漆原啓子 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル 第1夜
〇2025年5月14日(水)19:30〜21:00
〇武蔵野公会堂
〇11列12番(12列目中央)
〇バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調」BWV1002(約29分)
同「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調」BWV1001(約17分)、同「同第3番ハ長調」BWV1005(約20分)(以上繰り返し全て実施)
+同「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調」より「ジーグ」
優しいバッハに包み込まれる
1981年ヴィニャフスキ国際コンクールを日本人で初めて、しかも最年少で優勝して以来40年余。漆原啓子が今も演奏活動を続けているだけでも素晴らしいことだが、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品6曲を2夜にわたって弾くとなれば、行かないわけにはいかない。しかも2夜セット券で会員価格が1,100円!チラシの文言ではないが、どうかしている。
いつもならこの手のリサイタルは武蔵野市民文化会館小ホールで開催されるが、現在改修中のため吉祥寺駅すぐの武蔵野公会堂へ。入った途端に昭和の世界へタイムスリップ。ほぼ満席の入り。
舞台中央に譜面台。楽譜を置いての演奏だが、ほとんど楽譜は見ない。お守りのようなものだろう。
パルティータ第1番、「パルティータ」の冒頭、力づくとは無縁のしなやかな重音から始まる。付点のリズムを一つずつ確認するように丁寧に響かせる。「ドゥブレ」もやや遅めのテンポで落ち着いた歩み。
「コレンテ」も前の曲と同じような歩みを維持。「ドゥブレ」はプレストだがせわしなさは全くなく、静かに急いでいる感じ。
「サラバンド」から重音の響きのバランスもよくなり、楽器全体が温まってくる。「ドゥブレ」の控え目な歩みが心地良い。
「ブーレ」はスタッカートよりレガート重視で進む。重音の一番下の音がよく響く。「ドゥブレ」も同様のアプローチだが、21〜24小節にかけての躍動感あるフレージングが印象的。
各舞曲に変奏が付く重厚な構造だが、最初は控え目な響きでも徐々に緊張感を高めていく音楽の運び方が見事。
後半はソナタ2曲。第1番「アダージョ」冒頭も優美な出だし、フレージングもさらに丁寧になっていく中、5でpのBの高音がキラリと光るように響く。
「フーガ」のスタッカートも控え目、下の旋律をやや強調させながら、確かな歩みで進んでゆく。38以降のDの連続も印象的。
「シチリアーノ」、小舟に乗って穏やかな波に揺られながら物思いに沈む。
「プレスト」では無駄な力が抜けて、速さよりも音楽の流れのスムーズさが前面に。最後の音はffの指示だがサラッと。
ソナタ第3番「アダージョ」冒頭、単純な付点のリズムの繰り返しが細胞分裂のように発展していくのが面白い。
「フーガ」も平易なメロディが絡み合って豊かな音楽に成長してゆくプロセスに身を委ねる。
「ラルゴ」は滑らかな音楽の流れの節々にわずかなアクセントを織り交ぜることで、全く平板にならない。
「アレグロ・アッサイ」はほぼ16分音符の連続だが、細かい抑揚を加えることで快活で躍動感あふれる音楽に。ここでも最後の音はサラッと弾き終える。
音の伽藍を見せ付けて聴く者を圧倒するのでなく、バッハの音楽に優しく包み込まれるような気分。こんなバッハもありなのか。
アンコールに、パルティータ第3番の「ジーグ」を、第2夜の予告編のように演奏。