漆原啓子 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル 第2夜
〇2025年5月20日(火)19:30〜21:05
〇武蔵野公会堂
〇11列12番(12列目中央)
〇バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調」BWV1006(約17分)、同「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調」BWV1003(約24分)
同「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調」BWV1004(約28分)(以上繰り返し全て実施)
+同「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調」より「ラルゴ」

バッハが隣りで聴いている

 漆原啓子のバッハ・無伴奏ヴァイオリン作品演奏の第2夜。この日もほぼ満席の入り。

 舞台中央に譜面台。今夜もお守りのように楽譜を置く。
 パルティータ第3番、これまでより少し間を置いてから弾き始める。前奏曲では明るい響きと程よく力の抜けたフレージングが印象的。13小節目以降のEの連続が何とも心地良い。最後の音もサラリと弾き終える。
「ルール」では音楽の流れの淀みがない。
「ガヴォット」ではあまりアクセントを強調せず軽快に進む。しかし終盤の嬰ト短調の部分、通常90〜93にかけてクレッシェンドをかけるところを逆にディミニエンドにしてテンポも少し落とし、mpのガヴォット主題につなげる。このような弾き方はあまり聴いたことがない。
 一息入れてから「メヌエット」。通常なら�気鬟泪襯�ートで、�兇鬟譽�ートで弾くはずだが、どちらもレガートを貫くのが面白い。
「ブーレ」では少しアクセントを効かせて躍動感が出てくる。
「ジーグ」では前回のアンコールのときより濃い目の表現。しかし、最後の音はサラリと終える。

 ソナタ第2番、「グラーヴェ」冒頭から一転して陰のある響き、レガートだが前の曲より規律感のあるフレージング。丁寧に音を紡いでゆき、細心の注意を払って「フーガ」へつなげる。
 間を置くことなく「フーガ」は始まり、今度は音のレンガを一つずつ着実に積み上げていく。ただ音楽に身を任せるのみ。
「アンダンテ」、「フーガ」で完成した伽藍の中をキリストがゆっくり見回して、満足して天に昇っていくような光景が目に浮かぶ。
「アレグロ」、同じフレーズをfとpで繰り返す一方、16分音符のフレーズの一部に32分音符2つが挟まることで生じるリズムに何とも言えない遊び心を感じる。「アンダンテ」までの緊張感から解放され、伸び伸びとした演奏。
 パルティータでA線の響きがわずかに乱れるところがあったが、この曲ではしっかり修正され、安定した響きに。

 いよいよパルティータ第2番、「アルマンド」冒頭はfで力強く始めるが2の途中でpになり、4で同じpだが少し音量を上げ、初めて五線譜の上に飛び出すF−G−Aを伸びやかに響かせるあたりの歌わせ方が絶品。
「クーラント」1と2の重音は軽めに響かせる。音楽の流れを重視。
「サラバンド」冒頭の重音もfの指示だが、強調するより丁寧に響かせる。メランコリックな雰囲気。
「ジーグ」ではさりげなく拍感を出すことでリズミカルな音楽に。
 一息入れて「シャコンヌ」へ。レガートを徹底。9以降、今まで聴かせたことのないような、引きずるような重音が登場し、少々面食らう。しかし、その後はレガートを保持して速いパッセージも無理なく進んでゆく。72〜73の低音のフレーズもしっかり強調するが強引な感じはない。アルペジオの連続となる88以降、高音のつながりが快い。
 ニ長調に転じる132以降、終始夢見心地の雰囲気。徐々に盛り上がっていくが、頂点に達する168以降も圧倒的な感じはなく、むしろ一旦静まってゆく176以降の弾きぶりに惹かれる。192以降再び高みを目指すのだが、どこかふわふわした感じが残る。やはりこの音の伽藍は幻なのか。
 ニ短調に戻る208以降、消えてしまったニ長調の夢を追い求めるように、音楽はさまよい続ける。冒頭主題に戻る直前の247、通常はクレッシェンドをかけて力強く主題につなげるのだが、あまりかけずにrit.となるので、喪失感と夢を追い求める努力が報われなかった徒労感に襲われる。冒頭主題の最後の音も静かに響かせて終わる。

 喝采を受けて漆原から挨拶。子供のときからずっと弾いていてバッハは大好きなのだが、6曲まとめて演奏するのは初めてとのこと。何と歴史的瞬間に立ち会ったわけだ。
 アンコールの「ラルゴ」を聴きながら思った。バッハの音楽の前にひれ伏す者、崇める者、戦いを挑む者、様々なアプローチがあれど、彼女はバッハに寄り添い、親しみを感じながら弾いているのではないか。だから何とも優美で聴く者を包み込むような演奏になるのではないか。そう考えながら改めて彼女の演奏を見ていると、バッハが隣りで聴いているように思えてきた。

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