新国立劇場「ペレアスとメリザンド」(5回公演の4回目)
○2022年7月13日(水)14:00〜17:45
○オペラパレス
○4階4列34番(4階最後列ほぼ中央)
○ペレアス=ベルナール・リヒター(T)、メリザンド=カレン・ヴルシュ(S)、ゴロー=ロラン・ナウり(Br)、ジュヌヴィエーヴ=浜田理恵(MS)、アルケル=妻屋秀和(B)、イニョルド=九嶋香奈枝(S)、医師=河野鉄平((Br)他
〇大野和士指揮東フィル
(12-12-9-7-5)、新国合唱団
〇ケイティ・ミッチェル演出

メリザンドの娘の夢?

 新国今シーズンの最後を飾るオペラは、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」。日本では1958年の初演以来なかなか上演の機会がない。その意味では大野監督の意気込みが十分伝わる演目である。2016年のエクサンプロヴァンス音楽祭で上演されたケイティ・ミッチェル演出のプロダクション。9割程度の入り。

 エクサンプロヴァンス音楽祭の公演はNHKBSでも放送されたのだが、音楽が始まるまでの舞台上の動きはカットされていた。黒の緞帳が上がると、上手3分の2ほどのスペースに寝室。ウエディングドレスでカートを引いた女性が入ってきて、ベッドに倒れこむ。靴と冠を床に脱ぎ捨て、鼻血が出たのに気付いて下手の洗面室へ。白布を取って血を止めながら寝室に戻る。そして、血の付いた布はベッドに置いて再び仰向けに倒れこむ。そこから音楽が始まる。
 以降の舞台上の演出は放送を観た方なら説明不要かもしれないが、放送と異なると思われたところもあったので、記憶の許す範囲で書き留めておきたい。

 第1幕第1場、寝室。女が洗面室へ移動した間に壁などに木々の枝が加えられている。上手端の椅子にゴローが座っている。仰向けに寝ていたメリザンドは起き上がって下手側の壁に立つが、ゴローの存在に気付くと、髪を前に垂らして顔を隠し、ベッドの左端に座る。そこへゴローが近付いてくる。ゴローが「猪の血」と思って取り上げた白布は「メリザンドの鼻血」ということになる。メリザンドを連れて帰ることにしたゴローだが、上着を彼女にかけようとして一度は拒否される。メリザンドが立ち上がったところで改めてかける。
 2人は下手側の控えの間のような部屋に移動するが、ゴローだけ下手へ退場。後を追おうとしたメリザンドは閉じ込められてしまう。メイドが2人登場してウエディングドレスを脱がせて寝ころばせ、そのままの体勢で赤のワンピースを着せる。メリザンドは後ろでんぐり返しのように両足を頭の後ろまで伸ばしてそこから立ち上がる。
 第2場、上手にはダイニングテーブル。左にアルケル、奥にジュヌヴィエーヴが座る。左奥のドアからメリザンドが入ってきて、2人のやり取りを見つめる。ジュヌヴィエーヴの頭を後ろから優しく抱き、アルケルが歌う前に椅子を45度ほど客席側へ向け、しゃがんで膝を抱き、テーブル下へ寝ころぶ。
 ペレアスが左奥のドアから入ってくると、メリザンドもテーブル下から出てジュヌヴィエーヴの隣に座る。
 間奏の間にゴローがメリザンドと同じ衣裳を着たもう1人の女性を連れて入ってくる。もう1人のメリザンドはメリザンドの隣に座る。ゴローは中央のメリザンドの髪を愛撫してからもう1人のメリザンドと奥へ退場。ジュヌヴィエーヴがお茶を入れてメリザンドに渡す。
 第3場、ペレアスが入ってくる。ジュヌヴィエーヴとメリザンドは立ち上がり、3人とも前方に移動して港の方を眺めながら歌う。やがてペレアスとメリザンドの2人きりになる。そして下手側の螺旋階段に移動。

 第2幕第1場、上手の舞台はプール。上手に向かって途中から徐々に深くなるが、水が入っているのは上手端の一番深い底だけ。奥のガラス戸から木々が透けて見える。ペレアスとメリザンドが下手から入場。ペレアスは部屋の電灯をつける。メリザンドはプールの底に降りる。
 ゴローが下手から入場し、下手側のプールサイドに座る。メリザンドが指輪を投げて遊んでいる様子を見ている。メリザンドも正面プールサイドにいるペレアスでなく、ゴローに向かって歌う。メリザンドが指輪を泉に落とすとゴローは横たわる。
 間奏の間メリザンドは下手の螺旋階段に。上から降りてきたイニョルドがワンピースのファスナーを下す。メリザンドはそのまま自然に下着姿になる。
 第2場、寝室。ベッドにゴローが寝ている。メリザンドが入ってくるとメイド2人がクリーム色のワンピースを着せる。彼女はゴローの包帯の一部を引きちぎって起こす。
 ゴローとメリザンドのやり取りの間にペレアスが入ってきてベッドの足元に仰向けに横たわる。もう1人のメリザンドも入ってきて、上手端の椅子に座る。ペレアスはメリザンドと軽く抱き合ったりした後、上手端でもう1人のメリザンドと抱き合っている。やがてもう1人のメリザンドは赤ん坊を抱いて奥へ退場。つまりいずれメリザンドが授かる子の父はペレアスであることを暗示。
 指輪をなくしたことに気付いたゴローはメリザンドにすぐ探しに行くよう命令し、水差しからコップに水を注ぎ続ける。こぼれても意に介しない。
 間奏の間ペレアスとメリザンドは下手の螺旋階段に。
 第3場、上手は古びた壁に4つの戸が並ぶ。下手端の戸から2人入ってくる。2人のやり取りの間、上手から2つ目の戸からゴロー、ジュヌヴィエーヴ、アルケルの3人がゆっくり入ってきて、下手端の戸から退場。3人の老いた乞食の象徴か。
 2人は下手の控えの間へ。メリザンドの誘惑をペレアスは振り切って下手へ退場。メイド2人が再びワンピースを脱がせると、下手からクリーム色のタンクトップを持ったペレアスが登場して着せる。

 第3幕第1場、控えの間に下手からもう1人のメリザンドが赤ん坊を抱いて登場。メリザンドに渡す。メリザンドはそのまましゃがんで「私の長い髪が降る」を子守唄のように歌う。
 上手に舞台が移って寝室。ジュヌヴィエーヴが赤ん坊を引き取って退場。もう1人のメリザンドは上手端の窓に立つ。ペレアスが奥から登場、ベッドの上でメリザンドと戯れる。メリザンドはペレアスのシャツを脱がせる。ゴローが入って2人を見とがめると、ペレアスは慌ててシャツを着直す。メリザンドは下手の小さなたんすを開けて中に入り、下手の螺旋階段へ移動。
 第2場、上からゴローとペレアスが降りてくるのをメリザンドも下から眺めて、2人に近づく。
 第3場、上手2階のバルコニーにペレアスとゴローは出てくる。ゴローはすぐに退場し、イニョルドが代わりに入ってくる。下の寝室には身重のメリザンドが上半身を起こして寝ている。その後バルコニーで歌うペレアスにゴローは下の寝室で応える。
 第4場、下手の控えの間には2階まで届くA字型の梯子。寝室にはペレアスともう1人のメリザンドがベッドで背中合わせに座る。
 控えの間にはゴロー、イニョルドとメリザンド。メリザンドはゴローとイニョルドのやり取りを梯子の上から見ているが、海老反りにはならない。寝室を覗かせようとイニョルドを梯子の上に乗せると、下からゴローだけでなくメリザンドも支える。

 第4幕第1場、序奏の間に控えの間で慌ただしく人が行き交う。結局ペレアスとメリザンド2人だけになり、逢瀬の約束。
 間奏の間、メリザンドは花束を持っているが、下手から登場したもう1人のメリザンドも花束を持って登場、しかしメリザンドに向かい合うと花を落とす。
 第2場、ダイニングテーブル奥にペレアス、ジュヌヴィエーヴ、イニョルド、左にゴローが頭をテーブルに付けた状態、右にアルケル。その傍らにメリザンド立っているが、花束をジュヌヴィエーヴに渡す。
 アルケルに呼ばれたメリザンドはテーブルの上に上がって近づく。アルケルは額にキスだけでなく足を抱く。その間にイニョルドはテーブル下に隠れる。
 ゴローは、もう1人のメリザンドが首から血を流した状態で入ってくると彼女に向かってなじり、暴力を振るい始める。それを見たメリザンドはテーブルから降りてゴローに飛びつくが、逆に倒され強姦される。その間ペレアスとジュヌヴィエーヴは壁に向かって見て見ぬふり。
 第3場、上手の舞台はプール。イニョルドが羊たちの様子を見ている間、目隠しをしたゴロー、アルケル、ジュヌヴィエーヴがプールサイドをさ迷う。メリザンドはプールの底に降りている。走り出すイニョルドを止めようとする仕草。
 第4場、入れ替わりにペレアス登場。2人はプールの底で互いに服を脱がせて愛し合う。ガラス戸からゴローがこっそり侵入、ペレアスを差し、続いてメリザンドにも一撃。

 第5幕、序奏の間螺旋階段でメイドたちがメリザンドに寝間着を着せている。上手は寝室、ベッドにもう1人のメリザンドが寝ていて点滴を受けている。メリザンドも入場。ゴローやアルケルはベッド上のメリザンドに向かって歌うが、答えるメリザンドはベッドに座っている。ペレアスも奥から登場し、ベッドに足元に横たわる。
 ゴローとメリザンドのやり取りの後、一旦アルケルたちは戻ってくる。その後召使たちが集まる場面では控えの間へ一堂移動。メリザンドはベッド上のメリザンドに枕を押し付けて窒息死させる。そばでベッド上のメリザンドの腕を握っているアルケルも気づかない様子。
 医師が下手の控えの間で臨終を告げる間に上手は冒頭の場面に戻る。寝ていたウエディングドレスの女は目を覚まし、「夢だったのか」という表情。

 「ペレアスとメリザンド」と言うより、メリザンドのファム・ファタル(魔性の女)としての性格をかなり前面に押し出している。その一方で、原作、そしてオペラ自体も象徴的なセリフや場面が多く、そこに演出でさらに観る者の想像を掻き立てようとする意図は理解できるが、第5幕など人の動きが慌ただし過ぎて想像の邪魔になっているような場面も。そもそも冒頭のウエディングドレスの女性は誰なのか?第4幕でアルケルは「これからは若い者たちの時代だ」とメリザンドに向かって歌う。それを受けて第5幕ではメリザンドがベッドの自分を窒息死させたように見えるが、実はアルケルの声を胎内で聞いていたメリザンドの娘なのかもしれない。

 リヒターは若々しく澄み切った声がよく伸び、ペレアスにぴったり。ヴルシュも可憐な声質、時折聴かせる鋭いフレージングがメリザンドの魔性を浮かび上がらせる。妻屋のアルケルも安定した歌いぶりで存在感十分。浜田はもともとソプラノだが深みのある中低音を響かせ、新たな境地を開拓。九嶋も初々しい歌いぶり。
 ただ今回の歌手陣については、やはり初演でもゴローを歌ったナウリの功績が大きい。陰のある声質、そして苦悩をにじませる節回し。声に関しては彼を中心に進んでいったと言って過言ではないだろう。

 大野指揮の東フィルは、いつものように隅々まで血を通わせた、精気にあふれる音楽。歌手たちを支えるだけでなくあえて対等に渡り合おうと、しばしば雄弁に。ただ、第3幕第1場のペレアスとメリザンドのやり取りなどは少し出しゃばり過ぎたかも。

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