ベルナルト・ハイティンク指揮シカゴ響(4回公演の3回目)
○2009年2月3日(火) 19:00〜21:10
○サントリーホール
○2階P5列11番(2階ステージ後方5列目上手側)
○(ハイドン「交響曲第101番ト長調」Hob.�機檻隠娃院併�計))
 ブルックナー「交響曲第7番ホ長調」(ノヴァーク版)(約66分)
(16-15-12-10-9)
 (下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)

ヨーロッパの巨匠、アメリカン・シェパードを飼い馴らす
 
 ショルティ、ブーレーズ、バレンボイムとともにこれまで圧倒的な演奏を日本の聴衆に披露してきたシカゴ響が6年ぶりに来日、しかも今回は来月で80歳になる巨匠ハイティンクが率いる。今年最初の目玉公演と言えるだろう。しかし、チケット代が高いせいか、1階や2階の後方に空席が目立ち、9割強の入りか。

 仕事の関係で、前半のハイドンは聴けませんでした。

 後半のブルックナー、何とホルンを舞台下手、ワーグナー・チューバ4人を上手のチューバの前に分けて座らせる。しかもホルン5人は横1列なのに、ワグナー・チューバは2人ずつ縦2列に配置。チューバと合わせた3パート5人でまとまって演奏させようという意図なのだろう。
 第1楽章、辛うじて聴こえるくらいの最弱音でVのトレモロを始める。テンポは速め。6小節目、VcのHの持続音が切れないうちに次のフレーズを被らせるくらいのレガートでメロディを歌わせる。39〜40のTpはあまり目立たせない。67〜69のFlが太い音で目立つ。103以降の最初の長いクレッシェンド、まだ圧倒的な響きにはならない。そのまま間を置かず次のロ短調のメロディへ。145〜146も金管は7分程度の音量。163以降少しテンポを落とすが、Vcが息長く歌う185以降は元のテンポに戻り、淡々と進む。233以降もそれなりに鳴るが、まだまだ全開には達しない。249以降の第2Vのメロディも全ての音が均等な重みで進む。第2Clのソロに受け渡す手前、317〜318のVとVaのトレモロ、小さくなっていくとともに響きのすき間ができるような感じ。335以降の息長い山の上昇もレガートだが343に入ってもまだ不完全燃焼、359〜362もこじんまりとした丘のような響き。そんな欲求不満が頂点に達しようかという時、413以降の長いクレッシェンドに入り、少しテンポを上げながら最後の最後でようやくオケの響きが全開に達する。何だかほっとする。

 第2楽章も速めのテンポ。ハイティンクが意図したとおり、チューバ5人の音が見事に溶け合うだけでなく、闇のように暗い響きに聴き惚れる。対するVのE−Fis−Gisの上昇音階はあっさりしていて、短い夢から覚める。最初の山となる27以降の弦もきれいに鳴ってはいるが、締め付けるような感じにはならない。その後も各パート、丁寧に弾かせているが全体的にはあっさりした調子で進む。しかし、G.P.の後の149以降かなりテンポを落とし、157以降のチューバの3回目の第1主題へつなげてゆく。クライマックスの177ではトライアングルとシンバルが入る。178以降繰り返されるティンパニのG→Cの移動も全体の響きの中にバランスよく収まっている。184以降のチューバのアンサンブルがさらに磨かれた響きで、ほろりと来る。

 第3楽章、やや遅めくらいのテンポで、猛烈に突っ走る感じではない。177〜180のffと181〜184のppも統制の取れた対比を聴かせる。主部の最後もハイティンクは大振りせず、落ち着いた響きで終える。トリオもやや遅め、101以降でさらにテンポを落として116までに、これまでのクライマックスを凌駕するくらいのスケールの大きな山を築き上げる。
 第4楽章、ほぼ標準的テンポか。付点のリズムよりレガート重視で進める。27のClのffもひっくり返る寸前の強さはない。93以降しばしば登場するffの全奏は弦・管一体となった響きで、突出する楽器はない。212の休符は楽譜通り長めに取る。その後少しテンポを上げてスムーズな流れのまま最後は堂々たる響きでホールを満たす。拍手のフライング若干名。

 指揮者が変わればオケの響きも変わるとはよく言うが、かつての野生的でホールの天井を突き破らんばかりのサウンドが、ハイティンクにすっかり飼い馴らされて、上品な響きと整然としたアンサンブルに変貌。しかし、弦のディミニエンドなどアンプのつまみを回すように音量が減衰するだけで響きが集まってこないところなどは以前と変わらない。こうして残ったアメリカン・オケらしさの片鱗が妙にいとおしい。
 それにしても、ハイティンクは以前ボストン響にも再三ラブコールを送られてブラームスの交響曲などを録音したことがあるが、ヨーロッパの巨匠の中でもとりわけアメリカのメジャー・オケに好まれるようだ。理由はよくわからなかったが、この日の演奏を聴くと、自分の理想の演奏のためとは言え、必要以上に団員たちを追い込まないアプローチに秘密があるようにも思えてきた。
 その一方で、老巨匠好みの日本の聴衆の多くはこの日の演奏に満足したようで、オケが解散した後もハイティンクを呼び出して喝采を送っていた。

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