N響「第9」演奏会(4回公演の初回)
○12月23日(火・祝)15:00〜16:25
○NHKホール
○3階C13列44番(3階最後列上手)
○ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調Op125」(合唱)(約69分、第2楽章主部後半のみ繰り返し省略)
○S=横山恵子、MS=加納悦子、T=ウォルター・ブランテ、B=甲斐栄次郎、国立音大(139-78)
○レナード・スラトキン指揮
 (16-14-12-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)
 (首席奏者:コンマス=堀、第2V=永峰、Va=店村、Vc=木越、Cb=西山、Fl=神田、Ob=青山、Cl=横川、Fg=水谷、Hr=松崎、Tp=関山、Tb=栗田、ティンパニ=久保)

飾り付けを変えたクリスマスツリー
 
 N響の「第9」と言えばいつもテレビで放映されるのですっかりそれに慣れてしまっていたが、わが尊敬するマエストロ、スラトキンが8年ぶりにN響に招かれて振るとなれば、何を置いても行かねばならぬ。歳末の渋谷の人ごみをかき分け、すし詰めのスタジオパーク行きバスに乗って会場へ。ほぼ満席の入り。

 第1楽章、やや遅めと言うか、落ち着いたテンポ。付点のリズムはあまり強調せず、25〜27小節や63〜66の第1Vのメロディではスタッカートを付けずにレガートで弾かせる。79以降の弦の上昇音型の繰り返しでもスタッカートは控え目でレガート重視。218以降の二重フーガ風の部分では両方の主題をバランスよく聴かせる。301以降のティンパニの長い連打はずっとffではなく、スコア上ffやsfがある所以外は抑え目。500〜501の1VのA−Gis−G−Fの4つの音を1オクターブ高くして、その後の下降音型につなげる。
 第2楽章、ほぼ標準的テンポ。ここでは弦は楽譜通りスタッカートを守る。45以降の長いクレッシェンドは上昇音型を繰り返す第3、第4Hrがリード。384で一段落した後誰かが繰り返しを忘れて2.に入ってしまったらしく、少しハーモニーが乱れる。トリオは遅め。416〜417の木管のメロディもレガート。454以降のObソロでは、全体の流れを維持しつつ、楽譜上のレガート線の切れ目で読点をはっきり入れる。950で木管のフレーズの中断ではクレッシェンドをかけず自然に止まる感じ。
 ソリストとともにピッコロと打楽器が入場。
 第3楽章、やや遅め。3以降の弦の響きが、雪の降り止んだ夜のような静寂さを感じさせる。ニ長調に転じる25以降では、第2VとVaの穏やかな流れの上に26〜30にかけてFg−Cl−Ob−Flと受け継がれる下降音型を浮き立たせる。43以降は第1Vの細かいメロディを、木管と低弦のピツィカートが落ち着かせるように応えながら進む。83以降の弦のピツィカートは必要以上に強調しない。97〜98のクレッシェンドはあまりかけずにさらりと第1主題の変奏に戻ってくる。ここでも第1Vがさらに細かい音符をつなげてゆくが、せわしい感じが全くない。120以降1回目のファンファーレはmfくらいだが、130以降2回目はffくらいに堂々と響かせる。150のクレッシェンドもかけ過ぎず、落ち着いた雰囲気を維持したまま終わる。

 間を取らずに第4楽章へ、やや遅めだが冒頭7までの管・打はやや響きが軽い。8以降の低弦はレガート重視であまりゴリゴリ鳴らさない。以後管の響きは少し厚くなってくるが、低弦の弾かせ方は変わらない。「否定の主題」(38〜47など)と「歓喜の主題」(92以降)は決して対立するものでなく、前者が成長して後者になるような感じ。
 声楽が入るとオケは普通後ろに控えるが、241以降のバリトンにはClとOb、269以降の四重唱にはFlとFgが積極的に絡む。282や290のディミニエンドは控え目。319の"Cherub"(天使)で金管とバスを強調。330で"Gott"のフェルマータは短め。テノールと男声の行進曲が終わった431から合唱が再び入る直前の542まで、弦・管とも強引に鳴らすことなくコンパクトにまとまった響きを堪能。バスTbが加わる594以降少しテンポを落として丁寧に合唱を響かせる。654以降の二重フーガ、合唱は楽譜通りfを守り、絶叫することなく音程を保ちながら着実に進む。特に662、テノールのAの出だしと717以降、ソプラノのAの連続は見事。730以降は極端に音量を落とさず、pくらいで歌わせる。841〜842のバリトンとFgのH−Aへの移動をはっきり聴かせるだけでなく、Aのフェルマータを長めに取って、Fis−D−Aの和音を十分聴衆に印象付ける。843からだんだん速くするが、851以降も極端に速くならない。865〜868のトリルなどでピッコロが大活躍、ここだけはオケと合唱を突き抜けて響く。合唱が歌い終わった920以降も少しだけテンポを上げるが、熱狂よりも達成感でホール全体に満たして終わる。

 日本で「第9」は12月の風物詩、言い換えれば毎年家に飾るクリスマスツリーのようなものである。ツリーには飾り付けをするわけだが、今年は全体的な響きを少し軽めにしたり、スタッカートよりレガートを多くしたり、極端なffやppや<>を控え目にしたり、フレーズの区切りを少しはっきり出してみたり、木管にベルトップに近い音を出させてみたり、いつもと違う飾りを付けてみた。見た目はこれまでとずいぶん違うが、これだって美しく立派なツリーには違いない。
 スラトキンは、いつもと少し違った様々な工夫(その中にはNSOと演奏したマーラー校訂版(04年2月13日参照)からヒントを得たと見られるものもある)を演奏に盛り込んだ。ドイツ風の重心の低い演奏が好みの人には気に入らないかもしれないが、交響曲としての全体像にはいささかの揺るぎもない。彼ならではの、彼にしかできない「歓喜の歌」である。

 オケと合唱は指揮者の意図を十二分に汲んだ演奏を聴かせたと言ってよい。ソリストでは横山が引き締まった声に律儀で隙のない音楽作り、甲斐は音程を決めた上でドラマチックな表情を付けるという対照的な歌いぶりだが、いずれも充実。これに対し加納は残念ながら最後列ではほとんど聴こえず、ブランテは張りのある声なのだがどうも体調が万全でないらしく、Gから上がほとんど出ていなかった。2回目以降本調子に戻ることを祈りたい。

 NSO音楽監督の任期を終え、今シーズンからビッグ・スリーの再建に揺れるデトロイトのオケ(DSO)の音楽監督として、新たな挑戦を始めたスラトキン。この日の演奏もそんな彼の意欲が演奏に現れていた。久々の来日としてはいいタイミングだったのではないか。ただ、これからはもっと頻繁に来てほしい。ファンとしては8年も待てないのだ。

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