新国立劇場「ヴォツェック」(5回公演の2回目)
〇2025年11月18日(火)14:00〜15:55
〇オペラパレス
〇4階4列56番(4階最後列上手端)
〇ヴォツェック=トーマス・ヨハネス・マイヤー(Br)、マリー=ジェニファー・デイヴィス(S)、鼓手長=ジョン・ダザック(T)、大尉=アーノルド・ベズイエン(T)、アンドレス=伊藤達人(T)、医者=妻屋秀和(B)、マルグレート=郷家暁子(MS)他
〇大野和士指揮都響(14-12-10-8-6)、新国合唱団(12-18)、TOKYOFM少年合唱団(13)
〇リチャード・ジョーンズ演出
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変わらぬ格差を突き付ける
今シーズンの新国で大野芸術監督がまず取り上げたのがアルバン・ベルクの「ヴォツェック」。今年が初演100年に当たるとのこと。8割程度の入り。
舞台下手端の柱に灰色で観音開きの箱が取り付けられている。
第1幕第1場、緞帳が上がると横長直方体の小屋。手前の壁は取っ払われ、奥の壁の上手側に窓、上手側の壁にドア。舞台前方中央に立つヴォツェックは下手の箱を開けて豆の缶詰を取り出し、スプーンですくって食べてから、上手のドアから入ってくる。小屋の下手に赤い服の大尉が座り、上手では黄色い服の兵士たちがビリヤードに興じている。ヴォツェックは下手壁から電線につながれた電動カミソリで大尉のひげを剃る。
第2場、小屋は上手に下げられ、中央に鉄格子でできた靴箱。その手前にベンチ。ヴォツェックは箱を開けて新たな缶詰を取り出し、食べながら中央へ。アンドレスとヴォツェックは靴を磨くが、ヴォツェックはすぐおびえ始める。
第3場、三角屋根の小さな家が上手から移動してくる。マリーの部屋。第1場の小屋に比べてせせこましさが強調されている。その小さな部屋の周りを上手から赤い服の鼓手長を先頭に兵士たちが行進し、奥から手前を通って上手へ。マリーはその様子を外で眺めている。マルグレートに冷やかされるとマリーは家の中へ。子供はテレビに向かってモノクロの戦争の映像を観ている。テレビの上手側にソファ。マリーはソファに座り、子供を抱いて子守歌を歌う。
下手の窓にヴォツェックが現れ、そのさらに下手側のドアから入ってくるが、子供に目もくれずすぐ出て行ってしまう。
第4場、家と入れ替わりに小屋が出てくる。中には机とキャスター付きの椅子のみ。医者の診察室という設定。ヴォツェックは小屋の下手側で客席に背を向けて立小便。それを医者に見咎められ、掃除させられる。医者はヴォツェックを診察室の中に入れ、新たな課題を課すとともに金を渡す。ヴォツェックの症状を見て喜ぶ医者。2人の助手が左右から医者を称える。
第5場、三角屋根の家だが、中にはトロフィーがたくさん飾られた棚とベッド。鼓手長の家のように見える。鼓手長に口説かれ、マリーは一旦拒否して部屋から出るが、すぐ戻ってきて身を委ねる。2人が抱き合うところで部屋は裏返しに回され、客席には壁が向けられる。そこへ寄ってきて聞き耳を立てる兵士らしき男2人。
第2幕第1場、マリーの部屋。鼓手長にもらった赤いイヤリングをはめるマリー。子供をあやすが子供はすぐまたテレビに向かう。窓にヴォツェックの姿。イヤリングを見つけ問い詰めようとするが、言い返されると金を渡して去る。
第2場、部屋と入れ替わりに小屋が客席に壁を向けて置かれる。下手から足早に登場する医者、上手からゆっくり現れる大尉。すれ違って医者が小屋の角を曲がろうとしたところを大尉が呼び止める。
下手からヴォツェック登場。大尉が彼にマリーと鼓手長との関係をほのめかす。
第3場、マリーの部屋だが、棚があるので鼓手長の部屋のようにも見える。その中でマリーとヴォツェックが口論。
第4場、奥から手前に移動した壁の上方がくり抜かれ、アップライトピアノとバンダの奏者たちが座る。その手前で人々は酒を飲み、騒いでいる。鼓手長の腕に抱かれて踊るマリーを見てヴォツェックは動揺。
第5場、兵営の小屋。兵士たちは横2列くらいに座って並び、奥の壁際で媚態を見せる下着姿の3人の女たちを見ている。下手端に座るヴォツェックだけは女たちの方を見ない。そこへ鼓手長が戻ってきて、マリーとの情事の話を始めると、兵士たちはみな彼の方に注目。抵抗しようとするヴォツェックを鼓手長はリンチ。
第3幕第1場、マリーの部屋。なぜか牧師がいてマリーに聖書の一節を読ませる。2か所ほど読ませた後、牧師は子供を連れて部屋を出る。
第2場、部屋は下手へ下がり、舞台上何もない状態。大きな丸い白の照明が床に当てられ、池のように見せる。その周りを上手からマリーとヴォツェックが歩いてくる。ヴォツェックは前方手前のベンチへ先に来る。マリーは奥で町の方へ行こうと呼びかけるが応じないので、彼女もベンチまでやってくる。赤い月が昇り、床の照明も赤くなると、ヴォツェックは豆の缶詰のふたでマリーの首を斬る。死んだマリーをベンチの下に隠す。
第3場、奥の壁が手前へ。くり抜かれたスペースでピアノに合わせて女が歌っている。その手前で人々が踊り騒いでいる。その中央にヴォツェックが上機嫌で歌っているが、手や服に付いた血を見咎められると、上手へ逃げ出す。
第4場、第2場と同じ風景に。ベンチの下にはまだマリーの死体がある。その少し奥で床が沈んで長方形のくぼみができる。ヴォツェックはそこに凶器のふたを捨てるが、浅いので上から見えると感じ、自身もそのくぼみへ。そのまま沈んでゆく。
上手奥から大尉と医者が登場。誰かがおぼれているのに気付くが、足早に下手へ。
場面転換の音楽の間緞帳が下りた状態。ようやく上がると第5場は第1幕第1場と同じ舞台。ただし、舞台上の人物たちは全て子供に代わっている。中央にマリーの子が缶詰の豆を食べている。下手には赤い服の大尉の息子らしき男が座り、上手には子供の兵士たちがビリヤード。マリーの子は中に入って大尉の子のひげを剃る。本来マリーの子が歌うはずの"Hopp,hopp!"は大尉の子が歌う。マリーの子は小屋を出て手前中央に立つ。
ヴォツェックやマリーを苦しめる貧富の格差は子供の代になっても改善せず繰り返される。時代が進んでいるように見えても、どの国でも起こっている社会的・経済的格差は根本的に変わっていないのではないのか。これがジョーンズの演出に込められたメッセージであろう。
マイヤーは渋めの声質でヴォツェックの苦悩を雄弁に表現。デイヴィスの朗々と響く声がマリーの苦悩をストレートに表現したのと好対照。ダザックとベズイエンもよく通る声で容赦なく二人を責める。伊藤や妻屋など日本人歌手たちもそれぞれ存在感を発揮。
大野は遅めのテンポで各場面を念を押すようなフレージングで進める。例えば第3幕第2場、ヴォツェックがマリーを殺した後のHのユニゾンでは1回目から相当長く延ばさせる。都響は安定した響きで歌手たちを盛り立てる。
初演から100年経ってもこの作品が私たちに問いかけるものの重みに変わりがないことを実感。
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