長島剛子(S)+梅本実(P)
○2006年10月26日(金) 19:00〜20:35
○津田ホール
○P列9番(1階16列、中央やや下手寄り)
○アルマ・マーラー「5つの歌」(「静かな町」「父の庭に」「生暖かい夏の夜」「あなたのそばではくつろげる」「私は花のまわりをさまよう」)
 ツェムリンスキー「モーリス・メーテルランクの詩による6つの歌曲」Op13(「三人の姉妹」「目隠しをされた娘たち」「乙女の歌」「彼女の恋人が去った時に」「そして彼がいつか戻ってくれば」「彼女は城へやってきた」)
 同「二つのブレットル・リーダー(キャバレーソング)」(「太陽小路で」「ボンバルディール氏」)
 ベルク「4つの歌曲」Op2(「眠るんだ、眠るんだ」「眠り込んだまま私は」「私は最強の巨人を倒した」「大気は暖かい」)
 ヴェーベルン「5つの歌」Op3(「これがあの歌だ」「風の中で」「小川の岸辺で」「朝露」「葉の落ちた木が枝を伸ばす」
 コルンゴルド「幸せを祈る」Op38の1、「古いスペインの歌」Op38の3、「決意の別れ」Op14の4、「誘惑」Op18の3
+ヴェーベルン「似たもの同士」Op12の4、シェーンベルク「ギゲルレッテ」、ジーツィンスキー「ウィーンわが夢の街」

ウィーン爛熟のフルコースを堪能

 長島さんと梅本さんの名コンビによるドイツ・リートのリサイタルは今年で7回目、特に「世紀末から20世紀へ」と題してその時代の作品を集中的に取り上げるシリーズとしては5回目になる。昨年のリサイタルの様子はこちらからご覧下さい。雨の中この日も9割近い入り。

 今年の長島さんは淡いオレンジと緑のワンピース、前と後ろに波のようなヒラヒラが縦に並ぶユニークな衣裳で登場(うまく説明できなくてスミマセン)。昨年もそうだったが、演奏前に長島さんはピアノの梅本さんの方をほとんど見ない。全ての曲が二人の阿吽の呼吸で始まる。
 アルマ・マーラーの歌曲は、大胆な不協和音を用いるところが夫に似ているが、メロディはむしろ夫より決然とした流れになるのが面白い。「静かな町」で強調されるD−Es−Cの音型、イ長調の第五音で尻切れトンボに終わってしまう「生暖かい夏の夜」。「あなたのそばではくつろげる」が最も親しみやすいメロディで書かれている。歌い終わると間を置かずに「私は花のまわりをさまよう」へ。終盤は歌もピアノも盛り上がるが最後はC一音で孤独に終わる。
 今回はツェムリンスキーがプログラムの中心。タイプの異なる2つの歌曲集が紹介される。メーテルランクによる歌曲集では、おとぎ話風の詩に曲が付けられているが、音はあちこちに飛ぶし、調性感はかなり崩れているし、なかなか一筋縄でいかない。と思っていたら、「乙女の歌」「彼女の恋人が去った時に」では最後の2行くらいの詩に付けた音楽で一気に物語を完結させる。「彼女は城へやってきた」が最も素朴な形式で書かれている。
 これに対して「二つのブレットル・リーダー」は皮肉に満ちた、文句なしに楽しい歌。それまでは暗めだった長島さんの声も一転して明るくなり、表情も華やいでくる。

 後半のベルク、大きな波が一瞬のうちに寄せて引くような「これがあの歌だ」、ピアノがグリッサンドで盛り上げた後ささやくような声で"Stirb!"(死ぬがよい!)と歌ってドキッとさせる「大気は暖かい」が印象的。
 ヴェーベルンではピアノ伴奏が簡潔になり、歌も音の断片のようになるが、長島さんはあちこちに散らばる破片を見事に一本のメロディの線へとつなげてゆく。「朝露」の終盤は語り風の歌い方に。
 最後はコルンゴルド。まず「幸せを祈る」がめちゃめちゃええ歌。甘いメロディ、ピアノ伴奏の華麗な響き。結婚披露宴で歌ったら大受けすること間違いなし。「古いスペインの歌」は静かな雰囲気で、あまりエキゾチックな感じがしない。最後の2曲でも随所に美しいメロディが現れる。ロマン派末期を生きた彼の音楽はR.シュトラウスほど官能の極みに達するわけでもなく、新ウィーン楽派へ踏み出すこともせず、どこか大衆的な雰囲気の残っているところが面白い。

 この日の長島さんは冒頭から声がよく伸び、たまに高音が少し平板に感じる以外安定した響き。梅本さんはピアノの蓋を全開にしていたが、終始声とのバランスが保たれ、後期ロマン派や新ウィーン楽派特有の複雑な和音を鮮やかに、かつずっしりとした重量感をもって響かせる。
 アンコールではヴェーベルンの他シェーンベルクのキャバレー・ソング、そして有名や「ウィーンわが夢の街」が歌われ、客席の空気もすっかり和む。実際の演奏時間以上に中身の充実したリサイタルで、心の中はすっかり満腹に。
 

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