスは、音の密度を高めることで緊迫感を創り出す堀米さんのスタイルに合わない部分があるのかもしれない。ただ、随所で聴かれた清らかな音楽の流れは若い頃の演奏ぶりを思い出させ、懐かしい気持になったのも確か。「怪我の功名」の一つかも。
 ピアノの蓋は全開。津田は音の輪郭がはっきりしており、切れ味のいい弾きぶり。ソロのリサイタルを聴いてみたい。

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