フレディ・ケンプ ピアノ・リサイタル
〇2026年4月6日(月)19:00〜20:45
〇武蔵野市民文化会館小ホール
〇12列16番(最後方から4列目ほぼ中央)
〇ラフマニノフ「楽興の時」Op16、ショスタコーヴィチ「ピアノ・ソナタ第2番ロ短調」Op61
 ムソルグスキー「展覧会の絵」(約29分)
+ブラームス「間奏曲イ長調」Op118の2

若手以上 巨匠未満

 フレディ・ケンプがチャイコフスキー国際コンクールで第3位となったものの聴衆やロシアのマスコミから優勝者以上の支持を得たのが1998年。そこから早や30年近く経ち、彼も来年は50歳を迎える。開場しても調律が続いており、開演15分前くらいまでやっている。ほぼ満席の入り。

 黒のシャツ、ズボンに黒のジャケット姿で登場。
「楽興の時」第1曲、変ロ短調。左手の舟歌風上昇音型による伴奏の上を、右手が上がりかけては下がりといったラフマニノフ特有のメロディを歌う。作曲家の悩みをピアニストも全面的に受け入れる。
 第2曲、変ホ短調。さらに暗く打ち沈んだメロディが怒りの爆発へと向かうが長続きしない。
 第3曲、ロ短調。重い足取りで1歩歩いては立ち止まり、また歩いては立ち止まる。悩みは深まるばかり。
 第4曲、ホ短調。激しく動き回る左手の上を、右手が魂の叫びを繰り返す。
 第5曲、変ニ長調。今度は左手が舟歌風下降音型による伴奏の上を、右手が温かみのあるメロディを歌う。行きつ戻りつに変わりはないが、安らかな気分に。
 第6曲、ハ長調。これまでのもやもやを全て吹き飛ばすような、堂々たる音楽。丘の上に立ち、強い風に吹かれているが心地良い。明日に向けて生きようとする力が湧いてくる。

 ショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第2番。なかなか演奏されない曲だけに楽しみ。
 第1楽章、ロ短調の決然として進むメロディが耳を引くが、すぐ転調を重ねるので戸惑う。気まぐれに進む方向を変える指揮官に従う兵士のような気分。
 展開部に入ったあたりで右手がGとHの和音を響かせたところで落ち着く。次のフレーズを待つがなかなか出てこない。左手を鍵盤に置きかけては引っ込める動きが2,3度あるうちに右手の和音も消えてしまう。
 ここでケンプが突然立ち上がり、舞台袖に引っ込む。タブレットを持参して再登場し、その後はタブレットを見ながらの演奏に。
 第2楽章、変イ長調。静かと言うより不気味な雰囲気が漂う。
 第3楽章、ロ短調の平易だが斜に構えた主題を元に、8つの変奏。第4,5変奏で狂気をはらんだ盛り上がりを見せるが、第8変奏で力なく沈んでゆく。最後に冒頭主題が戻ってくるが、尻切れトンボのように終わる。
 アクシデントなどなかったかのように、万雷の拍手を送る聴衆。みんな優しいのね。

「展覧会の絵」は彼の最も得意なレパートリーなのだろう、冒頭から速いテンポで自信満々に弾き始める。
「小人」も速い。10小節目2拍目のの右手の和音が空振り寸前になるくらいの素早さで弾いてゆく。62以降左手のトリル、pとfの差を極端に付ける。
「古城」の右手のメロディはくすんだ音色。ラヴェルがオケ版でサックスに吹かせたのも納得。
「チュイルリー」をさらっと弾いた後の「ブイドロ」に圧倒される。まるで王侯貴族が乗るような豪華絢爛な牛車が凱旋行進のようにやってきて、通り過ぎる。
「卵の殻をつけたヒナドリのバレエ」も軽快に弾き、「ザムエル・ゴルデンベルクとシュムイル」でまたもガラリと雰囲気を変える。ゴルデンベルクのテーマであまりテンポを落とさず、シュムイルのテーマとのコントラストが今一つ。
 弾き終えて長い間を入れる。まさかショスタコーヴィチの再現かと思ったが、さすがにそんなことはなく、プロムナードをしっかり響かせる。
「リモージュの市場」で目まぐるしい動きを見せた後、「カタコンブ」で空気が一変。和音一つ一つが懐中電灯の光のようで、延びている間光が奥まで届いていく。その様子を思い浮かべるだけでカタコンブの広大さが目に浮かぶとともに、そこに埋められた人々の呪いが伝わってくる感じ。
「バーバ・ヤガー」も迫力満点。箒に乗った魔女が顔のすぐ近くを通り過ぎるようなスリルを感じる。
「キーウの大きな門」、最初の和音連打の後の30小節以降のpのコラールを、何と前の小節で踏んだペダルを上げないで弾き始める。つまり、29の和音が残った状態で新たな音楽が始まる。終盤の盛り上げ方はさすが。

 日本語で曲名を紹介してアンコールへ。ブラームスのメランコリックな間奏曲を主部は丁寧に、中間部は強く豊かな音で歌い上げる。ロシア物では効果的な彼のアプローチが、ブラームスになると情熱的だが気まぐれに弾いている感じになる。
 力任せに弾く時期は過ぎているが、円熟にはまだ早い。音質の重厚さではロシアのピアニストに負けていないが、フレーズの切れ味は及ばない。今後彼が巨匠の仲間入りを目指してどんなレパートリーで勝負するのか、見守りたい。

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