新国立劇場「シモン・ボッカネグラ」(5回公演の初日)
〇2023年11月15日(水)19:00〜22:10
〇オペラパレス
〇4階3列24番(4階3列目上手側)
〇シモン=ロベルト・フロンターリ(Br)、アメリア=イリーナ・ルング(S)、フィエスコ=リッカルド・ザネッラート(B)、ガブリエーレ=ルチアーノ・ガンチ(T)、パオロ=シモーネ・アルベルギーニ(BBr)、ピエトロ=須藤慎吾(Br)、隊長=村上敏明(T)他
〇大野和士指揮東フィル
(12-10-8-6-5)、新国立劇場合唱団(13-11-17-19)
〇ピエール・オーディ演出

声が争い、声が愛し合い、声が歩み寄る

 新国立劇場2023〜2024年シーズンは「修道女アンジェリカ」「子供と魔法」の2本立てから始まったが、今月は大野和士芸術監督指揮による「シモン・ボッカネグラ」の新制作上演。フィンランド国立歌劇場、テアトロ・レアルとの共同制作。9割以上の入り。
 入口前で手荷物検査のために長い行列ができている。最近の社会情勢を踏まえてのことかと一瞬思ったが、客席に着いてから天皇皇后両陛下のご臨席があるとのアナウンスで納得。

 プロローグ、幕が開くと直角三角形のパネルが舞台のあちこちに置かれていて、奥への視界が遮られている。その隙間から登場人物たちが出入りする。パオロがピエトロに平民派の取りまとめを依頼し、シモンに総督になるよう説得する。シモンが退場するとピエトロが平民たちを率いてやってくる。黒い布に全身を覆われ、なぜか四つん這いでうごめく平民たち。
 彼らが退場すると、入れ替わりにフィエスコ登場。三角形のパネルの1枚が上がると、中央に裂け目のような穴があり、その中に白いヴェールを被ったマリアの死体が台に乗せられて横たわっている。フィエスコも白のヴェールを持っているが床に落とし、死体に向き合う。
 シモンが登場し、ヴェールを拾い上げるが、彼の姿を認めたフィエスコはヴェールを奪い返す。シモンからの結婚の許しをフィエスコは受け入れず、下手後方へ退場。残ったシモンは上手側から奥へ進み、マリアの死体を見つける。顔にかかったヴェールを取るとショックでのけぞる。そこにシモンが総督に選ばれたことを告げる合唱。ヴェールを顔にかけ直し、シモンは舞台中央へ。舞台が明るくなり、三角形のパネルに白と赤があるのがわかる。シモンは人々から祝福を受ける。
 
 第1幕第1場、裂け目が拡大して血の海になったようなスペースが下手奥から上手手前にかけて広がっている。その上にはカーテン上の布が雲のように垂れ下がっているが穴が開いていて、時折白い煙が出てくる。床の血の海はまるでその雲が吐き出したかのように見える。
 赤い海の中央にアメリアがマリアと同じ姿勢で横たわっている(ルングがマリアと実質二役を演じている)。赤地に黒や白の混じった衣装。彼女を四方から4人の男たち(シモン、フィエスコ、ガブリエーレ、パオロ)が取り囲んで見つめている。前奏が終わるころに4人とも退場。
 アメリア、起き上がってアリアを歌う。途中で上手奥にパオロが登場し、しばらくして退場する。下手手前からガブリエーレが登場し、愛の二重唱。歌い終わるとアメリアがガブリエーレの背中を押して前に進ませる。2人の間に緞帳が下り、手前にガブリエーレだけ残る。下手からフィエスコ登場し、二重唱。
 トランペットが総督登場を告げると、2人は上手へ退場。緞帳が上がり、中央にアメリア。下手からシモンとパオロ登場。シモン、パオロを去らせてアメリアと2人きりに。続いて父娘再会の二重唱。歌い終わるとアメリアは上手奥へ退場。
 入れ違いに下手手前からパオロ登場、アメリアとの結婚の望みが絶たれると、怒った彼は上手手前に移動。再び緞帳が下り、その手前でパオロはピエトロとアメリア誘拐を画策。

 第1幕第2場、緞帳が上がると、総督宮殿内の大会議室。奥からシモンと議員たちが集まり、赤い海がせり下がって、一同その中に入って座る。貴族派は白に赤帯、平民派は黒の衣装。シモンがヴェネツィアとの和平を提案すると議員たちは反発。ホリゾントの紗幕の奥には武器を持った人々の騒ぐ様子がシルエットで見える。
 奥からガブリエーレとフィエスコが乱入してくる。ガブリエーレはアメリアを誘拐しようとした平民派を殺害し、その黒幕はシモンと信じて切りかかろうとする。両派にらみ合う中、奥からアメリアが入ってきて争いを止めようとする。アメリアが本当の黒幕の名を明かそうとすると、パオロは奥へ逃げて議員たちの間に隠れる。
 シモンが彼女を制し、パオロを呼ぶ。総督のマントと杖を彼の手で身に付けさせ、パオロをひざまずかせて杖を彼の肩に当て、黒幕への呪いの言葉を言わせる。
 1人残ったパオロ、一旦床の高さに戻った海が再びせり下がり、天井から下がった雲も彼に向って降りてくる。

 第2幕、総督の部屋。雲は下がったまま。ホリゾントには赤い炎に白い水しぶきがかかっているような背景。海の中央に総督用の大きな背もたれの椅子。その手前のテーブルの上に銀色のボウルが置かれている。椅子に座るパオロ、総督暗殺を狙ってボウルに毒を入れる。
 上手からフィエスコを連れてこさせて総督暗殺をそそのかすが、拒まれると退場させる。入れ替わりにガブリエーレを呼び、総督がアメリアを弄んでいると嘘を言って怒らせ、協力を取り付ける。椅子を倒して背もたれの上にガブリエーレの両手を置かせ、縛っていた縄を解いてやる。
 パオロが上手へ退場すると下手からアメリアが登場、ガブリエーレの誤解を解こうとするが上手くいかない。シモンが来る気配がするのでアメリアはガブリエーレを上手へ退場させる。
 奥からシモン登場、アメリアの愛する人が自分の敵(ガブリエーレ)と知り、ショックを受ける。アメリアを下手へ去らせ、ボウルの毒を飲んでしまう。テーブルの近くで横たわる。
 上手からガブリエーレが近付いて刺そうとするが、下手からアメリアが現れて止める。目を覚ましたシモンは、アメリアは自分の娘だとガブリエーレに伝える。驚くガブリエーレ、シモンに許しを請う。緞帳が下り、3人その手前に移動、三重唱。緞帳奥から反乱軍の合唱が聴こえてくる。ガブリエーレは彼らを止めると告げ、3人退場。

 第3幕、平民たちの勝利の合唱。上手から血まみれのパオロが兵士たちに連行されてくる。下手から現れたパオロとすれ違いざまに、シモンに毒を持ったことを伝える。両者反対方向へ退場。
 緞帳が上がると、赤くてごつごつした火山岩でできたような岩があちこちに置かれている。下手にある岩の陰からシモンが立ち上がる。既に瀕死の状態。さまよいながら上手手前の岩に腰掛ける。
 下手からフィエスコ登場。シモンが娘を育ててくれたことに感謝すると、フィエスコも涙を流し、2人はついに和解。
 その間舞台奥を下手から、アメリアとガブリエーレの婚礼行列。2人の後に棒の上の籠に白い電球が入った灯篭を掲げる人たちが続く。
 アメリアとガブリエーレがシモンの下にやってくる。シモンの死が近いことを知り、嘆き悲しむ2人。シモンはガブリエーレを後継の総督に指名し、息絶える。人々は灯篭の灯りを消す。黒い雲が上がっていき、代わりにホリゾントに黒い太陽が降りてくる。ガブリエーレとアメリアは抱き合う。

 フロンターリは明るめのだみ声が朗々と響き、意志の強さを感じさせる。対するザネッラートも気品と深みを備えた低音が魅力的。2人のアンサンブルがプロローグでは出口の見えない対立を、第3幕では救われるような和解の温かみを聴く者に感じさせる。対するルングはこれぞリリックと言うべき可憐な歌声。高音のピアニシモも美しい。ガンチは明るく甘い声が軽々と天井桟敷まで伸びてくる。無駄な力が入っていない歌いぶりで、聴いていて実に心地良い。この4人に比べると、アルベルギーニはやや響きが薄いが、それが小心者のパオロにはよく合っている。須藤と村上もしっかり声で存在感を示す。
 合唱はいつもながら充実した響き。特に男声が増員されていつも以上の迫力。ソリストたちとともにこれぞヴェルディと言うべき声の競演を披露。
 大野指揮の東フィルも終始緊張感を保ち、まとまった響きで歌手陣を支える。ただ、時折鳴らし過ぎて歌手とのバランスが崩れかける場面も。また、第1幕後半の木管アンサンブルにもう少し躍動感が出るとよりヴェルディらしくなる。
 オーディの演出は簡素な舞台と抑制された動きで聴衆の想像力を刺激。大野監督好み?の最終盤でのどんでん返しもなく、平和のメッセージをストレートに伝えようとしている。

 コロナによる規制もほぼなくなり、カーテンコールでは久々にあちこちから掛け声が聞かれる。これを「やっと元に戻った」と安心して終わるのでなく、改めてカーテンコールの在り方を考え直すきっかけにしたい。

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