東京・春・音楽祭2025 ルドルフ・ブッフビンダー(P) シューベルトの世界��
〇2025年4月19日(土)18:00〜19:35
〇東京文化会館小ホール
〇P列40番(最後列から8列目、やや上手寄り)
〇シューベルト「ピアノ三重奏曲変ロ長調」D28(繰り返し実施)、同「同変ホ長調」D897(ノットゥルノ)
 同「ピアノ五重奏曲イ長調」D667(ます)(約35分、第1,5楽章提示部繰り返し省略、それ以外の繰り返しは実施)
+同「同」より第3楽章
〇P=ルドルフ・ブッフビンダー、V=堀正文、Va=佐々木亮、Vc=藤森亮一、Cb=市川雅典

室内楽の醍醐味

 ブッフビンダーがシューベルトを披露する3回シリーズ、2回目は行けなかったが、3回目は何とか駆けつける。ほぼ満席の入り。

 D28のピアノ三重奏曲はシューベルト15歳の時の作品。長らく埋もれていたが1922年に発見されたとのこと。
 古典的な技法に倣っているようで、5〜7小節目にかけてVcが短調と長調を行き来したり、79で提示部が一段落すかと思ったら、その後さらに50小節以上展開してから一区切りになるという、面白さもある。単一楽章だが、若き彼の作曲に対する意欲があふれんばかりの秀作。
 ブッフビンダー、堀、藤森3人の呼吸が最初からぴったり合っていて、しかもそれがデジタル的でなく自然と合っているので、安心して音楽に身を任せられる。ブッフビンダーは33〜36の和音の連続をffにもかかわらず軽く響かせ、続く右手のメロディも滑らかに歌わせ、39後半で少しブレーキをかけてVに受け渡す。ここでも正しいシューベルトが聴ける。

 D897はシューベルトの死の前年、30歳のときに書かれたとされる。自筆譜には「アダージョ」とのみ記されているので、D898の緩徐楽章として構想されたが採用されなかったのではないか、と言われている。「ノットゥルノ」という副題は出版社が付けたものだが、この曲の雰囲気を的確に表現している。
 Pの繊細な分散和音の上をVとVcの二重奏が夢見るように歌ってゆく。オッフェンバックはこれを聴いて「ホフマンの舟歌」を作曲したのではないか?と思えるほど雰囲気が似ている。
 33からホ長調に転じ、P右手の3連符の連続の上を弦と左手が付点のリズムの連続でメロディを奏でる。一方が目立ち過ぎることなく、絶妙なバランスで進んでゆく。72以降徐々に最初の部分へ戻っていく。100以降はホ長調の中間部がハ長調に転じて再現。

 D28を演奏し終えて拍手に応えた後、舞台から下がらず続けてD897を演奏。こうして聴くと、作曲年代が離れているにもかかわらず、「未完成」のように一つの作品のように感じるから不思議。

 さて後半はいよいよ「ます」。ピアノの前に下手から堀、佐々木、藤森と並び、市川は藤森から少し離れてピアノの先端当たりに立つ。少し遠過ぎない?
 第1楽章、冒頭の和音はffだがしなやかな響き。3以降の弦の丁寧なアンサンブルに対し、6でピアノが寄り添うように加わる。26以降はVaとVcが8分音符で刻む上を、42以降は8分音符の3連符で刻む上をVやPがメロディを提示するのだが、音符が細かくなってもゴチャゴチャした感じに全くならず、躍動感が高まっていく。
 84以降のPソロ、終始レガートでまたも正しいシューベルトが聴ける。もちろん弦のメンバーもそのフレージングに倣う。114以降のPの16分音符の細かいパッセージも1音1音粒立たせるのでなく、音楽の流れを重視。
 147以降の長い登り坂も、積み上げていくのでなく、小さな川の流れが少しずつ太くなっていくように進み、変ホ長調に転じる181以降は大きな流れに合流して視野が広がったような爽快感がある。
 第2楽章、Pがメロディパートなのだが、Vaの対旋律とほぼ同等のバランスで奏される。5からVが加わることでさらに豊かなアンサンブルに。嬰ヘ短調に転じる24以降、徐々に下り坂になっていくのだが、付点のリズムの繰り返しに16分音符のフレーズが優しく絡んでいくところが何とも心地良い。
 第3楽章、プレストだが比較的落ち着いたテンポ感で、突き進む感じではない。sfやfp、アクセントも必要以上に強調しないし、43以降の8分音符3つのフレーズから次の小節頭の2分音符へ続けるところも、あおるような感じは全くない。79〜80のVcとCbのffもしっかり響かせるが、目立ち過ぎない。
 トリオは終始愛らしさに満ちたフレージング。

 第4楽章、弦4人がテーマ部分で創った穏やかで温かみのある世界を第1変奏のPも受け継ぎ、第2変奏のVにも受け渡す。第3変奏はPが32分音符のフレーズを延々と弾き続けていくのだが、全くうるさい感じがない。ときどきどっかに隠れたんじゃないか?と錯覚するほど弦より抑えて弾いたりする。
 ニ短調に転じる第4変奏も必要以上に鳴らさない。むしろ85以降のppの部分につなげる序奏的な位置付けでさらっと過ぎてゆく。
 第5変奏でVcが瞑想的な世界を先導するが、128以降のコーダでそれまでの変奏の世界に軽やかに別れを告げる。
 アタッカで第5楽章へ。前楽章コーダの雰囲気をそのまま引き継いで、軽快に音楽が進む。イ短調に転じる53以降もPのタッチが軽いので、ハーモニーの変化はあっても軽やかな曲想に変化はない。ニ長調に転じる84以降、V,VaとVcの対話がこれまた聴き応え十分。108以降再び長い登り坂となるが、やはり音楽のスムーズな流れは失われない。182のVaとCbの3連符もその流れの中に収まっている。213以降のffも豊かな響きだが、爆発的なものではない。

 ブッフビンダーの主導する音楽の枠組みに弦の4人が違和感なく収まり、ffやsfやアクセントやスタッカートがあっても、その枠から誰も飛び出さない。それでいて窮屈な感じは全くなく、むしろ伸び伸びと歌っている。特に前半少し控え目に聴こえた堀のVが、後半若干下手寄りになっただけで俄然響きが届くようになって5人のバランスがしっくり来るようになる。これぞシューベルトの室内楽の醍醐味。

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