セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
〇2023年8月1日(火)19:00〜21:05
〇ミューザ川崎シンフォニーホール
〇3階C1列20番(3階中央ブロック最前列ほぼ中央)
〇ベートーヴェン「交響曲第8番ヘ長調」Op93(約26分、第1楽章提示部繰り返し)
(12-10-8-6-4)
 ワーグナー/デ・フリーヘル 楽劇「ニーベルングの指環」〜オーケストラル・アドヴェンチャー〜
(16-14-12-10-8)(コンミス=日下)

雷雨の後の祝祭劇

 川崎の夏の風物詩としてすっかり定着した感のあるフェスタサマーミューザ。川崎駅を降りると、アロハシャツを着て砂浜でくつろぐバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの日焼けした顔のポスターが目に付く。そして、在京だけでなく全国のオーケストラの演奏を聴けるのも魅力の一つ。
 この日は読響常任指揮者のヴァイグレが意外にも初登場。得意のベートーヴェンとワーグナーを並べた、正に音楽祭にふさわしいプログラム。聞けなかったが、プレトークでは予定時間を大幅にオーバーするほど雄弁に語ったそうだ。8割程度の入り。

 ベト8第1楽章、標準的テンポ。冒頭の全奏は聴衆を圧倒させるようなものではなく、比較的落ち着いた出だし。12小節目、1VのFはfで弾かせるが、13のAは少し抑え目。以下同様。28以降のsfはきっちり強調。45以降の木管のメロディを少しつんのめりがちに吹かせる。
 展開部の145以降の息長い登り坂、引き締まった響きを保ちながら191の頂点に達し、低弦が冒頭主題をしっかり響かせる。快感。
 第2楽章、2の1Vによる、付点8分音符のFと16分音符のDから成るフレーズを丁寧に歌わせる。以下同様。ppとffの差は極端には付けない。
 第3楽章、2以降の1Vによるメロディ、最初のAは8分音符でスタッカート、8分休符を挟んで3のC以降のフレーズにスラーがかかっているが、最初のAも含めてレガートを保つとともに、Cを少し膨らませる。トリオのHrのアンサンブル、無難に響かせるが緊張感も伝わる。
 第4楽章、やや遅め。勢いに乗って疾走させるのでなく、3連符を始めとする細かい音符をきちんと刻みながら進めていく。しかし、前に進む流れは失わない。
 この楽章のみティンパニを3台使用。奏者から見て右側に高いF、左と左後ろに低いFのものが2台。18以降は右と左後ろを使うが、終盤で速い連打が要求される480〜481では右と左を使用。
 奇をてらわず古典的な交響曲としての枠を守りながら、快活さと優美さを兼ね備えた演奏。カーテンコールでは第3楽章トリオでオブリガートを見事に弾いたVc首席の富岡さんを立たせる。

「指環」のオーケストラル・アドヴェンチャーは、オランダ放送フィルの打楽器奏者ヘンク・デ・フリーヘル編曲によるもの。4部作から14の名場面を一続きにして1時間強にまとめている。
 従来の「指環」抜粋ではいきなり「ヴァルハラ城への神々の入場」から始まる場合もあったが、「ラインの黄金」の冒頭から始まるところがまずすばらしい。そして「ラインの黄金」で乙女たちが黄金の美しさを称える場面に続き、「ニーベルハイム」の音楽も登場。この2曲が続くと「黄金のモチーフ」がニーベルハイムの場面で短調になって現れることがわかり、面白い。もちろん金床の音もしっかり演奏される。
 続いてヴォータンが指環を巨人族に渡した後、新しくできた城をヴァルハラと命名するあたりの場面の音楽となる。ここまではいいのだが、そこからお馴染みの「神々の入場」へ行くかと思いきや、一気に「ワルキューレの騎行」のテーマへ。ヴォータンが眠らせたブリュンヒルデに臆病者が近付かないよう封印する場面、「魔の炎」の音楽へ続く。「ワルキューレ」第1,2幕の珠玉の音楽が見事にすっ飛ばされているのが何とも残念。
 そのまま「森のささやき」へ。ジークフリートのファフナー退治、そしてブリュンヒルデの目覚めの場面へと続く。ここでも「ジークフリート」第1幕は完全に飛ばされるが、まあやむを得ないか。
 いよいよ「神々の黄昏」へ。「夜明け」の音楽からジークフリートとブリュンヒルデの愛の音楽を端折り気味に挿入し、「ラインの旅」へ。通常は取り上げられないギービヒ家のテーマも顔を出す。そして、ハーゲンがジークフリートを倒す場面、葬送行進曲、そして「ブリュンヒルデの自己犠牲」後半となり、楽劇と同じ終わり方で曲を閉じる。
 曲のつなぎは違和感なくできているところもあれば、時折「あれ、こんな音楽あったっけ?」と思うところも。 

 普段はほぼ舞台しか見ていないので、奏者たちの演奏の様子にいろいろ気付かされることが多い。Hr奏者が持ち替えるワーグナー・チューバを始め、バス・トランペット、コントラバス・トロンボーンは演奏姿を見るだけで楽しいし、「ニーベルハイム」の場面でTp奏者まで金床を叩いていたり、シンバル奏者が両手にバチを持ったまままず2枚のシンバルを鳴らし、その後スタンドに固定されたシンバルをバチで叩いたりしている。
「指環」を既に録音しているヴァイグレの指揮は、始めのうちこそ交通整理に徹するような、拍子を合わせる動きが多かったが、「ジークフリートの英雄的行為」あたりからだんだんギアを上げ始め、メロディをたっぶり歌わせたりオケ全体をドラマチックに鳴らしたりする指示が増えてくる。登場時には絞めていた蝶ネクタイを途中で外したらしく、振り終わって客席の方を向くと首元が開いている。熱演の一つの証しだろう。
 カーテンコールでは、ジークフリートのテーマをソロで吹いたHr首席の松下さんを真っ先に立たせただけでなく、オケ解散後一般参賀を求める拍手が続くと、再び松下さんと一緒に登場。元Hr奏者の指揮者としては最高の賛辞だろう。
 この日は昼間の雷雨で猛暑がひと段落したが、ミューザでは心地良い熱気に包まれる。そう言えば、ドンナーのモチーフがなかったなあ。
 

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