札幌交響楽団東京公演2024
〇2024年1月31日(水)19:00〜21:10
〇サントリーホール
〇2階P2列24番(2階舞台後方最前列ほぼ中央)
〇ブリテン「セレナード〜テノール、ホルンと弦楽のための」Op31(T=イアン・ボストリッジ、Hr=アレッシオ・アレグリーニ)
(10-8-6-4-2)
 ブルックナー「交響曲第6番イ長調」(約57分)
(14-12-10-8-6、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)(コンマス=田島、会田)

蜜月関係の集大成

  スイス出身の指揮者マティアス・バーメルトは2018年4月に札響首席指揮者に就任して以来、コロナ禍最中の2021年に60周年の記念演奏会を指揮するなど、一貫して良好な関係を築いてきた。この3月で任期満了に伴い首席を退任することとなり、首席として振る東京公演も今回が最後。8割程度の入り。

 前半のブリテン「セレナード」は、現代音楽も得意とするバーメルトこだわりの選曲と言えるだろう。
「プロローグ」はHrの独奏。アルプスの山人たちが交わすようなメロディだが、時折ブリテンらしいスパイスが効いている。F管(ヘ調)の自然倍音のみによる演奏、つまりレバー操作を全くしない。聴いている方は、奏者の指が動かないのに音程が変化するので不思議な気分。
 第2曲「パストラル(牧歌)」は弦の緩やかな下降音型が夕暮れ時の山の様子を巧みに表現。その弦に乗ってテノールも暗めの声で歌う。
 第3曲「ノクターン(夜想曲)」では、テノールの"Blow,bugle"(響け、ラッパよ)にHrの技巧的なパッセージが重なる。時折ボストリッジがアレグリーニに寄り添うようにして歌う。"dying"(消えゆく)の繰り返しが耳に残る。
 第4曲「エレジー(悲歌)」では、Vaと低弦の暗鬱なハーモニーの上でHrが半音階の短いフレーズを響かせる長い前奏の後、テノールが彷徨うような短い歌を歌う。前奏と同じ音楽が後奏にも出てくる。
 間を置かず第5曲「哀悼歌」へ。テノールの単純なフレーズに弦が下降音型中心の伴奏を付ける。後半はHrも加わり伴奏の曲想はがらりと変わるが、テノールの歌いぶりは変わらない。
 第6曲「賛歌」は月の女神を讃える歌。弦のピツィカートによるリズミカルな伴奏にテノールの陽気なメロディ、Hrの狩猟風ファンファーレが絡む。
 第7曲「ソネット」は子守歌風。途中からゆっくりHr奏者が上手へ退場。
 最後の「エピローグ」は舞台裏からHrが「プロローグ」と同じ音楽を演奏。

 ボストリッジはいつもの澄み渡った声質で高音を響かせる一方、低音の暗い声色も美しく響かせる。コロナ禍の間に低音域を広げるヴォイス・トレーニングを行ったそうだ。息長いフレージングが求められる場面が多い中、緊張の糸を切らさない歌いぶりも見事。
 アレグリーニもヴィブラートのほとんどない音で、明るく力強く響かせる部分と弱音を朗々と響かせる部分のコントラストが素晴らしい。

 後半はブルックナーの6番。地味だが7番以降の萌芽も見られる面白い曲ではある。
 第1楽章、やや遅めのテンポ。Vがオクターブで刻む下を低弦が第1主題を小刻みに提示してはHrなどが応え、24小節目終わりから一気に全奏へ。
 49以降の第2主題から提示部終盤の頂点に至る部分、まだまだ武骨さが残る音楽をそのまま響かせる。
 しかし展開部の159以降、1VとVaが第1主題を反転させたフレーズを繰り返しながら徐々に盛り上げていき、194以降の全奏に戻るまでの音楽の運びは見事。
 第2楽章、ほぼ標準的テンポ。穏やかな弦のハーモニーの上を、5からObの第1楽章を回帰するようなフレーズが加わる。月が照る夜の森にポツンと1人取り残されたような気分。
 ここまで比較的小さい動きだったバーメルトが、11以降のVのメロディに対して、これまでにない大きな振りで歌わせる。
 37以降の全奏も豊かな響きで、7番以降の緩徐楽章に現れる同様の個所に比べても全く遜色なく聴かせる。
 第3楽章、ほぼ標準的なテンポ。再びブルックナーらしい武骨さを前面に出す。その一方で、トリオでは付点のリズムを躍動感を持って響かせた後、これに応える木管のフレーズ(5番第1楽章第1主題の回想)を丁寧に歌わせる。
 第4楽章、やや遅め。Vaのトレモロの上をVが彷徨うようなメロディを弾いてゆくが、金管の鋭いフレーズに何度か突っ込まれた後、壮大な全奏となる。
 130以降に木管が7番の先取りのような付点のリズムのメロディを提示するかと思えば、225以降は5番に戻ったかのような金管の強奏。245以降のHrとTp,Tb,Tuの掛け合いも面白い。

 バーメルトは必要最低限の指示しか出さないが、音楽は終始滔々と流れ、主旋律とそれ以外のパートの役割が常に明確に示されるので、安心して身を委ねることができる。至芸と言うべき指揮ぶり。
 札響の音も芯がしっかりして響きも充実、ブルックナーに相応しいスケールの大きな演奏。

 カーテンコールでは団員たちがバーメルトを祝福するだけでなく、コンミスの会田から花束も贈呈。団員解散後も一般参賀。
 バーメルトと札響の演奏は、いつ聴いても指揮者とオケが良好な信頼関係を築いていることが伝わってくる。最近なかなかそのように感じる演奏をしてくれるオケが少なくなったように思うだけに、バーメルトの退任は惜しまれる。来年度も客演はあるようなので、今後も両者による演奏の機会ができるだけ多く実現することを希望したい。

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