漆原啓子 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル
〇2026年6月11日(木)19:00〜20:45
〇武蔵野市民文化会館小ホール
〇12列16番(最後方から4列目中央)
〇イザイ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」Op27全曲
「第1番ト短調」「第2番イ短調」「第3番ニ短調」(バラード)
「第4番ホ短調」「第5番ト長調」「第6番ホ長調」
+バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調」BWV1006より「ガヴォット・アン・ロンド」
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各曲の世界観を鮮やかに
昨年5月武蔵野公会堂で漆原は2晩にわたってバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲を演奏。彼女にとっては初の試みだったそうだが、次のプロジェクトをホール側から尋ねられ、「口が滑って」イザイ、と発言してしまったそうだ。もちろんこれも彼女にとっては初の挑戦。となれば行かないわけにはいかない。ほぼ満席の入り。
白地にパンジーらしき大きな花柄をあしらったワンピース姿。譜面台にはタブレット。
第1番はヨーゼフ・シゲティに献呈。
第1楽章、グラーヴェ(重々しく)。冒頭で緊張感に満ちた重音を響かせ、初夏のやや緩んだホール内の空気が真冬に一変。レントにしては速いテンポで、しかししっかりした足取りで進んでゆく。
第2楽章、フガート。pで始まる主題に4度上から同じ主題が重なり、徐々に盛り上げていくのが何とも心地良い。
第3楽章、アレグレット・ポコ・スケルツォーソ。変ロ長調の下降音型を滑らかに歌わせ、聴く者の緊張感をほぐす。
第4楽章、フィナーレ・コン・ブリオ(活き活きと)。第1楽章の緊張感が戻ってくる。重音が多用されるだけでなく音の跳躍も多く、その動きにアクセントが付くので、ますます空気が引き締まる。最後の音はピツィカートで軽めに。
バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番に似た構成で、様式感を意識した端正な弾きぶり。
第2番はジャック・ティボーに献呈。
第1楽章、妄執(Obsession)。バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番第1楽章からの引用に対し、それを遮り否定するかのような激しいフレーズが被さる。バッハから何とか逃れて自分独自の音楽を生み出そうとするイザイの苦悩が前面に。
第2楽章、憂鬱(Malinconia)。4,5小節ほど弾いたところでタブレット楽譜に不具合があったのか、演奏を中断。タブレットを操作して最初から弾き直す。弱音器付で奏でられる、モヤモヤした雰囲気。
第3楽章、影たちの踊り(Danse des ombres)。最初の9小節で提示される主題はピツィカートなのだが、見事なレガートで歌い上げる。その後6つの変奏となるが、次の変奏へ移るたびに表情を巧みに変えてゆく。最後は冒頭主題をアルコ(弓奏)で力強く響かせる。
第4楽章、復讐の女神たち(Les furies)。最近ヴァイトハースがアンコールで演奏したのがまだ強烈に頭に残っているが、漆原は迫力を十分保ちながらも、10以降の重音の上昇音型による主題を、アクセントを保ちながらもレガートでつなげるので、歌心あふれる音楽に。
全曲通じて頻繁に登場するグレゴリオ聖歌「怒りの日」のテーマもくっきり提示。
第3番はジョルジョ・エネスクに献呈。最初の2曲については舞台裏でチューニングしていたが、ここでは舞台上でチューニング。
冒頭の全音音階の上昇フレーズを丁寧に歌い上げてゆく。あてもなくさまようような序奏に続き、8分の3の主部に入ると、A-Gis-G-Gisの半音進行のフレーズを際立たせながら、豊かな音楽世界を創り上げてゆく。
第4番はフリッツ・クライスラーに献呈。
第1楽章、アルマンド。弾き出す前に冒頭のCの音をピツィカートで確認。上下のアルペジオで波のような音楽を示した後、主部は8分の3、力強い舞曲。
第2楽章、サラバンド。冒頭11小節はピツィカートで演奏。主旋律の間に潜むように、G-Fis-E-Aの音型が楽章を通じて提示され続ける。終盤の39以降上下のアルペジオが繰り返される部分でも、G-Fis-E-Aを浮き立たせる。
第3楽章、フィナーレ。ホ短調の無窮動的なメロディが突き進む。中間部で前2楽章の主題が回顧され、再び無窮動に戻る。終盤でホ長調に転じ、華やかな音楽に。
バッハのパルティータを意識した、舞曲を並べたソナタ。
第5番は弟子のマチュー・クリックボームに献呈。
第1楽章、曙光(L'aurore)。文字通り夜明けを連想させる穏やかな上昇音型を表情豊かに響かせる。終盤51以降のアルペジオの上下で一番下のGを強調。最後の重音、上のHがわずかに低い。
第2楽章、田舎の踊り。重音オンパレードだが、どこか素朴な雰囲気。後半は動きが激しくなり、やがて踊りは最高潮に。
第6番はマヌエル・キロガに献呈。
ラヴェルの「ツィガーヌ」冒頭のような16分音符と4分音符のHの組合せ、続く11度の重音。それを聴いた途端にスペインの太陽の強い日差しが眼の前に現れる。まぶしい!
これまでの5曲とは全く異なる、底抜けの明るさとエキゾチックなリズムによる音楽。
どの曲も超絶技巧が要求されるが、技巧をひけらかすのでなく、各曲に込められた音楽世界を鮮やかに表現し分けてみせるところが素晴らしい。
6曲完奏後マイクを持って登場。イザイはこれまで避けていたらしく、3曲くらいしか弾いたことがなかったそうで、残りの曲を譜読みから始めたとのこと。特に5番は苦戦したらしく、10分ほどの曲なのに30分くらいに感じたそうだ。
アンコールは第2番で引用されたバッハのパルティータから3曲目の「ガヴォット・アン・ロンド」を。昨年のリサイタル当時、この小ホールは改装中だった。改めてこのホールでバッハが聴けて嬉しい。最後の主部で音量を落とし、まるで「今夜はここまで」と聴衆への別れのメッセージのように弾くのも心憎い。
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