東京・春・音楽祭「エレクトラ」(演奏会形式)(2回公演の初日)
〇2024年4月18日(木)19:00〜21:00
〇東京文化会館
〇3階R4列10番(3階上手側バルコニー最後列中央寄り)
〇エレクトラ=エレーナ・パンクラトヴァ(S)、クリソテミス=アリソン・オークス(S)、クリテムネストラ=藤村美穂子(MS)、オレスト=ルネ・パーペ(B)、エギスト=シュテファン・リューガマー(T)他
〇セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
(16-12-8-11-8、下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)(コンマス=長原)、新国立劇場合唱団

声とオケの絶妙のバランス

 読響による「エレクトラ」は首席指揮者ヴァイグレの肝煎り公演の一つとして、もともと2022年2月10,12日に予定されていた。しかし、コロナによる入国制限期間中で歌手たちの来日がかなわず、中止となってしまった。それから2年余り経って、東京・春・音楽祭での公演という形でようやく実現することとなった。主要歌手も22年と同じ顔触れで、関係者にしてみれば「悲願達成」である。7割程度の入り。

 演奏会形式だが、歌手たちは基本的に出番に応じて舞台前方のスペースに出入りする。まず上手から侍女たちが登場。侍女役とは言え木下美穂子、清水華澄といった実力派も含まれているだけあって、緊迫感あふれるアンサンブル。
 侍女たちと入れ替わりに下手からエレクトラ登場。父の死を悼む歌は悲痛な響きを基調としつつ、ときに父の偉大さを懐かしむ柔らかな響きも交える。
 上手からクリソテミス登場。これまで登場した歌手たちは全て黒の衣裳だが、オークスだけは白の衣裳でひときわ目立つ。二人は時折相手の方を向きながら歌うが、演技はほとんどなし。
 クリソテミスと入れ替わりに上手からクリテムネストラと侍女たちが登場。藤村は水色を基調とした衣裳で、これまた登場人物たちの中で異色を放っている。エレクトラの巧みな誘いに引き込まれ、侍女たちを下がらせて指揮台近くまで寄ってくる。エレクトラに自分を生贄にするよう言われて一旦は絶望の表情を見せ指揮台から離れるが、上手から侍女たちがやってきて何事かささやくとほくそ笑む。その後退場。

 入れ違いにクリソテミス再登場、オレストの死の知らせを伝える。エレクトラは二人でエギストとクリテムネストラを殺そうと迫るが、クリソテミスは拒否して退場。この間も二人は目を合わせることはあっても接近せず、指揮台を挟んだ両側の位置を基本的に保ったまま歌う。
 下手端に年老いた従者と若い従者が登場。彼らを含め男声のソリストたちは全員燕尾服姿。歌い終わると下手へ退場。
 上手からオレスト登場。パーペは譜面台を持って中央近くまで出てきて歌い始める。この場面も特筆すべき演技はなし。
 オレストが退場し、クリテムネストラを襲う音楽へ。彼女のうめき声が2度マイクを通して舞台裏から客席に流れる。舞台付公演の場合でもまず見られないユニークな演出。
 上手からクリソテミス登場し、オレスト帰還の喜びを歌う。舞台裏からマイクを通してオレストを称える合唱が流れる。その一方で後から登場した侍女たちは恐怖におののく歌を聴かせる。
 彼女たちが退場すると、入れ違いに上手からエギスト登場。エレクトラが従順な振りをして館へ入るよう促されると、上手へ退場。オレストたちに襲われて上げる断末魔の叫びも、マイクを通して舞台裏から流される。これも舞台付公演であればマイクなしが普通だが、客席に聴こえるようにすることを優先したのだろう。
 上手からクリソテミス再登場。エレクトラは勝利の喜びを、身体を左右に振りながら歌い、クライマックスに達したところで、左手で指揮台の手すりをつかみ、天を仰ぐような格好で静止。
 最後の2音は1音ずつ強調。暗転。

 パンクラトヴァは途中2度ほど、中央近くに置かれた譜面台で楽譜の確認をする以外は暗譜で歌う。しかし、歌いぶりは慣れたもので、鬼気迫る場面も怪しげにクリテムネストラやエギストに接する場面も、丁寧かつ表情豊かに表現。
 オークスは清楚さと力強さを兼ね備えた声。声量だけならパンクラトヴァを圧倒する場面もしばしば。
 藤村もやや声に優しさが残るものの、低音の迫力はさすがで、パンクラトヴァに堂々と渡り合う。
 パーペはバスで、通常バリトンが歌うオレストを歌うのはどうかと思ったが、持ち前の低音の響きに加え、高音も力強く伸び、こちらも役にぴったり。
 リューガマーも典型的なキャラクター・テノールで、声がよく通るし、イライラしたような歌いぶりが小心者のエギストによく合っている。

 ヴァイグレは声とオケとのバランスに細心の注意を払う。オケが声を決してかき消さないように配慮しつつも、必要以上に音量を落とさず、シュトラウス特有の重厚な響きは維持。特に緊張が高まっていく場面では、オケの音量を上げつつ歌手の声を消さないギリギリの線を保たせ、歌手が歌い終わるとオケを全開に。この絶妙なバランス感覚が聴いていてしびれる。
 また、演奏時間は約101分で、全体的に速めのテンポだが、重心の低い音楽の運びで速さを感じさせない。
 読響もいつもながら充実した響きで、特に金管の安定感は抜群。ヴィオラが少ないのが気になったが、弦の響きも厚みがあるし、シュトラウスの音の海に安心して身を委ねる。

 全員揃ったカーテンコールの後も主要キャスト5人とヴァイグレが1人ずつ登場してのカーテンコール。その後ヴァイグレは、読響の定期演奏会などでいつもやるように、ワーグナーTu4人やTpなどの金管を立たせる。お返しに団員たちはヴァイグレを称える。さらにオケ解散後のヴァイグレの一般参賀にはパンクラトヴァとオークスも加わる。

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