木嶋真優(V)+小林研一郎指揮ハンガリー国立フィル
○7月11日(火) 19:00〜21:30
○サントリー・ホール
○2階P4列27番(2階ステージ後方3列目中央やや下手寄り)
○ベートーヴェン「エグモント」Op84序曲(14-12-10-8-6)
 シベリウス「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」Op47(約34分)(12-10-8-6-4)
 ベルリオーズ「幻想交響曲」Op14(約53分)(13-12-10-8-6)
(下手から1V−2V−Va−Vc、CbはVcの後方)
 +「ダニー・ボーイ」、ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」
、「幻想」フィナーレ

私の中のよからぬものが…

 大学時代、ジュネスで指導を受ける機会を得て以来、年に一度は生コバケンを聴かないと禁断症状が出そうな気がしていた。その後大体守れていたと思うが、さすがにワシントン滞在中は寂しい思いをしていた。というわけで、久々の生コバケンである。9割以上の入り。

 小走りに登場する姿は変わらない。白髪が増えたようでもなし、数年前に戻ったような感じ。いつもの鼻息アインザッツで「エグモント」を始める。テンポは遅め、うなり方がエスカレートしてきたかも。ヴァイオリンのメロディがだんだん大きくなっていく場面ではコントラバスをにらみつける。10分足らずの序曲が交響曲1曲分くらい重厚に響く。ただ、なぜか弦の響きが天井に昇ったきり客席まで落ちてこない。

 木嶋さんを生で聴くのは昨年5月のNSOデビュー以来。奇しくも先週聴いた五嶋龍が昨年11月NSOと弾いたシベリウスを演奏。黒地に赤い花びらを散りばめた衣裳で登場。1年ちょっと見ない間にちょっと大人びてきたかも。
 冒頭こそ少しか細い感じがしたが、すぐにいつものしっかりした太い音色が響いてくる。練習番号��(Robert Lienau社発行のスコアによる、以下同じ)から5小節目以降の重音のメロディなど、思わずほろりとくる。カデンツァも無理な感じの音が全くなく、心地よい。��から14以降のヴィオラ・ソロとのかけ合いも美しい。ソロがお休みの箇所ではコバケンがまたうなりながらオケを鳴らすので、ソロの音にもだんだん熱がこもってくるような気がする。恋する男を追ってさまよう雪の女王といったところか。
 第2楽章でも遅めのテンポが維持されているので、�,料娃海筬い�ら5以降の細かい音符も楽譜どおりテヌートをかけて丁寧に奏でる。��以降も息長く歌っていく。女王が月明かりの下で男と過ごした幸せなひと時を思い出している。
 第3楽章、ついに女王は男を探し当て、めでたく結ばれる。付点のリズムは正確で2人は楽しく踊るが、はしゃぎ回る感じでなく、落ち着きと気品を備えている。オケは激しい中にも暖かさを感じさせる音でサポート。五嶋龍と全く異なるスタイルだが説得力ある演奏。

 ステージを見て、「幻想」をやるには弦の数が少し足りないような気がしていた。しかし、曲が始まると、前半とは一転して弦の響きが天井や壁伝いに届くようになった。序奏のテンポはかなり遅く、いつになったら恋人のテーマが出てくるのか、気が遠くなる。ようやくテーマが登場してもコバケンは伴奏パートのスタッカートをしつこく強調させる。練習番号[10](ドーバー社のスコアによる、以下同じ)以降盛り上げていくところでもあまりテンポを上げない。[11]の3小節目以降、第2ヴァイオリンの伴奏もppとは思えないほどはっきり弾かせる。[16]以降徐々に盛り上げていき、[17]でエンジン全開。
 第2楽章も遅めのワルツ。[24]のフルート+クラリネットとホルンのかけ合いでスコアに書いてある>を行わないなど、あまり強弱の差を付けず、少し一本調子かも。
 第3楽章はあまり遅く感じない。イングリッシュ・ホルンのソロは最初から大きめに吹かせている。「幻想」を聴くといつもこの楽章で退屈するのだが、この日は各パートを濃厚に歌わせるだけでなく、思わぬ表現に驚かされるので面白くて仕方がない。例えば[39]から6以降、ヴィオラとチェロのメロディにからむコントラバスのsfをしっかり強調したり、[42]の4以降で頂点に達した後、8に入るとぐっとテンポを落とし、森に現れた怪物が徐々に溶けてなくなってしまうような感じを出したりする。
 第4楽章以降はエネルギー全開で突っ走る。金管が力強くかつバランスよく鳴り、打楽器も堅めの音でメリハリをつけるので爽快。こちらの興奮は次第に高まっていき、第5楽章でハンマーが振動中の鐘に触れてフライング気味に鳴っても、弦のボーイングが揃わなくても、だんだん気にならなくなる。そしてついに終盤[86]手前4のffの一撃でとどめを刺される。
 演奏が終わって拍手をしている間こみ上げてくるのを抑えられない。コバケンはよくリハーサルで「もっと自分の中のどろどろしたものを出せ」という指示を出す。その言葉どおり、どこかの清涼飲料水のCMのように「私の中のよからぬものが」どんどん出ていくような気がする。

 パートごとに奏者を立たせるなど聴衆に応えた後鳴り止まぬ拍手を制し、日本語と似ているマジャール語を紹介するなどユーモアを交えた語り付きでアンコールを披露。最後もお決まりのパターンで「幻想」の[85]以降を演奏。僕は以前からコバケンにこれだけは止めてもらいたいと思っていた。数十分の積み重ねの末に到達した本番のフィナーレのイメージが、アンコールの演奏で塗り替えられてしまうからである。ただし、この日だけはもう一回やる立派な理由があった。なぜなら、本番で最後にシンバルを打ち損なった奏者にとってまたとないリベンジのチャンスとなったからである。
 これで、聴衆は文字通り総立ちとなった。団員たちが引き上げた後もコバケン1人で再登場。しかし、まだステージに残っていたヴァイオリン奏者2人と肩を組んでお辞儀するところがいかにも彼らしい。
 コバケンには僕も含め熱烈なファン層がいると言われるが、僕の居ぬ間に彼とファンとの絆がこんなにも深まってきているとは想像できなかった。そんな熱い空間をしばし共有することができて、本当によかった。

表紙に戻る