金川真弓ヴァイオリン・リサイタル
〇2022年10月20日(木)19:00〜20:55
〇東京文化会館小ホール
〇M列25番(13列目ほぼ中央)
〇バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調」、武満徹「妖精の距離」、ドビュッシー「ヴァイオリン・ソナタト短調」

ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調」Op47(約31分、第2楽章繰り返し実施)
+バッジーニ「妖精の踊り」Op25、ガーシュイン/ハイフェッツ「ポーギーとベス」より”Bess You is My Woman Now”(ベスよ、お前は俺のもの)
〇P=ジュゼッペ・グァレーラ

若さが持つ無限の可能性

  金川真弓は今最も売れっ子の若手ヴァイオリニストの1人である。プログラムに今後の演奏会のチラシが何枚も挟まれているのを見ただけでも、いかに彼女が引っ張りだこかがよくわかる。この日はハンス・アイスラー音大時代から共演してきたジュゼッペ・グァレーラとのリサイタル。7割程度の入り。

 バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの中でも3番は一筋縄ではいかない曲である。調性を崩そうとするかのようなアダージョ、延々と続くフーガ、ラルゴの「聖霊来たりたまえ」のコラールでようやく落ち着いたかと思えば再びフーガが登場し、最後のアレグロ・アッサイはハ長調の特性を極限まで突き詰めた音の建築物。これをいきなり100%の緊張感とエンジン全開の推進力で堂々と弾き切る。やはりただ者ではない。

 2曲目からピアノが登場するが、椅子がほぼステージ中央に置かれている。つまり鍵盤部分は完全に上手側にしかない。金川も1曲目は中央に立ったが、2曲目以降は振り返ってピアニストが見えるように、中央よりやや下手寄りに立つ。
 武満「妖精の距離」は、彼が21歳のときに瀧口修造の詩に触発されて作曲したもの。調整感がまだ残っていて、メシアンを思わせる聖なる響きもする一方、メロディ・ラインは紛れもなく武満らしいもの。親しみやすい曲想で、もっと演奏されていい曲。

 この曲をまるで次の曲の序奏のような扱いで、お辞儀もせずにドビュッシーが始まる。こちらも拍手のタイミングを逸する。
 第1楽章序奏のヴァイオリンとピアノのやり取りこそ前の曲とのつながりを感じさせるが、第1主題が始まると一気に世界が変わり、空気を切り裂くような音の光線がホールの中を駆けめぐる。第2楽章は幻想的な雰囲気の中にもフレーズの輪郭は明瞭。第3楽章では第1楽章の短調の主題の回帰から一転して明るい長調の主題に変容する音楽の運びが鮮やか。その後も隙のない音楽の流れの上に、強弱や緩急の変化を自在に散りばめてゆく。
 ドビュッシーの「白鳥の歌」だが、印象派のイメージに重きを置いた抒情的な演奏とは対極の、前衛的で研ぎ澄まされた和音とメロディを前面に出した演奏。ピアノとの息もぴったし。

 後半の「クロイツェル」第1楽章、序奏からテンポは速め。5小節目から入るピアノの和音、fpをはっきり付けようとするのはいいが、pの方の和音の音が一部抜ける。その後の歌わせ方もややぎごちない。
 19以降のプレストで超速のテンポに。36以降単音で弾く部分はすいすい進む一方で、61以降の重音のsfが続くところはしっかりアクセントがついている一方で和音に濁りやがさつさが全くない。
 91以降少し落ち着いて一瞬アダージョになった後の116以降、pとfの差をはっきり付けつつも、やはりここでもフレージングに無理がなく、ガチャガチャした感じが皆無。
 194以降の展開部に入っても超速テンポのまま進むのはいいのだが、2人のアンサンブルが崩れかけそうになる部分もあって、ハラハラする。
 再現部に入って354以降ピアノとヴァイオリンの掛け合い、ヴァイオリンの重音の緊張感に比べるとピアノの和音が少し丸い感じがする。

 第2楽章冒頭ピアノが提示する主題も強弱の差やsfを気にし過ぎるのか、フレーズ全体の流れが途切れがちになる。それを修復するかのようにヴァイオリンが優美なフレーズを聴かせる。
 第2変奏での32分音符の連続が実に軽やかで心地良い。
 短調の第3変奏では、思い入れたっぷりに弾く奏者が多い5〜6のフレーズを、fやクレッシェンドをほとんど無視してずっとpでさらっと弾いていくのも面白い。

 第3楽章冒頭のピアノの和音、良く響いているがもう少し輪郭をはっきりさせてほしい。ヴァイオリンは超速テンポでスイスイ進み、ピアノも危なげなく付いてゆく。多くの奏者が強調したがる58以降のsfの連続もあっさり通り過ぎる。突進が小休止となる127以降、強弱の差はしっかり付いているが142以降のリタルダンドは控え目。
 展開部に入ってヴァイオリンとピアノのユニゾンになる192以降もffだがゴリゴリした感じはない。
 終盤アダージョとなる488以降もテンポは落とすが控え目。501以降元のテンポに戻ってからは一気にフィナーレへ向かうが、517〜520にかけて無理に勢いを上乗せするようなフレージングはしない。
 若者の特権とも言うべき力とエネルギーを十二分に曲に込めた演奏。もっと面白く弾けるのになあと思う個所も部分的にはあるが、今はこれでいいのだ。ピアノにドビュッシーのときのような切れ味が隅々まで行き届けば、さらに面白い演奏になったと思う。

 まだ今日の運動量が足りないとばかりに、アンコールではフラジオレット満載の技巧的な曲を披露した後、ガーシュイン「ポーギーとベス」の愛の二重唱で締めくくる。せっかく「クロイツェル」で聴衆を圧倒したのだから、後者だけでよかったのに。それも若さゆえに許された特権か。

 なお演奏と直接関係ないが、2人のステージマナーで気になったことを。演奏直後は金川が下手側に立っていることもあり彼女が先に退場するが、2度目以降は金川→グァレーラの順に出てきて、男性のグァレーラが先に退場する。女性だしヴァイオリンがメインのリサイタルだから、通常は金川を先に下がらせるべきではないかと思うのだが。大学同窓の気兼ねなさのせいか?

 それはともかく、金川の音楽はどこまで進化してゆくのだろう?無限の可能性を感じると言っても大げさではない。今後が本当に楽しみだ。
 

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