AKIKO SUIWANAI Plays モーツァルト ヴァイオリン協奏曲全曲演奏会
〇2023年1月11日(木)19:00〜20:50
〇東京オペラシティコンサートホール
〇1階17列27番(1階17列目上手側)
〇モーツァルト「交響曲第1番変ホ長調」K.16、同「ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調」K.207
 同「アポロとヒアキュントス」序曲K.38、同「ヴァイオリン協奏曲第2番ニ長調」K.211、同「同第4番ニ長調」K.218
(以上V=諏訪内晶子)(繰り返し全て実施)
〇サッシャ・ゲッツェル指揮国際音楽祭NIPPONフェスティバル・オーケストラ(7-6-5-3-2、下手から1V-Vc-Va-2V、CbはVcの後方)

聴き手に寄り添うモーツァルト

 諏訪内晶子が芸術監督を務める国際音楽祭NIPPONが始まったのが2012年。コロナ禍を経て昨年はブラームスの室内楽マラソンコンサートで話題となった。今年はシューマンの室内楽マラソンが予定されているのに加え、フェスティバル・オーケストラを編成して、諏訪内によるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲演奏会が実現。その初日へ縁あって行くことに。7割程度の入り。

 フェスティバル・オーケストラはN響コンサートマスターを務めた白井圭を中心に、内外のオケの首席奏者や米元響子などソリストクラスが集結。ヴァイオリン・パートは全員協奏曲が弾けるくらいの豪華メンバー。
 指揮者は諏訪内とジュリアード音楽院でともにヴァイオリンを学んだ後に指揮者に転向したサッシャ・ゲッツェル。
 まずは前座の交響曲第1番。第1楽章、2小節目の8分音符8つのフレーズをクレッシェンドさせる。これに対し、4以降全音符の和音が続く部分は落ち着かせることで対比させる。23以降は軽やかに疾走。しかし、最後のフレーズをpにして終える。
 第2楽章、モーツァルトには珍しい短調の楽章を丁寧に響かせる。
 第3楽章、8分の3の舞曲調の楽章を軽やかに聴かせる。名手たちの息の合ったアンサンブルが心地良い。

 諏訪内は赤一色のワンピース姿。譜面台を置いての演奏。
 協奏曲第1番、ヴァイオリン協奏曲には珍しい変ロ長調。第1楽章、1オクターブ以上音が跳躍する場面が多く、飛行機に乗って乱気流に巻き込まれたときのような気分になることもしばしば。
 第2楽章、雲間をふわふわ漂っていると、ヴァイオリンのソロが天使のように、舞い降りてくる。
 第3楽章、17〜20の坂の上から勢いを付けてそりで下りてくるようなフレーズが繰り返されて音楽を盛り上げていくのだが、ソロもオケもあっさり通り過ぎる。
 モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の中で唯一3楽章ともカデンツァ付き。ソロの妙技をたっぷり楽しめるのが嬉しい。その一方で、わずかな綻びが時折耳に飛び込んでくる。

 後半最初はオケのみで幕間劇「アポロとヒアキュントス」序曲。後で演奏される協奏曲に合わせてニ長調の舞曲だが、途中でヴィオラが2パートに分かれるなど、一筋縄でいかないところが面白い。
 協奏曲第2番第1楽章、冒頭から細かい装飾的なフレーズが多用され、ソロの動きも目まぐるしい。強弱の交代も頻繁に出てくる。
 第2楽章は一転して伸びやかなメロディ。森の中を散策しながら、時折足を止めて周囲を見渡すような全休止が織り込まれている。
 第3楽章、文字通り回転するようなメロディで始まるロンド。3つ目のニ短調のエピソードが途中からニ長調の第2エピソードに転じるところなどもモーツァルトらしい仕掛け。
 前半と打って変わって、ソロの冒頭から緊張感に満ちた響きがホールを支配する。この曲を埋もれさせまいと、集中力を高めて弾いているのがよくわかる。

 協奏曲第4番第1楽章、行進曲風の主題をオケが提示するだけで、この曲のスケール間の大きさが伝わってくる。ソロももちろんそのスケール感を引き継ぎ、高音域と低音域を自由に行き来しながら、さらに豊かな音楽世界へと発展させてゆく。
 第2楽章、平易なメロディを丁寧に歌わせ、前の楽章の興奮を鎮めるような雰囲気に。
 第3楽章、アンダンテ・グラツィオーソの序奏でのスタッカートは楽譜通りに付けるが、アレグロ・マ・ノン・トロッポに入ってからの主題のスタッカートはほとんど付けず、レガートで弾いていくのでびっくり。
 曲のスケール感に身を任せ、リラックスして弾いている感じ。

 どの曲も速めのテンポでスムーズに音楽を進めていくが、気になったのは、交響曲も協奏曲も、通常fのまま終わる第1楽章最後のフレーズをpにしていたこと。指揮者もソリストも合意の上でやっているのだろうが、そのような解釈をどのような根拠によって行ったのか、気になる。

 2020年秋から楽器をグァルネリに変えて以降、彼女の演奏スタイルにも変化が現れているようだ。以前は研ぎ澄まされた演奏の中にどこか人を寄せ付けない雰囲気を感じたものだが、この日のモーツァルトは、各曲の個性を際立たせる一方で、全体的に優美さに満ち、音が人に寄り添っていくような雰囲気すら感じる。
 今後さらに人生の年輪を重ねていくことで、彼女の演奏がどう成熟していくのか、興味は尽きない。

 諏訪内の演奏の影響か、この日の聴衆も温かい反応。オケのメンバーの登場時だけでなく、オケのみの曲の後第1Vが一旦退場し、椅子や譜面台を動かすなどして協奏曲用のセッティングにした後、再登場した奏者たちにも拍手が送られる。

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