金川真弓・佐藤晴真・久末航トリオ
〇2025年2月13日(木)19:00〜21:15
〇紀尾井ホール
〇2階C4列17番(2階正面4列目、上手側)
〇ジョーン・タワー「Big Sky」、ベートーヴェン/ライネッケ「三重協奏曲ハ長調」Op56(約36分)
 チャイコフスキー「ピアノ・トリオイ短調」Op50(偉大な芸術家の思い出に)(約49分)
+ペーター・キーゼヴェッター「タンゴ・パテティーク」

疲れ知らずの若者たちに嫉妬

 ベルリンを拠点に活躍するヴァイオリンの金川真弓、チェロの佐藤晴真、ピアノの久末航。トリオとしても欧州では既に演奏活動しているが、このたび日本で初お目見えとあっては、行かないわけにはいかない。ほぼ満席の入り。

 ジョアン・タワーは今や女性と言うだけでなく米国を代表する作曲家。1991年カーネギーホール100周年記念ガラコンサートの冒頭で演奏された"Fanfare for the Uncommon Woman"(珍しい女性のためのファンファーレ、コープランドの"Fanfare for the Common Man"(市民のためのファンファーレ)を意識した作品)を思い出す。
 "Big Sky"は2000年の作品。愛馬に乗ってボリビアの渓谷を駆け抜けた記憶に基づく曲だという。弦の低音域の静かな持続音から始まり、徐々に緊張を高めていく中でピアノも断片的に絡む。後半で各パートの動きが活発になる部分もあるが、全体的には持続音を重ねたハーモニーに支配される。どこまでも澄み切った大空が目に浮かぶ。

 2曲目はベートーヴェンの三重協奏曲を昨年生誕200年を迎えたライネッケがピアノトリオ版に編曲したもの。オリジナルのソロパートを弾きこなすだけでも大変なのに、オケパートまで担当させるとは、とんでもないことを考え付いたものだ。
 第1楽章、冒頭はオリジナルでも低弦から始まるので、Vcが弾き始める。7小節目以降VとVaが加わるので、そこもVが入れば問題ない。その後管楽器が加わるパートはPが担当する。
 ソロパートが始まる77以降、各楽器は自分のパートだけでなくオケのパートの一部もこなすので、どのパートもほとんど休みがない。89以降VとVcの刻みが一部の隙なく進んでいくのが痛快。140〜142についても同様だが、143以降それを受けるPの刻みが今一つ甘い。提示部が一段落する225以降、オリジナルではソロパートはお休みだがトリオ版ではオケパートをそのまま弾き続けなければならない。いやはや、大変である。
 第2楽章、オリジナルのソロパートは4以降のVcから始まるのを意識してか、冒頭の弦のアンサンブル部分からVcがソロで始める。よく歌うVc1台で弦楽合奏の響きの厚みも見事に表現。この楽章ではオケパートがそれほど多くないので、トリオ版でもあまり違和感がない。
 第3楽章もオリジナル通りVcのソロにオケパートはPが担当。最初のうちはオケパートの出番も少ないので3人で何とかなるが、第1楽章同様ソロパートに続くオケパートも3人で続けなければならない。そもそもソロパートの音符が多いのに、そこにオケパートも加わるわけだから、とにかく3人とも忙しい。ピアノトリオ版でもオリジナルのスケール感が保たれているのはさすがと言うしかない。
 演奏後久末は顔の汗をぬぐい、佐藤もやや疲れた表情をしているが、金川だけはケロッとした顔をしている。

 前半だけで十分重量感のあるプログラムなのだが、後半はさらに大曲のチャイコフスキーを並べるとは。
 演奏前に佐藤がマイクを取り、3人とも共演経験があり先ごろ急死した秋山和慶にこの演奏を捧げる旨表明。
 第1楽章、やや速めのテンポ。pで始まるピアノに合わせてか、冒頭のVcのメロディも指示はmfだが控え目に始まる。5から加わるVも同様。その後も抑え気味で進むが、ホ長調に転じる62以降一転して情熱的なアンサンブルに。
 イ短調に戻る145以降、VとVcが丁寧に歌いながら冒頭の沈鬱な雰囲気を深めていく一方で、それに加わるPは、ステージ上で物理的に2人の後方にいるせいでもなかろうが、控え目に響く。
 第2楽章、天国の秋山に語りかけるようにPが主題を提示。第3変奏までは軽やかなアンサンブルだが、嬰ハ短調に転じる第4変奏では一転して重苦しい雰囲気に。第5変奏で一旦落ち着き、第6変奏のワルツではVcが雄弁に歌う。ハ長調に転じてVとVcがほぼユニゾンで歌う部分も実に豊かな響きで、聴き惚れる。第8変奏のフーガは緊迫感あふれるアンサンブル。
 イ長調に転じるフィナーレ、明るく快調に進んでいくだけに、終盤イ短調に戻って回帰する第1楽章冒頭主題とのギャップが大きい。3人それぞれが抱く秋山との共演の楽しい思い出の図が目の前でバラバラと崩れ去っていくような喪失感に襲われる。
 金川と佐藤はどのフレーズもしっかり弾き切り、一部の隙も見せない一方で、久末のタッチが終始軽く、もっと目立っていいはずのPが終始他の2人の後ろに控えているように聴こえる。これも一つのトリオの形か。

 演奏後久末がトリオ結成の経緯を説明。最初にトリオ演奏の依頼を受けた久末がまず佐藤に声をかけ、Vは当初ポーランド人奏者にお願いしたが、都合が悪くなり、その人の紹介で金川に決まったそうだ。トリオ結成のプロセスは久末主導ということになる。
 アンコールの「タンゴ・パテティーク」では、「悲愴」に始まり、ヴァイオリン協奏曲、「エフゲニ・オネーギン」のグレーミン公爵のアリア、「ロココ風」からのメロディが顔を出す。ヴァイオリン協奏曲をVcに、「ロココ風」をVに弾かせるといった遊び心も面白い。
 疲れ知らずの若い3人に思わず嫉妬。

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