東京二期会「パルジファル」(4回公演の3回目)
○2022年7月16日(土)14:00〜18:40
○東京文化会館
○3階1列12番(3階最前列ほぼ中央)
○パルジファル=福井敬(T)、クンドリー=田崎尚美(MS)、アムフォルタス=黒田博(Br)、グルネマンツ=加藤宏隆(B)、クリングゾル=門間信樹(Br)、ティトゥレル=大塚博章(B)他
〇セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
(9-7-6-5-5)、二期会合唱団
〇宮本亞門演出

あまりにも微かな希望のメッセージ

 二期会創立70周年記念公演と位置付けられた「パルジファル」は、フランス国立ラン歌劇場との共同制作として、ランではコロナまん延直前の2020年1月に初演。演出を宮本に依頼したラン歌劇場総裁のエヴァ・クライニッツ氏はこの初演を観ることなく病気で他界したとのこと。そこからさらに2年半を経てようやく日本での公演が実現。8割程度の入り。

 前奏曲が始まると、現代の家屋らしき一室。女性が鏡に向かって物思いに沈んでいる。傍らには死んだ夫らしき男性の顔写真。女性は下着姿になってソファに客席に背を向けてうずくまる。そこへ少年が入ってきて女性を起こす。女性は彼を受け入れようとしない。不満な少年は中央の台に置かれた白鳥の像から羽根を引きちぎって床に叩きつける。彼女は怯えながら下手へ退場。少年が窓の外を見ると、夫らしき男性が立ち、自害して果てる。下手からスーツ姿の女性が入場、少年を振り切って上手へ退場。
 場面変わって美術館の入口。"L'Humanite"(人類)と題された展覧会が開催中。女性がやってくると館長らしき男性から遅刻を指摘され、謝っている。女性に続いて少年も中に入る。絵画や猿から人類の進化を示す剥製が展示された部屋などがあり、興味深そうに眺める客たち。舞台が回転し、白壁が左右に広がる。中央に森の絵らしきもの、それを挟んで左右に扉。手前に背もたれのないベンチ。キリストの磔などを描いた多数の宗教画が天井から降りてくる。

 第1幕、仙人のような格好のグルネマンツが杖を突きながら登場。上手側の扉から小姓たちも入ってくる。
 下手側の扉から騎士たちが入ってくる。クンドリは上手側の扉から登場。黒一色の衣裳。アムフォルタスは車椅子に乗って下手側の扉から登場、騎士たちに支えられながらベンチに座る。クンドリとのやり取りの後、沐浴のため再び車椅子に乗って上手へ退場。
 グルネマンツはベンチに座り、騎士たちや小姓たちに過去の経緯を聞かせる。
 場面が裏側に回転すると、中央に射られた白鳥。連れて来られたパルジファルは少年と同じ格好。奪われた弓矢を取り返し、さらに騎士たちに向かって矢を射ようとする。グルネマンツはパルジファルの手を取り、わざわざ白鳥の傷のところまで突っ込ませて罪を理解させる。通常はその後でパルジファルは弓を壊して捨てるのだが、今回はそのかなり先で、「弓矢は自分で作った」を歌った後に壊す。そして自分が撃った白鳥を肩掛けカバンの中に入れる。
 母の死を知ってクンドリを絞め殺そうとしてグルネマンツにたしなめられ、「僕は死にそうだ」と歌った後、通常はクンドリがパルジファルに水を飲ませるが、今回は逆にパルジファルがクンドリに水筒の水を飲ませる。その後クンドリは「私は善行などしない」と歌うが、そうなるとこのセリフの意味も違ってくる。上手側の扉の奥が赤く光り、クンドリはそこへ引き込まれるように退場。
 場面転換の音楽が始まると、手前中央にグルネマンツ、パルジファル、少年が並ぶ。紗幕には渦巻の模様が映された後、宇宙の彼方から地球がズームアップしてくる。だんだん近づき、ヨーロッパあたりが見えるが、元々の舞台とされるスペイン北部に向かうかと思ったが、少し北にずれている。

 モンサルヴァート城の聖堂は美術館内の修復室。ハの字型の棚には磔にされたキリスト像のパーツらしき腕や足などが入れられている。中央に長テーブルが縦向けに置かれ、白衣を着た男女2人の修復師が聖骸布を広げて天井から吊るす。プログラムによると、女性の修復師が冒頭に登場する女性ということらしい。
 奥から白塗りで骨が露わになったティトゥレルが棺のような箱の中に立った状態で登場。集まる騎士たちは20世紀風の軍服姿でみな負傷している。車椅子に乗せられてアムフォルタス登場。
 アムフォルタスは務めがもたらす苦しみを訴えるが、騎士たちは顔を背けるばかり。しかし、少年だけは王のところへ近付いて抱きつく。
 結局聖杯を開くことになり、テーブル奥にガラスケース入りの聖杯が置かれ、外蓋が取られる。アムフォルタスはその手前に寝かされ、修復師にナイフで傷口を差される。その左側から血が流れ始める。
 聖杯のテーマが流れる間、舞台は裏側に回転、別の展示室へ。白壁の前に下手奥から上手手前へ2列に並ぶ騎士たち。小姓たちがパンとワインを配る。
 儀式が終わって騎士たち退場すると、パルジファルと少年は森の絵の中に現れたゴリラのような猿人?が手を振ってくるのに応え、展示室を逆戻りする。途中の剥製が置かれている部屋で一つなくなっていることから、あの猿人はここから抜け出してきたことがわかる。パルジファルたちの前の世代の人?という意味では、猿人はキリストなのかもしれない。
 パルジファルと少年は美術館の外へ。グルネマンツたちが上手奥から出てきて尋ねるが何も答えられないと、立ち去るように言われる。グルネマンツたちが退場すると、猿人が出てきて2人を見つめる。そこに天の声が重なるので、まるで猿人が彼らに向かって歌っているように見える。

 第2幕、美術館内の1室。修復師の女性が帰ろうとすると黒の革ジャン、黒ズボン姿のクリングゾルに迫られる。最初は拒否するが抗しきれずに抱き合ってしまう。その様子を少年が見ている。クリングゾルが笑いながら退場した後、女性は少年をぶってしまう。
 舞台が回転して守衛室。横長のテーブルに館内の様子を映すモニターが並び、クリングゾルと同じ格好の手下が3人。一段と体格が大きくサングラス姿の男が彼らの仕事ぶりを見張っている。クリングゾルの右腕、護衛隊長といった存在。手下の1人が居眠りしているのを見た隊長は、その男を起こして頭をテーブルに何回も撃ちつける。隊長の指示で下手側の扉から退場した手下たち、目隠しをしたクンドリを連れて戻ってくる。目隠しを外すと目覚める。
 モニターにパルジファルが勇者たちを次々と倒していく様子が映る。
 上手端のロッカーには聖槍が入っている。クンドリがやむなくパルジファルを誘惑しに退場すると、クリングゾルは槍を取り出し、自身も退場。
 
 舞台が裏側に回転、中央にアヤメのような花とそれを取り囲む大小様々の斑点の描かれた絵画。その左右に置かれた壁にも斑点。いずれもショッキングピンクのような色で、草間彌生の作品を少し連想させる。花の乙女たちも同じような模様の衣裳。傷ついた勇者も2人運ばれてくる。
 上手からパルジファルと少年登場。パルジファルは娘たちと戯れ始めるが、隊長が娘の1人にナイフを渡す。隙あらばパルジファルを刺そうという作戦だが、上手く逃れる。
 さらに回転すると中央に大きな直方体の箱。観音開きに開くと中の壁は鏡、小さなベンチ。クンドリはそこへパルジファルを誘い、口付けする。すると、慌ててパルジファルは手前に逃れてきて「アムフォルタス!」と叫ぶ。
 パルジファルとクンドリとのやり取りの途中で、パルジファルは箱の下手側にかかっている絵を外して床に叩きつける。キリストを取り囲む人々が描かれている。
 クンドリが助けを呼ぶとクリングゾルと手下たちがやってくる。クリングゾルが少年を槍で突き刺す。その槍をすかさずパルジファルが取り返し、空に向かって十字を切ると、紗幕に爆発の映像がいくつも流れる。宮本得意?の原爆ではないが、ミサイルの爆発のように見える。クリングゾルたちは退場。死んだ少年に取りすがるパルジファル。

 第3幕、紗幕に地球の映像。中央に見えるのはウクライナ、続いて破壊されたウクライナの街並みが映し出される。紗幕が上がると第1幕の展示室で見た多くの絵画が吊るされた状態。しかし、絵は全て傷付けられている。中央にベンチ。
 下手奥からグルネマンツ登場。上手中央にクンドリが黒い布を被っている。グルネマンツが布を取り、身体をさすって起こしてやる。
 パルジファルは槍を持ち、少年を肩に抱えて上手奥から登場。ベンチに少年を寝かせ、槍を置く。武装を解くようグルネマンツに言われると、舞台中央手前に進み出て甲冑などを脱ぎ捨て、カバンの中のものも全部出す。白鳥の骨?らしきものが入っていたようだ。
 男がパルジファルであることにグルネマンツが気付くと、小姓たちが現れ、両脇からパルジファルを抱えて連れ出そうとするが、そこでグルネマンツは"Nicht so"(そうではない、字幕は「やめなさい」)と止め、椅子を持って来させて彼に掛けさせ、身体を清めさせる。
 清められたパルジファルがクンドリに洗礼を施し、「聖金曜日の音楽」が始まると紗幕が下りる。中央にクンドリ、パルジファル、グルネマンツが立ち、その周りを森の緑の映像が流れる。途中でクンドリは後方へ移動。そして天井から吊り下げられ、そのまま下手へ「昇天」。その後パルジファルがクンドリに向かって歌う場面があるのだが、彼女はいない。
 正午の鐘が鳴る。グルネマンツが聖槍を持って先導し、小姓たちが従い、下手へ退場。パルジファルも後を付いて行こうとすると、猿人が現れて行く手を阻む。彼が少年を抱きかかえると、猿人頷いて下手へ。
 場面転換の音楽の間、アムフォルタスが下手後方から出てきて、ベンチの下に隠れる。騎士たちが追ってきて王を見つけ、連れ出す。紗幕が下りて地球の映像が映し出される。中心はロシア北部、北極あたりのようだが、どこに焦点を当てようとしているのか不明。

 第1幕後半とほぼ同じ場面に戻るが、ハの字型の棚にはほとんど修理すべきものがない。長テーブルが横向きに置かれる、アムフォルタスが入ってくると、騎士たちは王に向かって務めを果たすよう迫るが、2人の騎士が剣を抜いて追い払っている。白布に巻かれたティトゥレルが上に乗せられる。布から中身が取り出され、テーブルに無造作にぶちまけられると騎士たちの悲鳴。ミイラのような死骸で、死後相当時間が経っているようだ。
 アムフォルタスが自分を殺すよう騎士たちに要求する歌が頂点に達したところで、中央奥からパルジファルたちが登場。聖槍で王の傷を癒し、死んだ少年にも槍を当てて生き返らせる。彼らを取り囲むように並ぶ騎士たちに対し、グルネマンツが槍を掲げて回すことで、彼らの傷も癒す。
 パルジファルが聖杯を開けるよう歌うと、騎士たちは退場、パルジファルと少年の2人きりとなる。奥には森の楽園が現れ、空には星が円を描いて輝いている。猿人が手招きし、パルジファルは行こうとするが、少年は背を向ける。結局パルジファルのみ楽園に入り、少年は一人ぼっちに。そこへ少年を探していた女性が現れ、2人は抱き合う。紗幕に地球の映像、だんだん遠ざかって宇宙の彼方の風景に。

 プログラムに掲載された宮本自身の言葉によると、アムフォルタス、クンドリ、パルジファルの後世の姿が自殺した男とその妻で美術館の修復師、そし宇宙の光に導かれた少年という設定であることがわかる。少年がパルジファルから生き方を学び、愚か者と言われた純粋な青年が世界を救うとあるが、彼らと劇中の人物とをどう関連させているのかはあまり明確でない。
 また、ランでの初演時にはなかった、破壊されたウクライナの映像が追加されることで、苦悩の表現はより深刻に。その一方で、これを「共悩」により救える可能性があるかもしれない、という希望のメッセージが強調されているようには見えない。あえて強く示さなかったのかもしれないが。
 また、最近の演出の主流と言われればそれまでだが、台本上場面の変わらないところでも、歌のないオケだけの部分だと頻繁に舞台や人物を動かすのはいかがなものかと思う。もう少し落ち着いて舞台を観、音楽を聴きたい、さらに言えば舞台上のメッセージを頭の中で理解しながら想像を膨らませたいと願うのは聴衆のわがままだろうか?

 福井は今回も、ワーグナーを歌える日本でほとんど唯一のテノールであることを証明。第1幕の粗暴とも言える少年の歌いぶりから、第2幕で覚醒して以降の力強い声、そして第3幕で聖杯城に救いをもたらす慈悲に満ちた歌へと、豊かな表現力を存分に発揮。田崎も高音が安定してよく伸び、情熱と悩みを併せ持つクンドリを上手く表現。黒田は声楽的な声の伸びと苦悩に満ちた表情とを見事に両立。先月のバルトロとは正反対の役柄を、全く違和感なく歌い分ける。加藤もよく歌っているが、時折声の響きが薄くなるのと歌いぶりが単調になりかけるのが惜しい。門間は暗さをたたえた声質で、クリングゾルにぴったり。
 男声合唱は安定したハーモニーで安心して聴ける。対する女声も、第2幕の花の乙女たちの場面ではソプラノが叫び過ぎで少々バランスを崩したものの、第1,3幕の聖杯城の場面での舞台裏のハーモニーはよく揃っていた。

 コロナ対策の影響で、読響は弦の数を少なめにしている。ヴァイグレの指揮は、全体的に速いテンポ。特に第1幕は90分という、今まで聴いた中では最速。特に説明的な歌が続く場面では速く、小編成の弦の響きのせいもあって、モーツァルトのオペラのレシタティーヴォでも聴いているような感じ。しかし、第1幕場面転換の音楽が始まって以降の低弦の刻みや、第2幕での緊迫感とドラマチックな表現、第3幕でグルネマンツがパルジファルの帰還を称える場面での堂々たる響き、「聖金曜日の音楽」の清々しいObソロの歌わせ方など、聴かせどころをしっかり決めるところはさすが。振り終えて舞台へ向かう前に団員たちをねぎらう中で、特にHrパートに向かって大きな仕草を見せたのも、元Hr奏者ならではで微笑ましい。

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