新国立劇場「エレクトラ」(5回公演の初日)
〇2026年6月29日(月)19:00〜21:05
〇オペラパレス
〇4階2列36番(4階2列目ほぼ中央)
〇エレクトラ=アイレ・アッソーニ(S)、クリソテミス=ヘドヴィグ・ハウゲルド(S)、クリテムネストラ=藤村美穂子(MS)、オレスト=エギルス・シリンス(Br)、エギスト=工藤和真(T)他
〇大野和士指揮東フィル
(10-8-13-10-6)、新国合唱団(16-16)
〇ヨハネス・エラート演出

誰も知らない私の恨み

 リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」は演奏会形式ではたびたび上演されるものの、舞台形式の本格上演となると意外にも2005年「東京オペラの森」で小澤征爾が指揮して以来となる。大野芸術監督が取り上げたのも、そのような事情があってのことだろう。ほぼ満席の入り。

 プロンプターボックスの上に長い柄の付いた斧が置かれているのが客席から見える。開演前に緞帳が上がり、黒の斜幕の奥に長方形を縦2横3に分割した床。その上手奥に黒一色の衣裳のエレクトラがいる。辺に当たる通路を行き来したり、下手手前まで移動してうずくまったり。
 指揮者が登場すると斜幕が上手に向かってカーテン状に開く。客席には心臓の鼓動のような音が繰り返し響く中をエレクトラは上手奥に向かってゆっくり歩む。黒いホリゾントに山高帽を被った男(=アガメムノン)の輪郭(普通の身長の2倍以上ある)がくり抜かれていて、それが手前に向かってバタンと倒れたところから、ようやく音楽が始まる。

 第1場、くり抜かれたホリゾントの穴の脇から下女たちがエレクトラの方を覗きながら歌う。エレクトラは倒れたアガメムノンの頭の付近に移動。それを背後から下女たちがまたののしるが、一人だけエレクトラに寄り添い、同情する歌を歌うが、程なく他の下女たちに引き離される。
 第2場、斜幕が引かれ、舞台奥は一旦見えなくなる。エレクトラは中央から斜幕をめくって顔を出し、おそらく腹這いの状態でモノローグを歌い始める。
 途中で舞台の中が明るくなり、斜幕を通して見えるようになる。中央の床部分には真ん中にテーブルが置かれ、上手側にクリテムネストラが座っているが、向かい側の椅子は倒れたまま。上手奥にソファ。中央奥の床部分の下手側には熊のぬいぐるみがいくつか置かれている。
 客席側を除く三方には、中央部分より高い位置に床が作られ、上手側と下手側には柱が規則正しく立っている。柱の間には白いカーテン、上手側に2台、下手側に1台ブランコが揺れている。
 エレクトラはモノローグを続けながら倒れた椅子を立たせ、テーブルに白いクロスを敷き、クリテムネストラの向かい側に座る。クリテムネストラは奥のソファに移動して寝転ぶ。その後起き上がって下手奥から退場。
 第3場、上手に薄緑のワンピース姿のクリソテミス登場。奥の高床舞台には赤十字の印の入ったバッグを持った道化3人が上手から登場。パントマイムを演じた後下手側に並んで、足を中央部分に下した姿勢で座る。中央のテーブルでワインを飲むエレクトラに対して、ブランコに乗ったり、ぬいぐるみを持ったりしながら結婚と出産の願望を歌うが、相手にされない。
 第4場、舞台が暗くなり、奥の高床舞台に下女たちが集まる。ホリゾントに化粧するクリテムネストラの顔の映像が映し出される。下女たちが集まると、その陰から赤いマントを羽織ったクリテムネストラがせり上がってくる。舞台の最手前には等身大の三面鏡(ただし鏡はなく骨組みだけ)が上手から運ばれてくる。
 中央部分に下女たちとともに降りてきたクリテムネストラ、手前に移動したエレクトラに語りかける。背後から下女たちがあれこれ助言するが聞き入れず、2人きりで話すことにする。
 クリテムネストラが三面鏡のところに移動すると、そのすぐ後ろに緞帳が下りる。始めはクリテムネストラが三面鏡の前に座って歌うが、途中からエレクトラが三面鏡の前に座ってクリテムネストラに語りかける。赤いマントを脱ぎ、銅色のきらびやかな衣裳のクリテムネストラは、娘から死を宣告されると上手へ退場。
 第5場、緞帳が上がって再び舞台全体が見渡せるように。中央部分のテーブルのそばにはエギストが座っていて、皿の上に乗った少女の人形を食べている。上手奥にクリソテミスが登場、オレストの死の知らせをエレクトラに告げる。にわかに信じないエレクトラだが、下手奥に座っていた道化3人のうち2人が下僕2人がオレストの死の様子を歌って退場すると、クリソテミスに2人で復讐を果たすよう促す。奥の高床舞台にはエギストが食べていた人形と同じ衣裳の亡霊たちがさまよう。クリソテミスは姉の提案を受け入れられない。エギストはソファに移動して寝転び、その後退場。
 第6場、中央部分の下手側手前に1人で立つエレクトラ。奥の高床舞台に僧侶風の男が立っている。ホリゾントに波打ち際の映像。右手に鷹のような人形を持っている。歌いながら上手側に移動し、鷹を手放す。ようやくその男がオレストと気付くエレクトラだが、その後も2人は離れたままで、オレストはさらに高床の舞台をぐるっと回ってエレクトラのところに近付き、彼女は彼の手を取る。1人残っていた道化はオレストの養育者で、宮殿内の様子を告げて退場。オレストも復讐を成し遂げるべく中央の高床舞台へ移動し、せり下がって退場。シャンデリアが中央部分の床まで下りてくる。
 第7場、クリテムネストラの断末魔の叫びが響く。2階客席のバルコニーに下女たちが現れて騒いだ後、退場。舞台最手前の上手からテーブル付きの台車に乗ったエギストがゆっくり移動してくる。エレクトラが甘い口調で宮殿へ案内、エギストもそのまま下手へ退場。
 エギストが助けを求める叫び、そして死のうめき声。クリソテミスが上手奥から登場し、オレストが復讐を成し遂げたことを知らせる。エレクトラは喜びの歌を歌うが、踊りの仕草は全くしない。舞台最手前の上手からエギストと同じ台車に乗ったクリテムネストラが移動してくると、その目を手で覆って閉じてやる。クリテムネストラの左手がだらんと垂れる。その後アガメムノンが遺した黒いコートと山高帽を被り、中央奥の高床舞台で、客席に背を向けて立つ。彼女の前のホリゾントが開き、その奥にはアガメムノンの像とそれを囲む黒い衣裳の死者たち。エレクトラがそこへ入っていくところで暗転。

 エラートの演出では、エレクトラは中央の低い床の部分でほとんど歌っている。その他の人物たちはクリテムネストラを除き、ほとんどエレクトラと同じ舞台で歌うことはない。そこにエレクトラの孤独があり、復讐の本懐を遂げてようやく高床舞台に上がっても、彼女に行先は死の世界しかない。誰にも真に理解されない者の悲しさと寂しさを浮き彫りにした演出。

 アッソーニはエストニア出身。芯のしっかりした声で歌いぶりもドラマティックだが、オレストと気付いた場面なども決して絶叫調にならず、終始安全運転という感じ。ハウゲルドはノルウェー出身、明るい声がびんびん響き、しばしばアッソーニを上回る声量で舞台を盛り上げる。藤村は声量こそ2人には及ばないが、深みのある表現と舞台上の存在感はさすが。シリンスはやや明るめの響き、こちらも堂々たる歌唱。工藤始め脇を固める日本人歌手たちも堅実な歌いぶり。
 大野は全体を通じるテーマであるD−A−Fの最初の2音をかなりゆっくり目に強調して振り始める。いつもより丁寧に音楽を創ろうとしているのは伝わってくる。
 東フィルは、プログラムを見る限りVaを増員して中声部に厚みを持たせている。第4場のクリテムネストラ登場までの音楽などで効果的に響く。第3場と第5場のようにエレクトラとクリソテミスの二重唱部分で、弦主導で甘美に響かせるところもなかなか聴き応えがある。ただ、管楽器の響きにむらがあり、スコア上の全ての音を鳴らし切っていないように聴こえる箇所がいくつかあるのが残念。例えばエレクトラのモノローグにおける「運命」のテーマ(C3つと1オクターブ上のCの組合せ)はしっかり決めてほしいし、最終盤ハ長調に転じた後のC−G−Eの4連発でも、3つ目のGが抜けているように聴こえる。

 2004年の新国の「エレクトラ」は再演されなかったが、この制作はレパートリーとして定着することを期待したい。

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