クリスティアン・アルミンク指揮新日本フィル
○7月28日(金) 19:15〜21:10
○サントリー・ホール
○2階LD2列7番(2階下手側最後列から5列目、下手端から7席目)
○オーガスタ・リード・トーマス「楽園への歌」(12-10-8-6-5)
 ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調」Op125(14-12-10-8-6)
(下手から1V−2V−Va−Vc、CbはVcの後方)(約59分)
○S=日比野幸、MS=加納悦子(「第9」のみ)、T=トーマス・モーザー(「第9」のみ)、B=クレメンス・ザンダー(「第9」のみ)
○栗友会合唱団(31-37-23?-21?)


一足早く梅雨明け宣言

 何だか5月からずーーーっと雨が降ってるみたいで、いつも心のどこかに憂鬱の雲が停滞している。ここらで何とかしないと、などと思っていたら、3年前新日本フィルの音楽監督に就任したアルミンクがいいという評判があちこちから聞こえてきた。これは行かねばなりません。9割近い入り。

 トーマスは40代前半、アメリカでは珍しくない女流作曲家である。今シーズンまでシカゴ響の専属作曲家(Composer in Residence)を務めている。ワシントン滞在中にも一度新作を聴く機会があった(こちらをご覧下さい)。
 「楽園への歌」は2002年の作品、エミリー・ディキンソンの詩に付けた5つの曲から成る。曲の流れを形作る弦や合唱にあまり耳障りな響きはないが、そこに絡むソプラノ・ソロは急速な上昇音階や超高音(最高でハイDか)を要求される。3曲目のイングリッシュ・ホルンなど、管楽器も歌うようなソロを聴かせる。4曲目までは内にこもるような雰囲気だったが、「私を縛るがよい」(Bind me)から始まる5曲目は激しい音楽となり、最後は謎めいた不協和音で終わる。
 数年ぶりに聴く新日本フィル、特に弦の響きが上品で、作品全体を優しく包みこんでいく。「第9」前の選曲としても合っている。早くも指揮者の力量が存分に発揮されている。

 前半上手に男声、下手に女声と分かれていた合唱は「第9」になると中央に並ぶ男声を女声がはさむ配置になる。指揮者の正面、木管の奥にティンパニ、それをはさんで上手側にトロンボーン、下手側にトランペット、少し離れてホルン、太鼓などの打楽器は下手端、第1ヴァイオリンの後ろ。
 第1楽章冒頭から快速テンポ。彼の世代の指揮者になると、古楽器オケの指揮者の影響を受けずにはいられないのだろうか。ただ、単に速く弾かせるだけでなく、139〜140小節などの弦のフレーズを強調したり、506の木管を楽譜どおりリタルダンドしたり、ところどころおやっと思わせる工夫がある。そういう箇所だけ振り方が違うので、とてもわかりやすい。
 第2楽章、ここもどんどん走らせるが、93と97の木管のフレーズで左足のひざを少し曲げてから左手をくるっと振り上げる仕草で勢いを付ける。主部の前半のみ繰り返し実施。
 第2楽章の後ソリストとティンパニ以外の打楽器奏者入場。
 第3楽章もテンポを全く落とさない。でも12の木管のクレッシェンドなど、細かい変化をしっかり聴かせる。ニ長調になる25以降の弦に聴き惚れる。73以降、木管のメロディに絡む第1ヴァイオリンのフレーズも美しい。ただ130以降のファンファーレなどはあっという間に過ぎ去るので、老巨匠のベートーヴェンが好きなファンには物足りないかも。
 第4楽章もテンポは速い。しかし、低弦のメロディにはきちんとメリハリを付け、特に61〜62のディミエンドで響きが一瞬優しくなる。その後は一気に進む。
 バスのソロが入ってから少しテンポが落ち着き、合唱が入ってもしばらくそのまま。と思ったのも束の間、331以降またも快速テンポに。ベテラン、モーザーと言えどかなり歌い辛そう。その後のオケのみの部分も何かにせかされるかのように突進、543以降再び合唱が入るところでやっと落ち着く。
 すると今度は、550や558のように合唱の合いの手に入るトランペットのフレーズがよく届いてくる。思わず阪神タイガースのコンバット・マーチで「かっとばせー、○○」と歌う応援団の合いの手に「パラララー」と入るトランペットが頭に浮かぶ。
 その後はだんだんオケと声の競演に身を委ねられるようになってきた。ソリストの四重唱最後、842のバスのAもしっかり聴こえてよしよし、と思いかけたら、次の弦のフレーズがフライング。第4コーナーを回った競走馬のように、快速テンポが復活。916では楽譜どおりテンポを落とすが918になるともう元のテンポに。932で最後の一ムチを入れ、ゴールイン。
 
 アルミンクは大柄で男前、棒を持たずに振る。カーテンコールではホルンや木管首席だけでなく、第4楽章をリードした低弦パートも立たせる。団員から2度も喝采を受けるなど、正に蜜月関係。どの楽器も突出することがなく、バランスよくまとまっている。合唱も絶叫調の声が全く聴かれず、丁寧な歌いぶり。さすが栗山先生。ソリストの中ではトーマスの作品も歌った日比野さんの細身で貫通力ある声が印象的。
 もやもやした梅雨空を吹き飛ばす、「豚の冷しゃぶサラダ」(ただしドレッシングはごま味噌でなくポン酢)みたいな演奏。

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