黒田祐貴 木邨清華リートデュオリサイタル(「祐」の偏は「示」)
〇2024年2月14日(水)19:00〜20:30
〇品川区立五反田文化センター音楽ホール
〇L列15番(最後方から3列目上手側)
〇シューベルト「歓迎と別れ」D767、「窓辺で」D878、「夕星」D806
 シューマン「若者のための歌のアルバム」Op79より「春だ」「少年の狩人の歌」、「ミルテの花」Op25より「くるみの木」「睡蓮の花」
 R.シュトラウス「「最後の葉」による8つの歌」Op10より「献呈」「何も」「イヌサフラン」「万霊節」
 マーラー「若き日の歌」より「悪い子のお行儀を良くさせるには」「春の朝」「思い出」「夏に交代」「別離」「自意識」、同「リュッケルトによる5つの歌」
〇バリトン=黒田祐貴、P=木邨清華


ひと回り大きくなって帰国

 日本を代表するバリトン歌手黒田博の息子で同じくバリトンとして注目される黒田祐貴が、1年のドイツ留学を終え帰国して初の演奏会。半分程度の入り。
 ドイツリートの歴史をたどるような意欲的なプログラム。

 まずはシューベルトを3曲。いきなり「歓迎と別れ」といった感情の起伏の激しい曲を選ぶあたり、このリサイタルへの意気込みが感じられる。歌詞のとおり高鳴る胸の動悸を抑えきれないような歌いぶりが後半、愛する人への思いがかなわなくなったところで一変し、"Ihr Gotter!"(神々よ!)と悲痛な叫びをあげる。
「窓辺で」「夕星」は、いずれも歌の主人公の孤独感がしみじみと伝わってくる。
 舞台袖に下がらず続けてシューマンを4曲。「春だ」は文字通り春の訪れを喜ぶ明るい歌、「少年の狩人の歌」は行進曲調の勇ましい歌。「ミルテの花」からの2曲はいずれもクララへの愛に満ちた、ロマンティックな歌。4曲とも後半のマーラーへの伏線のような選曲にも思える。
 続いてR.シュトラウス。人気の高いOp10から4曲。「献呈」で迷いないまっすぐな愛を歌い、「何も」でイラつく心を歌い、「イヌサフラン」で聴く者の背筋を寒くさせる。そして「万霊節」を丁寧に歌い上げる。サビに当たる"komm an mein Herz, dass ich dich wieder habe"(私の胸においで もう一度君を抱きしめられるよう」ではジーンと来る。

 後半はマーラーのみで勝負。「若き日の歌」から6曲。「悪い子のお行儀を良くさせるには」では巧みに声色を変えて登場人物たちのセリフを表現。1幕もののオペラを観るよう。「春の朝」では"Steh' auf!"(起きて!)の繰り返しが面白い。「思い出」では静かに歌い始めた主人公が急に"wieder!"(何度も!)と悲痛な叫びをあげるところが心に残る。
「夏の交代劇」は交響曲第3番に登場するメロディから始まる。カッコウの死で動揺する森の生き物たちがナイチンゲールの登場で安堵する絵柄が目に浮かぶ。
「別離」では"Ade!"(さようなら)が一見明るいフレーズで繰り返されるが、別れの辛さを隠すカラ元気のように聴こえる。
「自意識」では能天気に歌う主人公が医者から"Narr"(アホ)と「診断」され、最後のフレーズ"Nun weiss ich, wie mir ist!"(わかったぞ、自分のことが!)をfからディミニエンドで歌っていく表情に思わず吹き出すが、直後に背筋が寒くなる。

「リュッケルトの5つの歌」、マーラーが管弦楽曲版を初演した順に従いつつ、彼自身がオケ版に編曲しなかった「美しさゆえに愛するなら」を3曲目に挿入。
「私は優しい香りを吸い込んだ」でまず夢見心地の気分を歌い、「私を歌の中まで覗き込まないで」では、マーラー独特のメロディが付けられた"wie ertappt auf boeser Tat"(まるで悪さを見つけられたみたいに)を優美だが少し悪戯っぽい表情で歌う。
「美しさゆえに愛するなら」では高音で強調される"Sonne"(太陽)"Fruehling"(春)"Meerfrau"(人魚)といった言葉をしっかり聴く者に刻み付け、最後に"liebe"(愛)を朗々と響かせる。
「私はこの世から姿を消した」は交響曲第5番のアダージェットに少し雰囲気が似ている。静かな諦めに支配された歌。
「真夜中に」は、しつこいくらいに繰り返される"Um Mitternacht"(真夜中に)を歌いながら少しずつ緊張を高め、終盤の頂点"Herr!"(主よ!)へ向かってゆく。そして最後の"Um Mitternacht"を何とも苦々しい声で歌い切る。自分の想いが死によってしか報われないことをしぶしぶ受け入れるかのように。

 前後半で失恋の歌や子供が関連する歌など共通するテーマの曲を対比させることで、シューベルトらのより直接的な音楽表現とマーラーのより屈折したそれとの違いを浮き上がらせようとしたのだろうか?だとしたら、なかなか心憎い。

 黒田はドイツでは白井光子とハルトムート・ヘルに師事したとのことだが、見違えるような成長ぶり。ドイツ語の発音が格段に明瞭になっただけでなく、表現の幅がそれ以上に広く、深くなっている。もともと持っている豊かで清廉な声の響きにこれらが加わることで、さらに舞台で大きく見える。
 木邨のピアノは以前よりは丁寧に弾いているが、シューベルト「窓辺で」「夕星」のように歌のメロディを前奏で先導するところなどもっとレガートに弾いてほしい。また、マーラー「悪い子のお行儀を良くさせるには」などの滑稽な曲でのfの和音が平板に聴こえてしまう。もう少し丸い音を転がすように響かせると雰囲気が出ると思うのだが。

 黒田は既に9月の「こうもり」出演が決まっている。これから様々な演奏家と共演しながら、オペラもリートもますます活躍の場を広げてほしい。

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