ペトレンコ指揮ベルリン・フィル(5回公演の初日)
〇2023年11月20日(月)19:00〜20:50
〇サントリーホール
〇2階P4列36番(2階ステージ後方4列目上手端)
〇レーガー「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」Op132
(14-12-10-8-6)(約30分)
 R.シュトラウス「英雄の生涯」Op40
(16-14-12-10-8)(約45分)
(上手から1V-Vc-Va-2V、CbはVcの後方)
(コンマス=樫本、第2V=イトウ、Va=メイ、清水、Vc=クアント、Cb=サクサラ、Fl=パユ、Ob=マイヤー、Cl=フックス、Fg=ダミアーノ、Hr=ドール(後半のみ)、Tp=ヴェレンツァイ(後半のみ)、Tb=オット、ティンパニ=ヴェルツェル)

珍曲も難曲も名演に

 今年の秋はコロナの心配がほぼないということで、久々にヨーロッパの主要オケの来日ラッシュとなっている。ベルリン・フィルも4年ぶりの来日、しかも首席指揮者兼芸術監督のキリル・ペトレンコとともに来日するのは初めてとなる。就任時にはマスコミ嫌いなどの情報も流れたペトレンコがどんな選曲をするかと思っていたら、モーツァルトとブラームスにベルクを加えた比較的オーソドックスなプログラムと、この日のレーガーとR.シュトラウスの組合せになった。どちらがより指揮者の意向を反映しているかは明らかだろう。ほぼ満席の入り。

 レーガー「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」はモーツァルトのトルコ行進曲付きピアノ・ソナタ第1楽章の主題をモチーフにしたもの。原曲も変奏曲なのだが、レーガーは同じ主題を使ってオケによる変奏曲とフーガに発展させる。彼の代表作ではあるが日本で演奏される機会は少なく、ましてや外来オケが取り上げることなど考えられない曲である。ペトレンコの面目躍如と言うべきだろう。
 主題の前半と後半が2回ずつ繰り返されるが、この段階で既に木管合奏と弦合奏の組合せといった一筋縄でいかない構成になっている。テンポはほぼ標準的、早くも前半はOb、後半はClソロが雄弁に歌う。
 第1変奏はイ長調、主題を奏するパートの周りに他のパートが複雑な装飾フレーズを重ねてゆく。お花畑を蝶の群れが飛び回っているようだ。最後の音のフェルマータをかなり長く伸ばす。
 第2変奏はヘ長調、HrやTpの出番も増えて分厚い響きが目立つようになる。
 第3変奏はイ短調、8分音符4つの変奏主題を中心に断片的なフレーズが絡み、ややせわしない曲風に。最後の2小節、急激なクレッッシェンドと消え入るような最後のフレーズとの対比が見事。
 第4変奏はホ短調、Hrが先導する8分音符と16分音符2つのフレーズを基本とする行進曲風。21小節以降に絡むVの3連16分音符の目まぐるしいパッセージが面白い。
 第5変奏はイ短調、プレストで最も動きの激しい変奏だが、節目節目で立ち止まってこっそり後ろを振り返るような木管のフレーズで区切りを付ける。デュカス「魔法使いの弟子」を連想させる曲風。
 第6変奏以降は緩やかなテンポの変奏が続く。第6変奏はニ長調、再びお花畑に蝶が飛ぶ光景が目に浮かぶが、花も蝶もより色彩豊かになっている。
 第7変奏はヘ長調、なぜかここだけ8分の6拍子を3拍前振りして始める。夕日がゆっくり海に沈んでゆくような、どこかはかない美しさに満ちている。
 第8変奏はホ長調、さらにテンポが遅くなり、もはや元の主題はほとんど原形を留めない。遠くに見える光を求めて、森の奥深くどんどん引きずり込まれていく。途中で何度も道を見失いかけるが、ついに光に満ちた泉にたどり着く。
 フーガは第1Vが先導し、第2V、VaとVc、そしてCbとFg、さらにFlとClといった感じで響きを重ねてゆく。ペトレンコは終盤近くまでテンポをひたすら刻むことに専念。大きなからくり時計の1つの歯車がまず回り出し、やがてその動きが次の歯車に伝わり、だんだん他の歯車も回り出す。そして最後に全ての歯車が動いてからくり人形たちが踊り出す。
 この曲をあえて14型の弦で演奏させるところに、指揮者のさらなるこだわりを感じさせる。室内楽的とまでは言わないまでも、2管編成と釣り合いが取れるよう弦の人数を絞ったということか。
 曲が終わって意外とあっさり棒を下したペトレンコ。カーテンコールもObのマイヤーを立たせたくらいで、指揮者が2度目の退場をするとあっさり休憩に。

 後半のR.シュトラウスはさすがに弦も16型に。
「英雄」の冒頭、目の前のCb8人が奏でる上昇フレーズに思わずのけぞる。床かから足へ、さらに腹にまで響いてくる。
 そんな低音パートによる主題とこれに応える高音パートの優美な主題が鮮やかなコントラストを創り、だんだん一体となってオケ全体の壮大な響きへと発展してゆく。既に英雄は完成していて非の打ちどころがない。思わず泣けてくる。
 しかし「英雄の敵」が始まると、これ以上ないほどの辛辣さで敵が攻撃してくる。これをまともに食らった低弦による英雄の主題は何とも弱々しい。
「英雄の伴侶」に入ると、Vソロはかなり速めのテンポで進む。美しいが英雄本人以上に強気な性格らしく聴こえる。これに応える英雄の主題もどこかおどおどした感じだが、再三のVソロの情熱的なフレーズにほだされてくる。練習番号32の直前でペトレンコが全身に力を込めて唸りながら棒を振り下ろし、英雄と伴侶の結ばれる全奏となる。
 舞台裏に下がった3人のTpによるファンファーレが鳴り、「戦場での英雄」へ。敵の攻撃も、英雄の反撃も激烈極まりない。伴侶の主題も力強く英雄を応援。ついに英雄が勝利を収めて冒頭主題が回帰したところでまた泣けてくる。
 ここまではほぼ標準的なテンポだが、続く「英雄の業績」に入ったあたりからやや遅めのテンポに。全奏の静かな和音にHpの速いアルペジオが重なって全休止になる場面が何度かあるが、93の7小節目、すなわちテナーチューバとチューバによる「無理解と敵視」のフレーズが回帰する直前の全休止をかなり長く取る(20秒近く)。その後老いにあらがうかのような激しい音楽が続く。
 それも収まり「英雄の引退と完成」の主題が始まると、またホロリと来る。敵との戦争を回想する場面はかなり生々しく演奏される。Vソロが英雄の最期を優しく見守っている。
 最後の音が鳴り終わった後、かなり長い間ペトレンコは棒を上げたまま静止。ようやく下したところで拍手。聴衆にブラヴォー。

 2曲とも管弦楽法を極限まで駆使した複雑極まりない音楽だが、それを各奏者としても、オケ全体としても、一分の隙なく表現し尽くしている。各奏者が持つ豊かで密度の濃い音がそのままオケの音として積み上がるだけでなく、編成が大きくなるほどその音が指揮者に向かって求心力を持って集約され、揺るぎないアンサンブルとして聴衆の心をわしづかみにする。やはり素晴らしいオケである。
 ペトレンコの指揮は終始明確な指示で奇をてらったことはしていないが、オケの団員から全幅の信頼を得て、思い通りの演奏ができていることに疑いの余地はない。まず樫本を立たせ、一度下がって出てくると管楽器の首席たちを順に立たせ、樫本をもう一度立たせる。オケが解散しても8割くらいの聴衆が拍手と続け、ペトレンコの一般参賀。
 次の来日について語るのは早過ぎるが、ぜひ次回以降もペトレンコのこだわりある選曲を期待したい。

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