長島剛子・梅本実リートデュオ・リサイタル
○2023年10月30日(月)19:00〜20:45
○東京文化会館小ホール
○O列33番(後方から9列目中央)
○ウェーベルン「歌とピアノのための3つの歌曲」より「早春」、「初期の8つの歌曲」より「仰ぎ見て」「花の挨拶」「上機嫌」
 同「シュテファン・ゲオルゲの「第7の環」による5つの歌曲」Op3、「ピアノのための変奏曲」Op27、「4つの歌曲」Op12
 ツェムリンスキー「12の歌曲」Op27
+シェーンベルク「4つの歌曲」Op2より「期待」、不明(キャバレー・ソング?)、本居長世「七つの子」、信長貴富「しあわせよカタツムリにのって」、不明(ゲーテの詩による歌曲)

有無を言わさぬゲーテの影響力

  ソプラノ長島剛子、ピアノ梅本実によるリートデュオ、今回は「ロマン派から20世紀へ PartV」と題し、ウェーベルンとツェムリンスキーによるプログラム。7割程度の入り。

 前半は全てウェーベルン。まず10代から20代初めに書かれた歌曲を取り上げる。
「早春」はワーグナーの甥、アヴェナリウスの詩。文字通り春の始めの霞がかかったような和音の上をふわふわ浮いているようなメロディで歌われる。
「仰ぎ見て」は「初期の8つの歌曲」の第2曲。デーメルの詩。「花の挨拶」は第4曲、ゲーテの詩。「上機嫌」は第6曲、ニーチェの詩。いずれも複雑な和声で辛うじて調性が保たれているが、さすがに「花の挨拶」は明るく朗らかな雰囲気でホッとする。
 作品3の5つの歌曲は十二音技法によるもの。ゲオルゲの詩は春の風景を描きながら恋人へ愛のメッセージを贈っている。ウェーベルンにしては長めのフレーズが多いが、第2曲「風の中で」では終盤の高音への跳躍、急速なクレッシェンドと断ち切られるような終わり方が印象的。第4曲「朝霧の中に」は、冒頭に歌われた「早春」の雰囲気を十二音技法で進化させたように聴こえる。第5曲「葉の落ちた木が枝を伸ばす」最後の"Fr?hling"(春)をpppで高音で歌わせるところも耳に残る。

 この後久しぶりに梅本のソロ。「ピアノのための変奏曲」は生前に唯一出版されたピアノ作品。3楽章構成。第1楽章は右手が二和音と単音のフレーズを弾く間に左手が単音と二和音のフレーズを挿入させる。次は左右が入れ替わる。そういった対称的なフレーズの組合せで構成されている。第2楽章はわずか22小節だが、両手を素早く交差させなければならないだけでなく、強弱の変化もめまぐるしい。第3楽章は主題と4つの変奏。右手の音に左手が応え、続いて左右の役割が入れ替わる。変奏も最小限の音しか使われないが、強弱の急激な変化、両手の交差などを駆使して発展してゆく。最後は消えゆくような和音の応答で終わる。
 研ぎ澄まされたタッチを維持しながらもフレーズ感が失われないのは、歌曲伴奏の豊富な経験のなせる業か。

「4つの歌曲」は無調時代の作品。第1曲「日が去って」はオーストリアの作家ローゼガーの小説に出てくる詩による。第2曲「神秘の笛」は李白の詩のドイツ語訳、マーラーが「大地の歌」で使ったもの。第3曲「太陽が見えたとき」はスウェーデンの劇作家ストリンドベリ「幽霊ソナタ」からのセリフを改変したもの。第4曲「似たものどうし」はゲーテの詩。
 取っつきにくいメロディ・ラインが続いた後で、ゲーテの詩にだけはワルツ風の明るい響きになっていて、またもホッとする。

 後半は、シェーンベルクの師でもあったツェムリンスキーがナチス政権下の1937年に書いた歌曲集で、最後の作品番号を付けたもの。当時の音楽界における自らの心情を反映したものと言われる。当初10曲のツィクルスだったが、1938年に2曲追加されている。
 第1曲「誘拐」はゲオルゲの詩による。複雑だが辛うじて調性が保たれている。第2〜6曲は古代インドの詩によるもので、異国情緒が漂う。第7〜9曲はニューヨークのハーレムで活躍したアフリカ系アメリカ人の詩によるもので、ブルース風の響きやジャズ風のリズムが取り入れられている。
 第10曲「歌を私にもう一度与えてくれ」は再びゲオルゲの詩。第1曲のフレーズが回帰する。
 第11曲「雨季」は再び古代インドの詩によるもの。沈みがちの曲想だが、最後の長三和音が聴く者に希望を抱かせる。
 第12曲はゲーテによる「旅人の夜の歌」。諦念に満ちた曲だが、甘い平安(=死?)を求める"Komm"(来て)が胸に響く。ツェムリンスキーもウェーベルン同様、ゲーテの詩になるとなぜか親しみやすいメロディに。ゲーテが20世紀ドイツの作曲家にまで有無を言わさぬ影響を与えているようで、面白い。
 脆くてすぐに崩れそうなメロディラインを長島が丁寧にすくい取るように歌い、梅本のピアノが包み込むような響きで歌を支える。いつもながら見事なアンサンブル。

 本編を歌い終えた後の挨拶では、最近20世紀ドイツの作曲家たちの歌曲に挑戦する学生たちが増えているとのこと。正に二人が彼らの作品に光を当て続けてきた成果と言えるだろう。
 難曲続きのプログラムを無事歌い終えた解放感からか、アンコール5曲の大サービス。しかもゲーテの詩に付けた歌曲で締めくくる。


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