ヴァイグレ指揮読響
〇2024年1月16日(火)19:00〜21:10
〇サントリーホール
〇2階RA6列3番(2階上手ステージ上最後列RBブロック寄り)
〇ワーグナー「リエンツィ」序曲
(14-12-10-8-6)、ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」Op61(約43分)(12-10-8-6-4)
+バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調」BWV1001より「アダージョ」(以上、V=ダニエル・ロザコヴィッチ)
R.シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」Op30(約35分)
(16-14-12-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)(コンマス=林)

弱音の魔術師

 新年1月の読響には常任指揮者のヴァイグレが3つのプログラムを振る。先週の名曲シリーズは藤田真央人気でチケットを取り損なったが、今回は抜かりなく押さえる。8割程度の入り。

「リエンツィ」序曲、冒頭のTpソロを長めに響かせる。性格の異なる様々な主題が登場するので散漫になりがちな曲だが、やや遅めのテンポで丁寧に音楽を進めてゆくので、安心して聴いていられる。通常急にテンポが速くなる終盤のモルト・ピウ・ストレットでもほとんどテンポを変えず、背骨がしっかりした堂々たる演奏。

 ロザコヴィッチはスウェーデン出身、スピヴァコフやギトリスに才能を見出され、若干15歳でドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、注目される。2017年のPMF音楽祭で初来日、今回はそれ以来の来日となる。
 第1楽章、やや速めのテンポ。29小節目の8分音符と31小節目の4分音符をきっちり弾き分ける。
 89のソロの出だしから101の冒頭主題に至るまでのフレーズを聴いただけで、彼の繊細な音楽性が伝わってくる。このフレーズがいかに大事か、まるで慈しむような弾きぶり。
 その後は比較的淡々と進むのだが、展開部に入り、ロ短調に転じる300以降、Fgとのアンサンブルが何ともよくかみ合っていて楽しい。ト短調に転じた後の300以降で再び彼の繊細さが前面に。365でニ長調に戻るまでのフレーズを、細心の注意を払って奏でてゆく。細くて暗いトンネルの中を、確信を持って出口の光を目指していくような、緊張と希望に満ちた演奏。
 第2楽章、さすがにこちらも彼の演奏スタイルがわかってきたので、11以降のソロの歌い方は想定内。すると彼は「まだまだこんなもんじゃないよ」と言わんばかりに、40以降を一段レベルを上げてくる。1回目よりさらに優しく、一音一音を大事にしながらも決して流れを切らさないように歌ってゆく。ピアノの音量のレベルや音色のヴァリエーションがいくらでもありそうな弾き方をする。
 しかし、第3楽章でさすがにそんな弾き方はできまい。ここも冒頭主題はp、1オクターブ上がった次の主題はppなのだが、それをきちんと守りながら、リズミカルな雰囲気に。前楽章までの抑制的な音楽をここで一気に発散させる奏者が多い中、彼はむしろ冷静に弾き進めてゆく。
 カデンツァでようやく快速テンポになったと思ったら、そこから冒頭主題に戻るフレーズをまたもこれ以上ない丁寧さで弾いてゆく。
 この曲の力強さより繊細さを前面に出した、実にユニークな演奏。
 さらに驚いたのはアンコール。バッハのト短調の前奏曲を控え目な重音から始め、これまた繊細極まりない音色と節回しで息長く弾いてゆく。まるで蜘蛛の糸で布を織っているのを見るようで、そのまま吸い込まれて絡め捕られそうになる。何とも個性的なヴァイオリニストがまた一人現れたものだ。

「ツァラ」冒頭、オルガンの弱音の響きが、床からかすかに足元に伝わってきて快感。6〜7にかけて、16分音符と次の全音符とを分けて一瞬間を入れる。
「世界の背後を説く人々について」の34以降、Vaから始まる弦楽合奏を丁寧に積み上げていく。63以降の頂点でほろりと来る。
「大いなる憧れについて」の86〜88などで提示されるオルガンのマニフィカトのテーマも心地良い。うねりながら徐々に盛り上がっていく弦楽合奏も見事。
「喜びと情熱について」ではハ短調を基調にした全奏だが、推進力があるので不思議と明るく響く。
 それがあっという間にしぼんで「墓場の歌」へ。複雑に絡み合う弦の首席奏者たちのアンサンブルも美しい。
「学問について」ではVcとCbが「自然のテーマ」を繰り返しながら、徐々に発展してゆく。散歩しながら思索にふけっているような気分。
「病の癒えつつある者」では再び低弦が「自然のテーマ」を示す上をうねる主題によるフーガ風の音楽が展開。だんだん切迫していき、329で最後の審判のごとく全奏による「自然のテーマ」が響く。
「舞踊の歌」では、ヴァイグレも得意の腰を振りながらの指揮で盛り上げる。
 いつまでも続きそうな舞踊音楽の喧騒の最中、876で鐘が鳴り、「夜をさすらう者の歌」へ。しだいに興奮は鎮まり、特にロ長調に転じる946以降さらに音楽の勢いが弱まる。最後は木管によるロ長調の和音とハ長調で「自然のテーマ」を提示する低弦とのすれ違いが、ホールに不気味な雰囲気を残す。

 ヴァイグレはやや遅めのテンポで丁寧に音楽を進めつつ、複雑極まるアンサンブルの中からも巧みに聴かせどころのテーマを浮き立たせる。
 終演後ヴァイグレの一般参賀はなかったが、ホワイエで能登半島沖地震への支援募金の箱を持って立っていた。もちろん募金して一言挨拶。彼の演奏会へ行く理由がまた一つ増えた。

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