堀米ゆず子 J.S.バッハ−ブラームス・プロジェクト2
○2012年3月31日(土)18:00〜20:05
○フィリアホール
○2階R列9番(2階上手サイド、ステージの真上)
○バッハ「トリオ・ソナタニ短調」BWV527(V=堀米ゆず子、Va=ロジャー・チェイス、Vc=宮田大)
同「同変ホ長調」BWV525(V=山口裕之、Va=小倉幸子、Vc=辻本玲)
ブラームス「弦楽六重奏曲第1番変ロ長調」Op18(V=堀米ゆず子、山口裕之、Va=ロジャー・チェイス、小倉幸子、Vc=宮田大、辻本玲)(約33分、第1楽章提示部のみ繰り返し実施せず)
同「ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調」Op108(V=堀米ゆず子、P=坂野伊都子)(約20分)
バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調」BWV1004より「シャコンヌ」(約12分)

ミューズはお酒とおしゃべりがお好き?

 堀米さんは近年横浜市青葉台のフィリアホールに定期的に出演されているが、そのプログラムはいつも意欲的、いや刺激的と言った方がふさわしいだろう。2007〜2009年にかけてエル・バシャと三大Bのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを全曲演奏(第2回の様子はこちらからどうぞ)し、今シーズンはベートーヴェンを挟むようにもう二人のB、バッハとブラームスをセットにしたプログラムを始めた。残念ながら昨年10月の第1回は聴けなかったので、今回こそはと意気込んで会場へ。ほぼ満席の入り。
 堀米さんは少しクリーム色の混じった白一色のドレスで、文字通りミューズがステージに舞い降りた雰囲気。

(以下はご本人たちの実際の姿とは関係なく、あくまで演奏を聴いている間の筆者の妄想を中心に書きますので、あらかじめご了承下さい。)

 今夜は6人の宴会が予定されているが、その前の景気付けに3人ずつ別の店でまずは落ち合う。堀米、チェイス、宮田の3人は立ち飲み屋へ。第1楽章、乾杯もそこそこに堀米とチェイスはコップ酒をあおりながら、いつものように立て板に水の調子で話し始める。宮田は時折相槌を打ちながら、しっかり話の流れを押さえている。第2楽章でそのままの調子で進むかと思いきや、終わり近くでようやく宮田が挑むように問いかける。我に返って彼の方を向く二人。第3楽章でまず堀米、続いてチェイスが宮田の問いに優しく答える。第4楽章は堀米・チェイスのペースに戻る。程よくお酒が回ってさらに流暢になる堀米、乱れそうで乱れないチェイス、そんな二人に楽しそうに相槌を打つ宮田。
 その一方で、山口、小倉、辻本の3人が集まったのはワイン・バー。打って変わって3人とも静かな中にも緊張感あふれる会話。各人はドキュメンタリーの語りのように、周りのテーブルにも一言一句聞き取れるほど明瞭な話しぶり。それなのに、一流の芝居のように、話の主役と脇役がさりげなく、しかも目まぐるしく変わる。

 果たしてこんな6人が同じ席に付くとどんな宴会になるのだろうか?
 会場は中華だろうか、丸テーブルを6人が囲む。下手から堀米、山口、宮田、辻本、小倉、チェイスの席順。第1楽章、まずは宮田が口火を切り、チェイスと辻本が静かに相槌を打つ。堀米と山口がそのまま引き取って話を発展させる。いつの間にか小倉もその会話に加わり、なごやかに宴会はスタート。ただ、55小節以降つい堀米が悩みを打ち明け始めると、61以降他の5人もこれに耳を傾け、早くも沈んだ雰囲気に。しかし、そんな空気を打ち破るかのように、85以降宮田が恋の話を熱っぽく始めると、93以降堀米とチェイスもこれに応え、一気に盛り上がる。そんな様子をワイン・バー組は微笑ましく見守り、座の一体感が高まる。
(このあたり以降から筆者は涙が止まらなくなる。)
 その後堀米の話を山口が過不足なく補足し、宮田と辻本はしだいに話が合うようになる。チェイスは小倉とともに相槌や問いかけを楽しむ一方で、349以降たまには自分が主役にならんと話をリードするが、辻本のフォローで再び宮田に振られる。387以降一同少し口数が少なくなり、座が落ち着きかけたところで堀米が「この話題は終わりっ」とばかりに打ち切り、その勢いで譜面もシャッとめくる。
 第2楽章、堀米に促されたか、今度はチェイスが話の口火を切る。これが「人生とは何か」みたいな重い問い。しかし、顔色一つ変えずに後を続ける堀米。第1変奏では宮田と小倉もしっかりその問いを受け止め、第2変奏では堀米・山口対チェイス・小倉の大論争に。これに刺激された宮田と辻本も第3変奏で割って入る。今度は堀米たちが「そうだ」「違う」と2人に応じる。第4変奏で堀米とチェイスが一息入れる。真剣に語り合った充足感が一同に広がる。第5変奏でチェイスが「重苦しい話はこれくらいにしよう」と提案し、堀米たちも応じるが、第6変奏で宮田が「でも今夜この話をみんなでしたことは忘れないでおこうね」と念押し。「もちろん」と答える一同。
 第3楽章、今度は堀米と山口が軽い話題へ転換。2人が冗談を交えながら話を展開させるのに他の4人も夢中になり、チェイスと小倉は混ぜっ返そうとする。トリオに入ると堀米、山口コンビの話はさらにヒートアップし、みな大笑い。堀米は「こうなると思うでしょ?でしょ?でも違ったの!」と他の5人を手玉に取る。コーダでも堀米が話のオチをつける。
 第4楽章、そろそろ宴の終わりが見えてきた。宮田がまず楽しいひと時を過ごしたことに感謝の言葉を語り始め、小倉と辻本も相槌を打つ。16以降堀米が返礼。33以降「でもね」とばかりに小倉が別の話題を持ち出す。40以降堀米がもう一度同じ言葉で締めようとするが逆に座は盛り上がる。まだまだみんな話し足りないようだ。各自それぞれ持ち出す話題に賛同や反論といったやり取りが続くが、その間にも6人の思いはより強くつながっていく。
 一晩中続くかと思われた宴会も366あたりから落ち着き始め、さすがにお開きかという雰囲気が流れた頃、468以降チェイスが最後の小話を披露し始めるが、どんどん早口になり迷走しそうになるのでみんなで宥め、全員で三本で締める。

 でも、堀米だけは飲み足りず、話し足りなかったようだ。坂野を誘って2次会へ。第1楽章、どうも5人の前では話せない悩みがあったようで、とうとうと語り出す。1次会の様子を知らない坂野は少し戸惑いながらも、しっかり受け止めようとする。語るうちに堀米はだんだん元気がなくなってきて、108以降沈んだ表情が目立つように。130以降最初の悩みに戻り、ますます落ち込んでくるが、152以降坂野と一緒に「それではダメだ」とばかりに立ち上がる。熱いものが再び湧き上がってきて、218以降最初の悩みに正面から向き合う。もう落ち込まず、泰然として受け容れる。
 第2楽章、遠い日の思い出をゆっくり話し出す。18以降あの頃に帰りたい思いが募るが、坂野に慰められる。
 第3楽章、堀米の気を紛らそうと、今度は坂野から軽い話題を持ち出す。しかし、堀米の触れられたくない所に触れたのか、64以降怒り出す。あわてて宥める坂野。そんなことを繰り返すが、結局堀米の気分は晴れない。
 第4楽章、「あなたいい加減にしなさいよ」とばかりに坂野が激高。これを待っていたのか、堀米も受けて立つ。激しくやり合う2人だが、39以降坂野は一転して優しく話しかける。一旦は和解に傾く堀米だが、114以降再び激しくやり合う。その後は堀米が主導権を奪い、坂野はだんだん付いていくのがやっとという雰囲気に。へとへとになった坂野が331で最後の反撃、堀米それを余裕で跳ね返す。

 3次会は堀米1人で行き付けのバーへ。壁にかけられたバッハの肖像画を見つめながら1人、彼と対話を始める。立て板に水の語り口は全く変わらないが、しだいにその口調は厳しく、激しくなり、しだいにバッハを追い詰めていく。ついに勝利を収め、長調に転じる所で喜びに浸るがしばらくすると怪しくなる。短調に戻るとバッハの姿は最初より遠ざかったように見える。しかし、問いかけることは止めない。これからも問い続けることを誓って店を後にする。

(妄想は以上で終わりです。)

 このようなすばらしいメンバーとプログラムによる演奏会がここでしか聴けないのは実にもったいない。同じくらいの規模のホールが全国にはたくさんあるのに、何とか他でも聴けるような工夫ができないものだろうか?

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