びわ湖ホール プロデュースオペラ「ニュルンベルグのマイスタージンガー」(2回公演の初日)
○2023年3月1日(木)13:00〜18:50
○びわ湖ホール大ホール
○2階2B列46番(2階2列目上手寄り)
○ザックス=青山貴(Br)、ヴァルター=福井敬(T)、エヴァ=森谷真理(S)、ベックメッサー=黒田博(Br)、ポーグナー=妻屋秀和(B)、ダーヴィッド=清水徹太郎(T)、マグダレーネ=八木寿子(A)、コートナー=大西宇宙(Br)、夜警=平野和(B)ほか
〇沼尻竜典指揮京響
(12-10-8-6-5)、びわ湖ホール声楽アンサンブル(27-26)
〇ステージング:粟国淳

ベックメッサー、帰ってきて!

 びわ湖ホール芸術監督の沼尻竜典は、2010年以降ワーグナーの主要10作品、すなわちバイロイト音楽祭で上演される作品を順次取り上げてきた。コロナ禍の影響で無観客の配信のみになったり、セミステージ形式になったり、様々な困難を経つつもついに10作目の「マイスタージンガー」を上演するまでに至った。今回もセミステージ形式。9割程度の入り。

 舞台は前方が主にソリストたちの歌い演じるスペース、後方の階段状の席が合唱用のスペース、その間にオケを配置。天井から7枚のスクリーンが吊り下げられ、前奏曲の演奏中はオペラカーテンの画像、それ以外では場面を連想させる画像が映し出される。

 第1幕、スクリーンには教会内部の画像。合唱団は後方で聖歌を歌い、エヴァとマグダレーネは上手端のベンチに座ってお祈りをしている。下手端の衝立の陰からヴァルターがエヴァの方を覗き込んでいる。それを見たエヴァはこっそりスカーフとブローチを後ろのベンチにわざと置いて立ち上がる。すぐにでもヴァルターのところへ行きたいのだが、後方から前方に降りてきた合唱団員たちと挨拶。ようやくヴァルターのところにたどり着く。マグダレーネはエヴァに言われるままに「忘れ物」を取りに行く。ダーヴィッドと若者たちが上手から登場し、椅子を出してきて並べ始める。エヴァとマグダレーネはヴァルターに別れを告げて下手へ退場。
 ヴァルターはダーヴィッドからマイスターになる仕組を教わる。その間にも若者たちが椅子や歌い手用の台などを出して適当に並べている。ダーヴィッドの指示でようやく台を中心に左右6脚ずつ椅子が横1列に並べられる。今日にもマイスターになる決意を固めたヴァルターは、ダーヴィッドたちとともに一旦上手へ退場。
 下手からポーグナーとベックメッサー登場。2人ともきちんとした身なりで、特にベックメッサーは三つ揃えの紳士服姿。上手からヴァルターが登場してポーグナーと親しげに話し始めると、動揺し不快な表情を浮かべるベックメッサー。ポーグナーは今日の試験にヴァルターを推薦することを約束。ヴァルターは下手へ退場。
 マイスターたちが三々五々登場。みな自分の職業にふさわしい仕事着姿。その上から黒のガウンを羽織る。議事進行役のコートナーはコック帽を被ったまま中央の台に上がって出欠を取り始め、他のマイスターに指摘されてようやく帽子を取る。下手端にポーグナー、上手端にザックス、その隣にベックメッサー。
 ポーグナーがヴァルターを推薦し、下手から登場。試験を受けることが認められると、若者たちが歌のルールの書かれた板を中央の台に持ってくる。コートナーはそれをヴァルターに向かって紹介。台の上に背もたれに装飾の施された椅子が置かれ、ヴァルターはそこに座らされる。後方にダーヴィッドや若者たちも集まってくる。
 ベックメッサーは上手端の衝立の奥に入って採点。黒板に白墨を刻む音が今一つ聞き取れない。やがて画線(tally)で埋め尽くされた黒板を持って出てきて試験の終わりを宣言しようとする。ザックスが続きを聞くよう主張するが、大半のマイスターたちは従わない。対する後方では若者たちも騒ぎ始める。大混乱のうちに結局「歌い損ね」と判定され、ヴァルターは憤然と下手へ退場。マイスターたちもガウンを脱いで退場。ポーグナーとザックスだけが残り、ポーグナーは胸に手を当てて礼をして退場。一人残ったザックスが台の上の椅子の背もたれに手を掛ける。

 第2幕、スクリーンにはニュルンベルグの街中の建物が映し出される。下手がザックスの家、衝立2枚の中に作業台が置かれている。上手がポーグナーの家。衝立1枚とベンチ。ダーヴィッドが若者たちとやり取りしている間に上手後方からマグダレーネがバスケットを持って登場、上手端のベンチに座る。彼女に気付いたダーヴィッドは駆け寄り、食べ物の入ったバスケットを受け取ろうとするが、試験の結果を聞いてマグダレーネはがっかりしてバスケットを渡さず退場。周りからさらにからかわれて怒るダーヴィッド。そこへ下手からザックス登場し、若者たちは逃げる。ダーヴィッドを叱って2人とも下手へ退場。
 上手後方からエヴァとポーグナーが登場。ポーグナーが先に、マグダレーネに呼ばれてエヴァも上手へ退場。下手の作業台の前にザックスが座り、「ニワトコのモノローグ」。エヴァが訪ねてくる。質問をはぐらかされ、怒って下手へ退場するエヴァ。
 ザックスも一旦下手に退場。エヴァとマグダレーネが登場。ヴァルターが下手から現れるとマグダレーネは上手へ退場。エヴァとヴァルターは駆け落ちを約束。しかし、下手にザックスが現れ、とりあえず上手の衝立の奥に隠れる。夜警が上手奥から登場して午後10時を告げる。
 下手後方からベックメッサー登場。リュートを持っているが服装は三つ揃えのまま。スクリーンに窓辺に立つ女性の画像。ベックメッサーはザックスとあれこれやり取りの後、靴を載せる台を借りてその上に片足を載せて歌い始める。採点のため靴底を叩く音もしばしば不明瞭。
 ホリゾントが星空に。靴が完成したのでザックスは下手へ退場。なおも歌い続けるベックメッサー。眠い目をこすりながら下手から登場したダーヴィッドがその姿を見咎め、襲い掛かる。後方にも徐々に人が集まり始め、騒ぎ出す。ベックメッサーは上着を半分脱がされた状態で逃げ回り、それをダーヴィッドが追いかける。
 騒ぎが頂点に達したところで、そのどさくさに紛れて駆け落ちしようとエヴァとヴァルターが衝立の奥から中央へ出てくるが、ザックスに止められる。ヴァルターは下手へ、エヴァは上手=自分の家に帰るよう促される。
 夜警が11時を告げる。ベックメッサーが使っていた台につまづき、驚いて懐中電灯を当てる。その後も用心しながらゆっくり退場。ベックメッサーは逃げたままで、暗くなったエヴァの部屋の窓を見上げるなどの仕草はない。

 第3幕第1場、スクリーンはザックスの仕事部屋を連想させる天井や柱の画像。上手に散らかった机、その前に座って書物を読むザックス。中央に椅子2脚。下手端に衝立。ダーヴィッド、下手からバスケットを持って登場。呼び掛けても返事がなく、いきなりザックスが書物をバタンと閉じるのに怯える。ダーヴィッドはヨハネ祭の聖歌を何とか無事歌うと、ザックスは中央へ出てきて椅子に座る。ダーヴィッドはその横にある椅子に、背もたれを前にして座り、親方も求婚するよう勧める。
 ダーヴィッドが下手へ退場した後、入れ違いに上手からヴァルター登場。ザックスから歌の指南を受け、新たな歌を歌い始める。ザックスは作業台に戻ってそれを紙に書き留める。2人揃って上手へ退場。
 入れ違いに下手からベックメッサーが膝と腰をかばいながら登場。よろよろしながら作業台のところまで行き付き、詩の書かれた紙を見つけて懐へ。下手からザックスが戻ると、追求し始める。しかし、詩をもらえると知って大喜び。ザックスに支えられながら下手へ退場。
 ザックス1人で戻ってくると、追いかけるように下手からエヴァ登場。純白の衣裳。靴の具合が悪いと言うので、ザックス台を中央に持ってくる。エヴァ、足を載せる。ザックスが靴のチェックをしている間にヴァルターが上手から登場。見つめ合う2人に気付いたザックスは思わず不機嫌になって背を向ける。エヴァ、ザックスへの感謝の歌を歌いながら彼の背中へ両手を掛ける。
 上手から紺の正装姿のマグダレーネ、下手からダーヴィッドが登場すると、歌の命名式、ダーヴィッドの職人昇格、そして五重唱へ。上手にダーヴィッドとマグダレーネ、下手にエヴァとヴァルター、4人を後方から見守るようにザックス。

 第2場、スクリーンには華やかに飾られたポールや大きな輪の画像。後方では男たちが中央に集まり、その両側に娘たち。靴屋、仕立屋、パン屋の組合の旗を持った少年が彼らの手前に登場。それに合わせてそれぞれの組合の面々が次々登場して歌うのが本来だが、合唱の人数の関係で同じ人たちが歌っている。旗は下手に靴屋と仕立屋、上手にパン屋のが立てられ、最後に登場したマイスターたちの組合の旗がその隣に立てられる。
 後方階段の最上列下手にバンダの金管と打楽器奏者が登場。男性奏者は舞台上の登場人物に合わせて燕尾姿だが、女性奏者はカジュアルな格好で違和感。マイスターたちは第1幕と同様の配置で座る。全員燕尾服姿。
 エヴァはオレンジ系の衣裳で裾の広いスカートに着替えてポーグナーの隣に。なぜか職人ダーヴィッドとマグダレーネもザックスの右隣に控える。
 ベックメッサーは、座ってからも、出演者全員が「目覚めよ!」を歌っている間も、しばしば懐から紙を取り出して見つめている。出番となり、中央の台へ上がろうとするが、留め具が外されているので歌詞通りぐらぐらする。固定してもらって台に上がり、歌い始めるが、奇妙な詩に一同から失笑が漏れる。結局彼の歌は爆笑に包まれ、怒った彼は詩の書かれた紙をコートナーに渡して下手へ退場。
 入れ違いにヴァルターが登場。見事に歌って(ただし途中歌詞が一部途切れるハプニング)、エヴァから枝の冠を頭に被せられる。続けてポーグナーがマイスターの証しとなる金製のネックレスを授与しようとすると、ヴァルターは受け取りを拒否。ザックスがマイスターたちを尊敬するよう説得する歌の間、スクリーンには雪に覆われた森林の画像。ザックスが歌い終わるとヴァルターも素直にネックレスをかけられる。エヴァは枝の冠をヴァルターから取り、後ろからこっそりザックスの頭へ。ザックス驚くが、外すことなく全員の合唱のうちに幕。ただし、ベックメッサーは戻ってこない。

 青山は新国の「マイスタージンガー」ではコートナー役だったが、明るく張りのある声が終始安定していて、実に堂々としたザックス。福井は暗めの声で少し若々しさに欠ける部分はあるが、声量は最後まで衰えず、こちらも立派なヴァルター。森谷も力任せでなく伸びのある声で、知的で冷静なエヴァを歌い切る。清水もしっかり歌っていたが、もう一息声に明るさと、未熟な若者らしい弾けた雰囲気が欲しい。八木も安定した歌いぶりで舞台を引き締める。
 しかし、声の面でこの日圧倒的存在感を示したのは黒田と妻屋。黒田は、ベックメッサーをよくある身の程知らずの卑しい男ではなく、根は生真面目で一途にエヴァに思いを寄せるがためについ道を踏み外してしまう、そんな男として歌い演じる。新しいベックメッサー像を世に知らしめたと言っていいだろう。リュートを弾く仕草をもう少しはっきりさせれば、さらに説得力を増すだろう。カーテンコールでは、そのリュートの音担当のベックメッサーハープ奏者も引っ張り出して一緒に喝采を浴びる。
 妻屋も、いつもの重量感のあるバスの響きを活かした歌いぶりのおかげで、従来よくある人の善いポーグナーではなく、ザックスに負けるとも劣らぬ変革者としてのポーグナー像を聴衆に示す。今まで何となく聞いてきた「歌合戦の勝者に娘を賞として授与する」というのが、いかに大胆で革命的なアイデアかということを、彼の歌を通じて気付かされる。

 合唱は作品の性質上大人数を要するので、いつものびわ湖声楽アンサンブルに多くの客演(特に男声)が加わったが、特に違和感なく質の高いハーモニーを聴かせる。
 問題は指揮者とオケ。びわ湖ホールの2階はほとんど1階の続きなので、舞台中央に配置されたオケの音が上に上がっていく点を割り引いたにしても、第1幕前奏曲冒頭から劇場全体に響き渡る感じがなく、フレージングも平板なところが多い。第2幕冒頭の木管のトリルなども、もっと聴く者の心を浮き立たせるような感じがほしい。チェロのソロ(客演首席奏者の服部誠)など、思わず聴き惚れるところもあるにはあったのだが。
 何よりも問題なのは、歌手とのコンビネーション。フレーズの終わりに少しためを作りたいところもインテンポで行ってしまったり、逆に先へ進んでほしいときに遅れたり、といった歌手とオケとのずれがしばしば。特に青山と福井が歌っているときにそのようなずれが目立つ。指揮者が歌手に背を向けて振っているのを割り引くにしても、もう少し呼吸を合わせようとする努力が求められる。
 沼尻の芸術監督として最後の指揮になる5日の2回目には、改善されていることを期待したい。

表紙に戻る