ヴァイグレ指揮読響
〇2022年9月25日(日)14:00〜15:55
〇東京芸術劇場
〇3階K列42番(3階最後列ほぼ中央)
〇グリンカ「ルスランとリュドミラ」序曲
、ラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」Op43(P=パヴェル・コレスニコフ)(約23分)(14-12-10-8-6)
+バッハ「平均律クラヴィア曲集」第1巻より「第20番イ短調」前奏曲
リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」Op35(約47分)
(16-13-12-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)(コンマス=林悠介)

儚いコンマス・ソロに涙

 読響常任指揮者ヴァイグレによる今月の3プログラム目は、ロシアの名曲で揃える。9割程度の入り。

 2曲目にピアノ協奏曲があるとは言え、最初からピアノがステージ中央前方に置かれている。この日は金管の配置もいつもと少し変わっていて、木管とティンパニの間に、上手にTp、下手にHrが1列に並ぶ。ティンパニの上手側にTbとTu、下手側に打楽器奏者たちがまとまる。

「ルスランとリュドミラ」序曲、ロシアのオケがしばしば聴かせる世界新記録狙いでなく、弦の速いフレーズを落ち着いたテンポで聴かせる。重心の安定した演奏。もちろん歌うべきところはきちんと歌わせる。

 ラフマニノフのソリスト、パヴェル・コレスニコフは英国を中心に活躍する新鋭。長身細身、白いジャケットに黒ズボン姿。
 最初のAのオクターブから、力を入れているようには見えないが、しっかり響かせている。速めのテンポでどんどん弾いていくが、第7変奏の「怒りの日」のテーマで少し落ち着く。第11変奏では一転して縦横無尽に暴れ回るし、第13変奏では重量感ある和音でオケと渡り合う。第18変奏、淡々と弾いているが夢見心地の雰囲気が広がってゆき、オケが加わるとさらに膨らんでゆく。だんだん静かになってゆき、ピアノ・ソロが引き継ぎ、あとはオケに委ねるかのように受け渡すと、風船がはじけるように元のイ短調に戻る。あとは緊張感を高めながら進んでゆき、最後のフレーズもピアノとオケを対等に響かせる。
 リラックスした弾きぶりだが、決めるべき和音はしっかり響かせ、歌うべきところはしっかりと、しかし感情過多にならないように歌わせる。スケールの大きさと細部の繊細さとのバランスが取れており、既に巨匠の風格すら漂う。
 アンコールはラフマニノフかと思ったら、まさかのバッハの平均律。しかも聴衆の興奮を鎮めるようなイ短調の前奏曲。小憎らしいことをしてくれる。

 後半の「シェエラザード」、弦の数はほぼ16型。
 第1楽章、遅めのテンポでシャリアール王のテーマを念を押すようにしっかり提示した後、8小節目以降の木管の和音は1つ1つ丁寧に響かせる。11でObが加わったところでややバランスが崩れかける。そのお膳立ての後にシェエラザードを表すコンマスのソロが始まる。14以降、そのコンマスに応えるHp、1回目はかなり大きく、2回目、3回目とだんだん小さく。スコアの指示をきっちり守る。波の上を進むシンドバッドの船、その堂々たる航海ぶりをまるで2人で空から眺めるように、シャリアール王やシェエラザードのテーマが絡む。
 間を置かずに第2楽章、シェエラザードのテーマ。Fgがカランダール王子のテーマを奏でる。陽気な雰囲気を持ちながら、オケ全体をリードしていく。16分音符の3連符の連続がエキゾチックな雰囲気を高めてゆく。
 第3楽章、弦をたっぷり歌わせ、王子と王女の恋物語を語ってゆく。ClやFlの速い上昇・下降音階が加わることでさらにロマンティックな雰囲気を高めてゆく。変ロ長調に転じると市場の賑わいを連想させるような雰囲気に。その後はコンマス・ソロが協奏曲風に技巧的なフレーズを披露。シェエラザードの語り口に熱がこもる。
 第4楽章、しかしシャリアール王は飽き足らないのか、先を急かすようなフレーズ。シェエラザードが宥め、話を進める。シンドバッドの船が航海を続けた末、嵐に襲われ難破するまでの様子が、段階的にオケの響きと緊張感を高めながら描かれる。金管の細かいパッセージの連続が頂点に達すると、聴く方も開放感に包まれるが、あっという間に物語が終わり、第1楽章の木管の和音が回帰すると、何とも言えない無常感に襲われる。シェエラザードの優しい語りにシャリアール王もついに安らかな眠りにつく。
 
 何と言っても林のソロが絶妙。冒頭から優しい語り口に惹き込まれ、第4楽章終盤のソロを聴くうちに、それまで頭の中で想像していた物語が夢幻のように消え去ってゆくのを感じ、ホロリとくる。「千夜一夜物語」ってこんな儚い物語だったのかと、演奏後も思い出しては込み上げてくる。

 今月はコンマスが活躍する大曲が続いたが、「英雄の生涯」のコンマスに長原、「シェエラザード」に林を起用したヴァイグレの人選も見事。ヴァイグレと読響との関係が一段階進化したことを実感。
 

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