ドイツリートの継承
〇2026年1月6日(火)19:00〜21:00
〇東京文化会館小ホール
〇O列36番(最後方から9列目ほぼ中央)
〇ブラームス「湖上にて」Op59の2、「私の傷ついた心は求める」Op59の7、「動かぬ生ぬるい風」Op57の8、「ひばりの歌」Op70の2、「おお、涼しい森よ」Op72の3、「セレナード」Op106の1(以上MS=藤井奈生子)
 シューベルト「白鳥の歌」D957より「アトラス」「彼女の絵姿」「漁師の娘」「街」「海辺にて」「影法師」(以上Br=藤村匡人)
 マーラー「さすらう若人の歌」(Br=浅井隆仁)
 ヴォルフ「メーリケの詩による歌曲集」より「散歩」「隠棲」「旅の途上で」「庭師」「ヴァイラの歌」「こうのとりの使い」(以上Br=白岩貢)
 同「ゲーテの詩による歌曲集」より「ミニヨンの4つの歌」(S=長島剛子)
(以上P=梅本実)
+ブラームス「新愛の歌」より「終わりに」Op65の15(S=長島剛子、MS=藤井奈生子、T=白岩貢、Br=藤村匡人、P=浅井隆仁、梅本実)
 

継承の大切さと難しさを痛感

 私がクラシック音楽のコンサートへ行き始めた1980年代には、毎年国内外の歌手たちが盛んにドイツ・リートのリサイタルを開いていたようなイメージがあったが、近年そのような機会がめっきり減ったように思う。そんな中、長年ドイツ・リートの歌い手として第一線で活躍している白井光子とそのピアノ伴奏を務めるハルトムート・ヘルの研鑽を受けた歌手たちとピアニストが、「白井光子先生への感謝を込めて」と題したリサイタルを開くとあっては、行かないわけにはいかない。8割程度の入り。

 ブラームス「湖上にて」はホ長調、4分の3拍子。穏やかな波のようなピアノ伴奏の上に、素朴なメロディが重なる。「私の傷ついた心は求める」はホ短調、4分の4拍子。右手の8分音符の跳躍する音型が、心の動きを表現。「動かぬ生ぬるい風」はホ長調、8分の9拍子。前半の静かな音楽と25小節目以降の熱情を歌う場面のコントラストが面白い。「ひばりの歌」はロ長調、2分の2拍子。のどかで愛らしいひばりの歌声に癒される。「セレナード」はト長調、4分の4拍子。これまでの5曲とは一転して、陽気で軽やかな歌。藤井は3曲目あたりから声が響くようになる。

 シューベルトの6曲はいずれもハイネの詩による。「アトラス」はト短調、4分の3拍子。右手の激しいトレモロの上でアトラスの苦悩を歌う。「彼女の絵姿」は変ロ短調、2分の2拍子。歌のパートをピアノがユニゾンでなぞるだけで、和音を重ねる部分が少ないにもかかわらず、失った彼女への思いが募る。「漁師の娘」は変イ長調、8分の6拍子。素朴だがロマンティックな求愛の歌。「街」はハ短調、4分の3拍子。歌い手の乗る小舟を右手のアルペジオの波が揺らし、恋人を失った悲しみを募らせる。「海辺にて」はハ長調、2分の2拍子。終始弱音で進むが、彼女の涙に心乱される様子がピアノの動きでよくわかる。「影法師」はロ短調、4分の3拍子。失恋した男が、自分の影に気付くまでの恐怖感がドラマティックに描かれる。藤村の声は終始こもりがちで、せっかくの歌い回しがなかなか伝わらないのがもどかしい。

「さすらう若人の歌」の1曲目「僕の愛しい人が嫁ぐとき」、前奏からしばしば登場し、歌にも絡む16分音符4つと8分音符のフレーズが、軽やかなようで何とも寂しく響く。
「今朝、野原を歩いた」、明るく爽やかな朝の野原の風景が描かれるが、終盤115〜116の"Nein!Nein!"(いいや、だめなんだ)で絶望と諦めの気持を吐露。そんな歌い手を優しく慰めるようにピアノの後奏が響く。
「僕は灼熱のナイフを持っている」では、一転して歌とピアノの激しい掛け合いに。一旦鎮まるが46以降から徐々に感情が高ぶっていき、激情の頂点へ。そして歌が力尽きると、その周りを鬼火のようにピアノの右手のフレーズがうごめく。
「二つの青い眼」では、終始歌とピアノが寄り添うように進む。歌い終わると若人は一人去ってゆき、それをピアノの後奏が見送る。
 浅井の豊かな声量が歌に説得力を持たせ、ピアノとの息もぴったり。

 後半は全てヴォルフ。白岩は「メーリケの詩による歌曲集」から6曲。
「散歩」は第1集第10曲。ニ長調、4分の4拍子。軽やかな行進曲風。
「隠棲」は同第12曲。ハ長調、4分の4拍子。単純でないメロディラインが詩に表現された複雑な心境とよく合っている。
「旅の途上で」は第2集収録、通算で15曲目。変ホ長調、8分の6拍子。旅の途中で経験した幸福な気分を歌う。
「庭師」も第2集、通算17曲目。ロ長調、8分の6拍子。ピアノの8分音符−16分休符−16分音符−8分音符のリズムが終始繰り返され、王女が乗る子馬の足音を連想させる。その王女に庭師が密かに思いを寄せる。
「ヴァイラの歌」は第4集収録、第46曲。変ニ長調、4分の4拍子。1拍ずつ響かせるピアノのアルペジオが海辺の波を連想させ、その上を女神が自分の治める理想郷を賛美。
「こうのとりの使い」も第4集、第48曲。ホ短調、8分の12拍子。遊牧中の羊飼いのもとにこうのとりが妻の出産を伝え、それに羊飼いが返事する様子がコミカルに描かれる。
 白岩の朗らかなハイ・バリトンが耳に心地良い。歌いぶりもこなれている。

 最後は「ゲーテの詩による歌曲集」から「ミニヨンの4つの歌」。
「語らずともよいと言ってください」はヘ長調、4分の4拍子だが、冒頭のピアノの和音が変ロ短調風に響き、ただならぬ雰囲気を醸し出す。
「ただ、憧れを知る人だけが」はト短調、8分の6拍子だが、9以降の歌のメロディはほとんど半音階の下降音型で、ミニヨンの苦悩を表現。
「もうしばらくこのままの姿に」はイ短調、4分の4拍子。ピアノの乾いた響きがミニヨンの覚悟の歌に寄り添う。
「君よ知るや南の国」は変ト長調、4分の3拍子。静かな歌い出しから徐々に緊張が高まり、やがて抑えようのない感情の爆発に至る。起伏の激しさではヴォルフの中でも指折りの曲。
 この4曲だけは以前長島・梅本のリートデュオ・リサイタルでも聴いたことがある。だから当たり前なのだが、歌とピアノの絡みや溶け込みの度合いがが、他の4人の演奏とは次元が異なる。それを抜きにしても、この日のコンサートを締めくくるにふさわしい充実の熱演。

 カーテンコールで6人全員登場し、長島が白井光子からのメッセージを披露。アンコールはブラームス「新愛の歌」の最後の曲を演奏。女声はソプラノとメゾが揃っているが、男声のバリトン3人のうち白岩がテノール、藤村がバリトン、残る浅井はピアノ連弾の上のパートを担当。演奏し終わると浅井は半分顔を隠しながら退場するという微笑ましい光景も。
 歌手たちのドイツリート継承の意欲は十分に伝わったが、その一方で5人の歌の伴奏を一手に引き受け、4人の作曲家の作品を弾き分けた梅本の超人的な演奏に感服。
 
 まずはこのようなドイツリートを披露する機会を増やしていくことで、往年のファンだけでなく新たな愛好者も集まってくるはず。白井光子門下の誇りを持ってこれからも演奏活動を続けてほしいと切に願う。

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