スラトキン指揮都響(2回公演の初日)
〇2025年1月14日(火)19:00〜21:20
〇サントリーホール
〇2階LR5列25番(2階ステージ下手側バルコニー最後列から2列目)
〇シンディ・マクティー「弦楽のためのアダージョ」、ウォルトン「ヴァイオリン協奏曲」(V=金川真弓)
 ラフマニノフ「交響曲第2番ホ短調」Op27(約55分、第1楽章提示部繰り返しなし)
 (15-14-12-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)(コンマス=山本友重)

朗読のようなラフマニノフ

 昨年80歳を迎えた米国の巨匠レナード・スラトキンが意外にも都響へ初登場。とあっては行かないわけにはいかない。ほぼ満席の入り。

「弦楽のためのアダージョ」はスラトキンの現夫人の作曲。2001年の同時多発テロ事件をきっかけに書いた交響曲の第2楽章。うめくような低弦のフレーズから始まり、ペンデレツキ「ポーランド・レクイエム」に登場するメロディの冒頭As−G−Fの音型が1Vで提示される。そこから音楽が発展しかけては止まり、再びAs−G−Fの音型から再出発、といったパターンを何回か繰り返した後にようやくメロディ全体が現れる。最後はそのメロディにより高音のフレーズが追加され、今後の発展を暗示するような形で終わる。バーバーの同名作品を当然想起させるわけだが、あの曲のような緊張の高まりよりも、進みそうで進まない苛立ちとそれを何とか鎮めようとする動きとのせめぎ合いが心に迫る。
 カーテンコールでは作曲者がステージに上がり、喝采を浴びる。普通はそのまま下手へ下がるはずだが、今回は客席へ戻る。最初の曲にしては長めで温かい拍手が送られる。

 ウォルトンはヴィオラ協奏曲の方が有名かもしれない。ヴァイオリン協奏曲を生で聴くのは初めて。通常なら少なめにするはずの弦の人数をそのままにしている。VaとVcの間にHpが置かれる。
 第1楽章、ハ短調で始まるメロディがすぐにロ短調に転じ、この楽章の基調となる。オクターブの上行が特徴的なメロディがロマンティックな音楽を奏でてゆくが、それが一段落すると小太鼓の一撃を境に不協和音の混じる激しい曲調へ。短いカデンツァを経て最初のメロディに戻り、最後は静かに終わる。
 第2楽章、通常なら緩徐楽章だがウォルトンはスケルツォを選ぶ。イ短調が基調のようだ。タランテラ風の技巧的なメロディが主導する音楽の間にワルツが挟まれる。トリオはHrによる民謡風のメロディが印象的。
 第3楽章、ロ短調が基調のようだ。低弦のリズミカルなテーマにソロが重音を多用したメロディで応える。速いテンポの華やかな音楽。展開部ではオケ全体で盛り上がった後短いカデンツァが続く。後半には第1楽章の主題が回帰する場面も。コーダでさらにテンポが上がり、金管とソロの掛け合いで締めくくる。
 大編成のオケに対して金川のソロが互角に渡り合うだけでなく、技巧的なパッセージでも歌わせる部分でも落ち着き払っている。若くしてこれだけの風格を備えた演奏ができるヴァイオリニストはそうはいまい。スラトキンもオケを鳴らす部分とソロに付ける部分との使い分けが見事。

 ラフ2はセントルイス響時代の録音があるが、彼の得意曲の一つと言っていいだろう。
 第1楽章、ほぼ標準的テンポ。冒頭の低弦のフレーズに付けられた<>をやや強調。序奏で早くも1楽章分に聴こえるくらいの密度の濃い音楽を創り上げる。73小節から始まるVの第1主題では74のGからFisに降りる前に少しためを作る。繰り返される86以降はインテンポ。この音楽が発展して一段落する132以降、Clソロが133でリタルダンドをかけ、134でモデラートになって140以降の第2主題へ受け継がれるまでのプロセスが実に自然で、心地良い。
 第2楽章、冒頭のVの刻み、3以降のHrの主題は明るくリズミカル。それが落ち着いてモデラートになる85以降、がらりと雰囲気が変わって弦がよく歌う。スケルツォ主部の終盤、音楽の勢いが収まってトリオ冒頭の全奏一撃でまた空気が変わる。
 第3楽章、先行するVaのフレーズを十分響かせてから1Vの主題へつなぐ。6以降のClソロ(サトーミチヨ)に聴き惚れる。後半でこのメロディが1Vで回帰する109以降、他のパートが複雑に絡んでゆく中でもメロディラインがしっかり浮き上がっている。
 第4楽章前にも間を取り、弾けるような序奏から始める。5などHrの3連符の強奏にきちんとレガートをかけ、暖かく爽やかな風が吹き抜ける感じ。53以降嬰ト短調に転じてから57などで登場する木管の3連符にかけられた<は控え目で、しゃくり上げる感じはない。
 ニ長調に転じる131以降の弦の第2主題もよく歌う。136〜137などそこに被るTpの主張は控え目。
 その興奮が徐々に静まってアダージョとなる245以降、1Vが第3楽章の主題、木管が第1楽章の主題を懐かし気に回想する。それも束の間、251以降冒頭のリズミカルな音楽が戻ると息長く盛り上がって冒頭主題に帰ってくるところまでのプロセスも聴き応え十分。
 再現部でさらに熱量を上げるが、終盤のピウ・モッソに入ってもあまりテンポは上げず、それまでの流れに乗ったまま大団円へ。指揮者が早めに手を下すのにフライング気味の拍手が被る。

 オケ全体の響きのバランスを終始保つ一方で、句読点をはっきり付けたフレージング、テンポや曲想が変わるごとに響きも明確に変化させることで、曲の構造が明快に。個々のメロディは頭に残るが曲全体として捉え難いイメージがあったのだが、こんなにわかりやすく聴けたのは初めて。恋愛小説の朗読を聴いているみたいな気分。
 
 スラトキンは80歳になっても端正な指揮ぶりやステージマナーは健在。20年前にワシントンDCでナショナル交響楽団を振っていたときの姿と何も変わっていない。
 団員を解散させた後スラトキンの一般参賀。客席に向かって両手を前に倒すような仕草で「止してくれよ」と言わんばかりに照れる。愛嬌の良さも変わっていない。

 スラトキンは現在常任のポストはないようで、これまで指揮したオケへ里帰りのように客演しているようだ。その一方で初顔合わせの都響も、既に十分馴染んだ演奏ぶり。19日(日)の鹿児島公演には当初予定されていた秋山和慶の代役でも振るそうだ。さらに31日には広島交響楽団から委嘱された新作も自ら初演するとのこと。まだまだ元気な姿が観れそうで、今後の楽しみが一つ増えたのが嬉しい。

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