タリス・スコラーズ
〇2026年7月16日(木)19:00〜20:35
〇武蔵野市民文化会館小ホール
〇13列13番(最後方から3列目ほぼ中央)
〇パレストリーナ「立ち上がれ、輝け、エルサレムよ」「教皇マルチェルスのミサ曲」
 同「五旬祭の日が来たりし時」、ラッソ「われら生のただ中にありて」、パレストリーナ「これらの町が受けし試練のことを」、ラッソ「恐れと震えが」、パレストリーナ「主を賛美せよ」
+ニコ・ミューリー「結実(Prospertie)」
〇ピーター・フィリップス指揮

あーあ、もう終わっちゃった

 タリス・スコラーズは1973年の結成というから、もう半世紀を超えて活動していることになる。来日公演も重ね、日本のファンも多いが425席の小ホールで歌ってくれるとあっては、行かないわけにはいかない。ほぼ満席の入り。

 ステージ中央に譜面台が5台扇型に並べられ、その足元にストロー付きのペットボトルの水が2本ずつ。
 パレストリーナ「立ち上がれ、輝け、エルサレムよ」は2グループの合唱で演奏される。下手にS(カントゥス)2,A1,T1、B1が並び、中央から上手にかけて逆順に並ぶ。最初の音出しも団員の声で。第1コーラスがSを先頭に下のパートが追いかけるポリフォニー形式で歌うが、それを聴いているだけでもう背中がぞくぞくしてくる。一段落すると第2コーラスが一斉にホモフォニーで歌い始める。その後は両グループの掛け合いとなるが、各グループの歌はホモフォニー形式で書かれている。

「教皇マルチェルスのミサ」の題名にある「マルチェルス」は1555年に即位するも在位わずか22日で世を去ったマルケルス2世のこと。その短い在位期間中に、典礼の言葉を聞き取りやすくするよう聖歌隊員たちに指示したことが作曲のきっかけになったと言われる。
 Sの2人が外れて下手奥の椅子で待機。
 "Kirie"はS,AにTとBは2つに分かれて6声によるポリフォニーだが、典礼文はどのパートからも明確に聴こえてくる。
 "Gloria"冒頭はBパートの1人がソロ。ここでは基本的にホモフォニーで進む。"Qui tollis"でpからスタートし、徐々に響きを厚くしてゆく。SAT1B1の4声が先導し、T2B2が追いかけることで、事実上2声のポリフォニーのように聴こえるが、そうすることでポリフォニーと典礼文を明確に伝えることとの両立を図っている。
 "Credo"も同様の構成。キリストが十字架にかけられる"Crucifixus"以降は男声が主導し、AとSが後から加わるが、典礼文を歌い上げるタイミングは極力ずらさないので、ハーモニー的にはポリフォニーなのに、典礼文だけを聴き取ろうとするとほぼ全員同じタイミングで歌っているので、聴き取りやすい。
 "Sanctus"ではポリフォニー的要素が増えてくる。"Hosanna"はSAT2B2が主導し、後からB1,T1が加わる。
 "Benedictus"はSとT1が先導し、T2,Aの順に加わる。
 "Agnus Dei"が2曲あり、1曲目はSAT1T2B1B2による6声のポリフォニー。2曲目は待機していた2人も加わり、S1S2A1A2TB1B2の7声によるポリフォニー。ただただ聴き惚れるばかり。

 後半はパレストリーナのパンにラッススの具を挟んだサンドイッチ形式のプログラム。
「五旬祭の日が来たりし時」は男女3声ずつに分かれ、6声によるポリフォニー。
「われら生のただ中にありて」もS1A1A2T1B1B2の6声によるポリフォニー。パレストリーナに比べると各パートの動きが控え目に聴こえる。
「これらの街が受けし試練のことを」は再びS2人が抜け、SAT1T2Bの5声によるポリフォニー。
「恐れおののき、われを襲い」は再度フルメンバーになり、SA1A2T1T2Bの6声だが、ホモフォニーの場面が多い。
「主を賛美せよ」では前半1曲目と同じ並び方になり、2群のコーラスによるポリフォニー。これまでの4曲よりも明らかに明るい音色で、力強いフレージングが目立つ。

 アンコールは現代米国の作曲家ニコ・ミューリー(Nico Muhly)の作品。フィリップスによると自身の誕生祝に創られたものだそうで、「(誕生日は)今日ではありませんが」と付け加えて聴衆の笑いを誘う。ルネサンス時代の作品には出てこないような高音(最高はハイCis)を要求しながら、Sの歌い手たちが見事にルネサンス時代の響きを維持しているのに驚嘆。

 客席では1曲目から両手を上げて拍手を贈る熱狂的な聴衆が目立つ。

 私は男声合唱出身ということもあり、ルネサンス時代のアカペラ・アンサンブルと言えば、デラー・コンソート、キングス・シンガーズ、ヒリヤード・アンサンブル、プロ・カンツォーネ・アンティカなど男声のみのアンサンブルを追いかけてきた。だから女声も加わったタリス・スコラーズはどちらかと言えば邪道に近いと考え、敬遠してきた。しかし今回初めて生で聴いてこれだけ同質の声色で歌えていることを知り、認識を新たにした。特にAとTの声が溶け合うハーモニーには脱帽するしかない。その上を歌うSは見事に他の3声とバランスを保ち、決して突出することがない。だから全員fで歌っていても、Bがどの音を出しているかが明確に伝わる。これぞ本物の合唱。彼らが世界中で長らく愛され続けてきた理由がよくわかった。

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