東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ「平和の日」(2回公演の2回目)
〇2023年4月9日14:00〜15:35
〇Bukamuraオーチャードホール
〇3階3列1番(3階3列目下手端)
〇司令官=小森輝彦(Br)、マリア=渡邊仁美(S)、市長=持齋寛匡(T)、司教=寺西一真(Br)、包囲軍司令官=狩野賢一(B)、ピエモンテ人=山本耕平(T)、女性の市民=中西亜維里(S)ほか
〇準メルクル指揮東フィル
(12-10-8-6-4)、二期会合唱団(20-20)(指揮:大島善彰)
〇舞台構成:太田麻衣子

政治に利用された「平和」の音楽

  リヒヤルト・シュトラウスが1936年に作曲し、38年に初演されたオペラ「平和の日」は、ナチス政権下でミュンヘン会談、すなわちチェコスロヴァキアのズデーテン地方のドイに割譲が認められる直前に、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場で初演された。平和主義的内容を持ちながらも、ナチスに利用された作品として、第二次世界大戦後は極端に演奏機会が少なくなった。このような作品の性格上なかなか日本でも上演機会に恵まれず、ようやく今回初演の運びとなった。7割程度の入り。

 セミステージ形式の上演。舞台後方に合唱団の席、その手前の紗幕には三十年戦争当時と思われるドイツを中心とするヨーロッパの地図が映されている。舞台中央にオケが並び、その手前に、4面の小舞台。下手から上手に向かって高くなっている。上手から2つ目の小舞台にテーブルと椅子。テーブルの上には紗幕で映されているのと同じ地図が置かれており、サーベルが立てかけてある。
 音楽はDから増4度下降といった音型を繰り返してニ短調に落ち着く。続いて葬送行進曲風の音楽。
 三十年戦争末期のある朝、上手端の一番高い小舞台に兵士たちが現れる。黒いマント姿。みな戦に疲れ果てた様子だが、舞台下には、皇帝の勅書を司令官に渡した若いピエモンテ人がイタリア語で恋人や故郷を思う歌を歌うが、兵士たちに毛嫌いされ、追い払われる(ピエモンテ人の歌うフレーズは兵士たちの歌と対照的に素朴で物悲しく、「薔薇の騎士」のイタリア人歌手のシーンを思い出させる)。
 合唱が市民たちのパンを求め、降伏を促す歌を歌う。下手から市長と司祭が市民代表として登場。兵士が取り次ぎ、上手から司令官登場。勅書を盾に市民側の要望を拒否するが、女性の市民が死んだ赤ん坊をくるんだ白い布を司令官に投げるケルなど執拗に懇願されたため、正午に判断を下すと約束。
 市長たちが退場した後、司令官は兵士たちに向かい、かつてのマグデブルグの騎兵戦(皇帝軍が勝利した戦い)を引き合いに士気を鼓舞するとともに、地下に火薬を集めるよう命じる。司令官の本当の計画は城砦を爆破することらしい。ヘ長調の勇ましい曲想。
 司令官と兵士たちが上手へ退場した後、入れ違いに下手からマリア登場。白いマント姿。平和を望むアリアを歌う。ホ長調を基調に高音が多用される。
 上手から司令官登場。マリアは何とか降伏して平和を実現するよう説得するが、司令官は皇帝の命を守る名誉と引き換えに街を陥落させ、自死する決意を変わらず歌う。かみ合わない二重唱。
 やがて大砲の音が鳴り響き、最後の戦いの始まりと思った司令官は、兵士たちに備えさせる。しかし、静寂の後街中の教会から鐘が鳴り響く。ここからの音楽はいかにもシュトラウスらしい、荘厳な中にも甘美さを備えた響きで、泣けてくる。敵の兵士たちは、大砲に花輪を付け、白旗を掲げて城内に入ってくる。
 下手から包囲軍の司令官が登場、講和が成立したことを報告。しかし、司令官は敵の策略だと信じず、ついにはサーベルを抜いて相手に切りかかろうとする。その間にマリアが割って入り、平和を訴える。司令官もようやく事態を理解し、テーブルの上にサーベルを置く。ほかの兵士たちも同じように武器を置く。
 マリアは白いマントを脱いで黒のナイトドレス姿に。マントを着た男たちは燕尾服に着替え、舞台最前方に並んで平和を称賛する歌を歌う。ホ長調やヘ長調の明るい響きが続くが、最後はハ長調に転じ、ベートーヴェンの「フィデリオ」か「合唱幻想曲」終盤を思わせる雰囲気となり、シュトラウスにしては堅苦しい音楽で終わる。

 紗幕には場面に応じた画像が映されるが、終盤にはFriedeなど様々な言語で「平和」を意味する言葉が表示される。それらが中央に集まり、やがて回る地球の映像となる。

 小森は終始緊張感に満ちた声で、使命感に燃える司令官役にぴったり。渡邊は高音(最高はハイD)が多用される技巧的な歌を果敢に響かせていたが、もう一息なめらかなフレージングが求められるところ。持齋は安定した響きでしっかり歌っていたが、飢餓に苦しむ市民たちを代表するにしては体形が少々立派?山本の哀愁に満ちた歌いぶりは前半部の白眉。中西も少ない出番ながら存在感を発揮。
 準メルクル指揮の東フィルは、歌手たちにきめ細かく寄り添いながら、丁寧に作品の世界を創り上げる。特に管楽器がシュトラウス特有のハーモニーをしっかり響かせる。40人の合唱も安定したハーモニーで盛り上げる。

 奇しくもウクライナで戦争が続く中でこのオペラが初演されたことは、単に日本人に平和の尊さを改めて訴えかけるにとどまらず、音楽家と政治との関係を考える格好の材料を提供したという点でも大きな意義がある。日本でも軍歌を始め、戦前に大いに流行し、しかも音楽的価値も高い作品であったにもかかわらず、戦後忘れ去られた曲も多い。これらの曲を発掘して改めて演奏することで、その作品の持つ意味を見つめ直す機会がもっとあるべきだと思う。

表紙に戻る