ヴァイグレ指揮読響
〇2026年1月14日(水)19:00〜21:05
〇サントリーホール
〇2階C10列24番(2階正面ブロック最後列から3列目ほぼ中央)
〇ブラームス「悲劇的序曲」Op81、同「二重協奏曲」Op102(V=林悠介、Vc=遠藤真理)(約33分)
+同/石原悠企「間奏曲イ長調」Op118の2
同「交響曲第3番ヘ長調」Op90(約36分、第1楽章提示部繰り返し実施)
(「二重協奏曲」は14-11-10-8-6、他は16-13-12-10-8、コンマス=小森谷巧)
 

ドイツの冬の厳しさと暖炉の暖かさ

 2026年1月の読響は、常任指揮者のヴァイグレが3つのプログラムを振る。とあっては行かないわけにはいかない。まずこの日はオール・ブラームス・プロ。前売りは完売だが、9割程度の入り。名誉顧問の高円宮妃久子殿下もご臨席。

「悲劇的序曲」冒頭の2つの和音は引き締まった響き。9小節目以降頻繁に登場する8分音符−16分休符−16分音符のリズムとスタッカートはあまり強調せず、レガート重視で進む。通常はスタッカートで刻むはずの31〜33のフレーズもレガート。提示部に相当する部分がひと段落する66以降ヘ長調の第2主題が登場する106までの間、霧の中を手探りで進むような音楽が何とも美しい。ただ全体的にはまだ弦の響きが生硬い感じ。

「二重協奏曲」は読響の看板とも言うべき第1コンサートマスターの林と首席チェロ奏者の遠藤がソリストとして登場。林は黒シャツ黒ズボン、遠藤は真っ赤なドレスと出で立ちも対照的。
 第1楽章、ほぼ標準的テンポ。5以降まずVcのソロがメランコリックな雰囲気で弾き始める。26以降管楽器が副主題の予告をした後、30から今度はVのソロが確固とした足取りで弾き始める。36以降Vcも加わり、息の合った掛け合いとなる。ここまでで早くも聴き応え十分。
 2人のソロの刺激に目が覚めたのか、57以降主要主題の全奏が見違えるような響き。特に弦、1曲目より人数が少ないのに格段に豊かに鳴っている。楽器が温まってきたという感じ。
 前半の2人のソロの長丁場が終わった後の196以降のオケも充実、特に205以降のシンコペーションのリズムなど、ロマンティックな香りが馥郁と広がる。
 第2楽章、ほのぼのとしたHrと木管の序奏を受けて、2人のソロがのどかな主題を聴かせる。太陽の光がさんさんと降り注ぐドイツの野原が目に浮かぶ。中間部を経て冒頭主題に戻る前の70以降、Vcのトリルの上をVの重音が歌うところも唸らされる。
 アタッカで第3楽章へ。2人ともスタッカートは控え目でレガートに重きを置いたフレージング。特に21以降は8分音符+16分音符2つのフレーズを自在に揺らしながら歌っていく。これを受けるオケは40以降、アクセントやスタッカートを利かせたフレージングで応える。
 ニ短調に転じる118以降のアンサンブルが醸し出すメランコリックな響きも印象に残る。
 終始林の剛と遠藤の柔が巧みにかみ合っていて面白い。

 カーテンコールの間に上手から楽譜と譜面台が中央に運ばれ、Cb首席奏者が移動。アンコールが始まるようだが、どんな曲なのか?演奏が始まると聞き覚えのあるメロディ。ブラームスのピアノ曲集Op118の2曲目を、VとVcのソロにV4,Va2、Vc2、Cbの弦楽合奏が加わって奏でる。この曲の魂の叫びのようなメロディを弦楽器で弾くと、こちらの方がオリジナルではないかと錯覚するくらいにはまっている。この時期のブラームスのピアノ曲は、管弦楽曲を書く力のなくなった彼の精一杯の表現ではないかとかねがね思っていたのだが、弦楽アンサンブルに編曲することでこの曲のスケール感と奥深さを開花させたのではないかと思うほどの納得感。これが第2V首席の石原の編曲だというからまた驚き。演奏後2人のソリストが石原と笑顔で握手する姿に、新たな名曲誕生を実感。

 交響曲第3番第1楽章、冒頭からかなり速いテンポで歩み出すが突っ走る感じではない。最初の盛り上がりがひと段落した後の15以降、pの指示だがppくらいに音量を抑え、17以降のクレッシェンドも控え目で19以降のfもmfくらいの音量。力任せに鳴らすのでなく、ブラームスの書いた音符を大事にしながら進めてゆく。
 提示部が終わった後のカッコ1の2小節と冒頭のフレーズをひとくくりのようにして演奏させるところも独特。
 展開部の心のざわつきがひと段落した後の101以降、瞑想するようなアンサンブルが124以降の第1主題に回帰するまでの過程にも癒される。
 再現部の後さらに第1主題に戻る183以降テンポを上げ、緊張を高めてゆく。それが鎮まる214以降テンポも元に戻る。

 第2楽章、ほぼ標準的テンポ。民謡風のメロディを丁寧に歌わせてゆく。この主題が展開して16分音符のフレーズが増える23以降も素朴な響きは変わらない。56〜57にかけても、VとVaのユニゾンにClとFgが応えるだけなのに、何でこれほどまでに心に沁みるのか?62以降ト長調から転調を繰り返して思わずハ短調となり、頂点に達する80の弦のフレーズもスタッカートで乱暴になることなく、丁寧さは保たれている。
 そして終盤の110以降、Vのメロディを一段と心を込めて歌わせる。じーんとくる。

 第3楽章はやや速め、冒頭のVcのメロディを情緒過多にならないように、かと言って淡白にならない程度に感情を込めて弾かせる。そのバランスが絶妙。
 変イ短調風に転じる53以降では一言ずつ、訥々と語るような雰囲気。69以降の弦の合奏に73からCbが加わることで響きにぐっと厚みが増す。
 冒頭主題に戻る98以降のHrソロ、やや緊張気味。指揮者が元Hr奏者だから無理もない。

 アタッカで第4楽章へ。ほぼ標準的テンポ。地の底をうごめくような動きから、29以降一気に地上へ突き上がる感じになるが、第1楽章ほど金管を鳴らさず、弦や木管とのバランスに気を遣っている。この楽章一番の盛り上がりとなる149以降も同様。この曲をシューマンへのオマージュと位置付ける説もあるようだが、響きとしても彼の交響曲を連想させることがしばしば。先に書いた1番や2番のような輝かしい響きを避け、いぶし銀のような音を追求していたのではないかと思わせる。
 北ドイツの厳しい冬の寒さと暖炉の暖かさを感じさせる演奏。ヴァイグレだからこそ引き出せる響きと言えるだろう。

 団員解散後ヴァイグレの一般参賀。

 演奏は素晴らしかったのだが、聴衆のマナーがひどかった。二重協奏曲で1回、3番で2回アラームが鳴る。特に3番では終盤の静かに日が沈んでいくようなところで、時刻のアラームらしきものと、動画広告のような音が立て続けに。それだけが残念。

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