長島剛子(S)+梅本実(P)
○2006年10月31日(火) 19:00〜20:45
○津田ホール
○Q列13番(1階17列、ほぼ中央)
○R.シュトラウス「見つけたもの」Op56の1、「帰郷」Op15の5、「15ペニヒで」Op36の2、「憩え、わが魂よ!」Op27の1、「あらしの日に」Op69の5
 ヴォルフ「ゲーテ歌曲集」より「ミニョンの4つの歌」(「語らずともよいと言ってください」「ただ憧れを知る人だけが」「もうしばらくこのままの姿に」「君よ知るや南の国」)
 マーラー「子供の不思議な角笛」より「ラインの伝説」「夏に小鳥は変わり」「むだな骨折り」
 同「大地の歌」(ピアノオリジナル版)より第6楽章「告別」(約29分)
+アルマ・マーラーの歌曲、R.シュトラウス「セレナード」Op17の2

秋の夜長にすがすがしいドイツ・リートを

 長島さんと梅本さんのドイツ・リートを初めて聴いたのはもう10年近く前、札幌の小さなホールだった。文字通りドイツ仕込の声とピアノに魅せられ、気分よく家路に着いたことをいまだに覚えている。
 その後2人は19世紀末から20世紀初頭の作品を取り上げたリサイタルをほぼ毎年札幌と東京で開くようになった。その第1弾となる2001年6月東京での演奏会ではアルマ・マーラー、コルンゴルドといった珍しい作曲家も取り上げ、大いに楽しむ。しかしその後渡米してしまったため、今回5年ぶりに2人の演奏を聴くこととなった。9割近い入り。

 前半、長島さんは真っ赤な衣装で登場。冒頭からあの聴き慣れた張りのある声と頑丈なピアノが耳に飛び込んでくる。「15ペニヒで」ではユーモアあふれる歌いぶりで聴衆の緊張をほぐしたかと思う間もなく、次の「憩え、わが魂よ!」では出だしのピアノがただならぬ雰囲気を醸し出し、客席が凍りつく。「憩え、憩え」(Ruhe, ruhe)と歌うほど苦悩が深まっていく。次の「あらしの日に」でもピアノの細かいフレーズが吹きすさぶ雨と風を巧みに表現。ところが中盤から同じ細かいフレーズが一転して優しくなり、声にも母親の愛情があふれ出てくる。終盤の高音もきっちり決める。
 次のヴォルフでは深刻な歌が続くが、歌詞の内容に合わせて声もピアノも表情が変わる。特に最後の「君よ知るや南の国」では前半部の静かな雰囲気が「そこへ!」(Dahin!)からがらっとドラマチックになり、ミニョンの思いが胸に迫る。
 休憩中外をぼんやり眺めていたら高速道路を走る車のライトが流れ星のように見える。おかしいなあ。

 後半、長島さんは紺の衣装。「角笛」からの3曲も変化に富んだ演奏。持ち前の鋭さを保ちつつ、よりやわらかい声や広がりのある声が織り交ぜられている。
 そして、いよいよピアノ版「大地の歌」。10数年前サヴァリッシュのピアノでウィンベルイとリポフシェクが全曲演奏したのを覚えておられる方も多いだろう。長島さんは低音もしっかり響かせ、終始落ち着いた歌いぶり。他方、梅本さんにとってはこの曲が最大の聴かせどころ。オケ版に比べ多少カットがあるとは言え、途中でオケのみ長々と演奏する部分はピアノ版もほとんどそのまま。「ここはクラリネット」「ここはホルン」と想像しながら聴くだけでわくわくする。あらゆるパートをピアノが一手に引き受けるなんて、指揮者よりカッコええやん!
 梅本さんのピアノはどの音もしっかりした芯があり、不明瞭なところが少しもない。それなのにハンマーで大地を叩きつけるような衝撃から月明かりや冷たい風まで、自在に表現してみせる。
 待ちわびた友についに会った喜びに浸る間もなく「私」はこの世に別れを告げる。最後の「永遠に」(Ewig)を繰り返すうち、あたりはレンゲの花が咲き乱れる野原に変わる。霞の中に消えていくようなオケ版の演奏とは一味違うすがすがしいマーラー。

 大曲を演奏し終わった疲れも見せず、アンコールを2曲もサービス。最初に2人の演奏を聴いた時と変わらない、いやそれ以上の満足感を抱いて会場を後にする。

 

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