ヴァイグレ指揮読響
〇2022年9月14日(火)19:00〜21:10
〇サントリーホール
〇レズニチェク「ドンナ・ディアナ」序曲
(13-12-10-8-6)、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番ハ短調」Op37(P=辻井伸行)(約35分)(12-10-8-6-4)
+ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調」Op27の2(月光)第1楽章
R.シュトラウス「英雄の生涯」Op40(約50分)
(15-14-11-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)(コンマス=長原幸太)

これぞ協奏曲の本質

 読響の今シーズン最初の演奏会は常任指揮者ヴァイグレによるドイツ物のプログラム。同じプログラムで2日前に大阪でも演奏している。さすがに辻井目当ての客が多いのか、前売りは完売、久々にほぼ満席の入り。

 レズニチェクはなかなか演奏されないが、1860年生まれ、R.シュトラウスより4歳年上。指揮者としてドイツ語圏の歌劇場やプラハの歩兵連隊の軍楽隊長などを務めた後、後半生はベルリンでシュトラウスとも関係を持ちながら1945年まで生きる。2番目の妻がユダヤ系だったために晩年は苦労も多かったようだ。「ドンナ・ディアナ」はプラハの軍楽隊長だった時代に書いた歌劇、スペインの劇作家アグスティン・モレトの喜劇を元にした楽しい物語らしいが、残念ながら全曲を聴く機会はない。それでも、いかめしい感じで始まる弦の上昇音型を木管とHpが茶化すようになぞる序奏、続く変ホ長調の軽快なメロディ、そこから発展する賑やかな全奏などを聴いていると、舞台の雰囲気が何となく伝わってくる。

 辻井はヴァイグレに付き添われてステージの一番手前を落ちないようにゆっくり歩いて登場。
 ベートーヴェンの第1楽章、弦の人数を減らし、控え目だがしっかりした足取りで始まる。15小節目2拍目以降のffをしっかり強調。通常この曲を弾くピアニストは全身から緊張光線を発している感じで聴いている方も息を詰めながら出だしを待つのだが、この日のオケの序奏にはそこまでの緊迫感はない。
 辻井のソロの冒頭もfだが威圧する感じはなく、むしろ音符1つ1つを確かめながら弾いている。しかし、111以降のfの部分と118以降のpとはきちんと区別されている。そんな弾き分けが自然となされるので、こちらもリラックスして聴けるし、「ああ、ここはこんなフレーズだったね」と思い出させてくれる。オケとのやり取りも対決する雰囲気は全くなく、実にスムーズ。変ホ長調の第2主題に至るまでの曲想の変化、第2主題の落ち着いた明るさなども互いが寄り添っている。
 終盤のカデンツァではさすがに自由に伸び伸びと弾いているが、オケが加わる481以降は再びオケと二人三脚で最後のCへ向かう。

 第2楽章は一転して辻井主導となる。冒頭10小節余りのソロでこの楽章の描く世界を聴衆だけでなくオケにも提案する。「僕が見ているのはこんな美しい世界なのです。いかがですか?」と言わんばかりの演奏だ。12から加わるオケはそれに全面的に賛同し、彼が思い描く世界を一緒に創り上げてゆく。
 それがひと段落着いたところで、37以降今度はオケがト長調に転じ、「でもこんな世界もあるよね?」と逆提案。ピアノもそれを受けて、今度はオケが創ろうとする世界をピアノも協力する。
 またひと段落すると、53以降ピアノが最初のテーマを再提示。「やっぱりこっちの世界の方がいいよね?」とオケに再提案、オケも受け入れる。最後はオケが心から納得したようなffの和音で応える。

 ところが、そんなことはもう忘れたとばかりに第3楽章のソロを弾き始める。第2楽章の余韻に浸りたいこちらは面食らうが、致し方ない。走り始めたものは止められない。
 この楽章も息を詰めてひたすら突き進む演奏が多いのだが、辻井は勢いを保ちながらも無理矢理オケを引っ張ってゆくようなことはしない。曲想が変われば当然表現も変わるが、その匙加減が常にオケとのやり取りを通じて調整される。例えば56以降のオケとピアノの掛け合い、しばしば両者のガチンコ対決になるのだが、互いに寄り添うように聴こえたのは初めてかも。
 そんなやり取りの積み重ねの先に、386以降のオケの息長いクレッシェンドがあり、それを受けて407以降ハ長調に転じるPrestoが訪れる。爆発的な喜びでなく、ピアノとオケが一緒に噛みしめるよな喜びの音楽で終わる。

 辻井のピアノには圧倒的な強音こそないが、1音たりともおろそかにしないきっちりしたフレージングを終始維持。それだけでも大変なことだが、それ以上にハッとさせられたのは、久しぶりに「協奏」曲の本質に触れたような気がしたこと。協奏曲とは、オケとソロ奏者が対等に対話しながら一つの音楽を創り上げる営みだという、至極当たり前のことを再認識。辻井とヴァイグレ、オケとの間でかくも豊かな対話が成り立っていたことにジーンと来る。
 アンコールでは、ヴァイグレも譜面台の奥に用意された椅子に座って聴く。先週の中秋の名月を思い出させる清々しい演奏。いつもながらのステージマナーも実に微笑ましい。

 しかし、今日のお目当ては何と言ってもヴァイグレ得意のシュトラウス。弦はほぼ16型、コロナ前の編成に戻ってきた。
「英雄」冒頭のテーマは力強く提示され、まず太く大きな流れを作る。17以降のTp、2V、Vaの刻みが堂々たる英雄の入場を想起させる。直後の21以降Hpが入って曲想ががらりと変わるが、大きな流れに影響はない。その後「英雄のテーマ」が何度も繰り返されながら徐々に豊かな音楽世界が築かれてゆく。
「英雄の敵」冒頭のFlの主題、ffでスタッカートを付けずにしっかり鳴らされ、なかなか辛辣。「嘲笑のテーマ」「無理解と敵視のテーマ」も加わって盛り上がり、低弦が示す短調の「英雄のテーマ」が示されて相当落胆しているのがわかる。しかし、英雄は敵に対して抵抗し、奮闘する。
 敵を跳ね返した、と思ったところでVソロによる「英雄の伴侶」のテーマ。美しいが誇りが高くツンツンした感じ。低減を中心に提示される英雄とは最初馬が合わないが徐々に近づいてゆき、やがて二人は仲睦まじく結ばれる。シュトラウス特有の官能的な響きが快感。
 この平穏を突き崩すのが敵たちのテーマと舞台裏のTpのファンファーレ。「戦場での英雄」が始まり、英雄と敵たちの壮絶なバトル。これまたシュトラウス得意の音の大伽藍。特に付点8分音符と16分音符による行進曲風フレーズがしつこく繰り返されるところは大いに盛り上がる。しかし戦闘はついにEs−DCBの全奏で英雄の勝利に終わる。
 続く「英雄の業績」では「ドン・ファン」「ティル」「ツァラ」などの彼の作品中の主題が次々と顔を出すが、曲想自体は決して明るくない。ワーグナーTuとTuによる不吉な和音など、死への不安や怯えを連想させるような響きに支配されている。
 それが落ち着いたところで「英雄の引退と完成」へ。英雄のテーマと同じ変ホ長調に戻るが、Vが提示するテーマは満足感と諦観に満ちている。再びVソロが登場し、引退した英雄を優しくいたわり続ける。最後は英雄の一生に別れを告げるファンファーレが管楽器のみで演奏される。
 演奏終了後もしばらく両腕を挙げたままのヴァイグレ。数人が待ちきれず拍手しかけるがすぐとまり、両腕を下し切ったところで万雷の拍手に。
 演奏時間が約50分かかったのは意外。遅めのテンポなのに全く遅さを感じさせず、堂々たる音楽の歩みと豊かな響きが終始保たれていることで、充実した演奏に。長原のVソロも勝気な若い時期の攻撃的な弾きぶりと晩年の落ち着いた響きとの間に明確なコントラストを付ける。

 団員解散後ヴァイグレの一般参賀。今シーズンもいい演奏がたくさん聴けそうな予感。
 

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