インバル指揮都響(2回公演の2日目)
〇2024年2月23日(金・祝)14:00〜15:25
〇東京芸術劇場コンサートホール
〇3階F列34番(3階最後列から2列目ほぼ中央)
マーラー「交響曲第10番嬰ヘ長調」(デリック・クック補筆版)(約68分)
(16-14-12-10-8、下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)(コンマス=矢部)

米寿を祝う3周目のスタート

 エリアフ・インバルと都響とは1991年以来30年を超える関係にある。その間に2回のマーラー交響曲ツィクルスを完成させ、好評を博してきた。約1週間前に88歳を迎えた彼が、何と3回目のツィクルスを始めることとなり、その第1弾に最後の交響曲を取り上げる。マーラー自身は完成できなかったのだが、デリック・クックによる補筆版がしばしば演奏される。インバルも早くからこの版による演奏をしており、BBC響を振ったときにはリハーサルにクックも立ち合い、オーケストレーションに関する議論もしたそうだ。一言で「クック版」と言っても4種類もあり、インバルはクックと会った直後に出版された第3稿第1版に最も信頼を置いているようだ。ほぼ満席の入り。

 第1楽章、冒頭のVaの主題から充実した響き。やや速めのテンポ。弦による第1主題と「パルジファル」のクリングゾルのモチーフを連想させる第2主題、いずれもレガート重視で弾かせる。そして控え目に展開した後、冒頭のVaの主題に戻ってくる。再び同じように発展して冒頭主題に戻り、袋小路に陥りかけたところで、この曲初めての全奏となる。これまでほとんど出番のなかったTpが4人揃って強奏することで、一挙に新たな世界が眼前に広がる。続くトーンクラスター風の不協和音は、1回目より2回目をより強く響かせる。その後音楽は穏やかに収まってゆく。
 第2楽章、嬰ヘ短調のスケルツォ。荒々しさよりも歯切れの良さが際立つフレージング。中間部は変ホ長調、マーラー特有のひなびた曲想のレントラー。その後両者が交互に登場するがだんだん入り混じるような曲想になり、ドタバタのうちに終わる。
 第3楽章、4分足らずの短い楽章。変ロ短調の物悲しいメロディが弦や木管によって示され、そこには「サロメ」の主題を連想させるB−Des−Bのモチーフやその変形が含まれている。少ない楽器で頼りなげに音楽は進み、行き場を失った魂が鬼火のように空中をさまよっている。最後はCbによるピツィカートであっけなく終わる。
 殆ど間を置かずに第4楽章へ。ホ短調の悲劇的な和音に小太鼓のロール連打が重なる。これはクック死後に出版された第3稿第2版では削除されたが、インバルは削除せず、録音でも叩かせている。7番の第1楽章に少し似た曲想。穏やかな中間部に入っても、すぐに冒頭の音楽に引きずり戻される。またこれら2つの音楽が交錯するうちに音楽全体の勢いが失われていき、ついにステージ上手奥の奏者が大太鼓の一撃を放つ。
 続いて第5楽章。Tuの悲しげなソロにFlの夢見るようなソロが続くが、いずれも大太鼓の一撃でしばしば中断される。やがて第1楽章に回帰したような穏やかな主題を弦が奏でてゆくが、盛り上がりかけるとサロメ風主題が頻繁に登場する荒々しい音楽に取って代わられる。またも2つの音楽が主導権争いを演じた先に、TpのAの高音へ第1楽章の不協和音が重なる。Tpの高音は4番から3番、2番、首席へと徐々に受け継がれながら、まるで1つの楽器の音のように延びている。それを引き継いだHrが第1楽章冒頭の主題を回帰させ、緩やかに音楽は沈んでゆく。このまま沈み切るかと思われたところで、VとVaが1オクターヴ半跳躍のグリッサンドで舞い上がる。インバルもここぞとばかりに力を入れる。それも徐々に静まってゆき、最後は嬰ヘ長調の和音がフェイド・アウトしてゆく。

 録音よりも約4分も短い。全体的にかなり速めのテンポで進み、アクセントや短い<>も必要以上に強調しないが、要所ではギアを一段上げて緊張を高める。その一方で、録音で随所に残っているインバルの鼻歌は、ほぼ最後列に座っていてもやはり何度かもれてくる。入退場の歩みこそゆっくりだが、バトンテクニックは衰え知らず。健在ぶりをアピール。都響もいつもながら安定した演奏ぶりだが、Va以下に比較してVの響きがやや淡白な部分が多かった。
 カーテンコールではまずFi首席(松木さや)、次にTu(佐藤潔)、そして上手奥の大太鼓奏者を立たせて喝采。その後は各パートを順に立たせて喝采。
 その後Va特任首席の店村眞積がこの日最後の本番ということで、団員から花束、そして細長い棒に赤い葉っぱのようなものとお札のようなものを付けたものが渡される。団員解散後も矢部に呼ばれて客席に向かって一礼。
 もちろんインバルも一般参賀。しかも2回も呼び出される。この日の様子を見る限りまだまだ元気そうだが、果たして3回目のツィクルス完走なるか、目が離せない。

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