桐朋学園宗次ホール オープニング・コンサート・シリーズ 久保田巧 長谷川陽子 廻由美子 トリオ・リサイタル
○2022年1月17日(月)19:00〜20:30
○桐朋学園宗次ホール
○b列20番(2列目ほぼ中央)
○モーツァルト「ピアノ三重奏曲第6番ハ長調」K548(約19分、第1楽章提示部繰り返し実施)、武満徹「ビトゥイーン・タイズ」
 ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調」Op11(街の歌)(約23分、第1楽章提示部繰り返し実施)、ピアソラ「ル・グラン・タンゴ」
〇V=久保田巧、Vc=長谷川陽子、P=廻由美子

ピアノトリオの「伝統と革新」を満喫

 2022年最初の演奏会も桐朋学園宗次ホールのオープニング・コンサート・シリーズ。この日は桐朋出身で実力、実績十分の3人によるトリオ。
 客席は市松配置にせず、8割程度の入り。ピアノの正面手前にチェロ、その上手にヴァイオリン。私は長谷川の真正面という絶好の位置。

 久保田の肩を出した紫地に細かい模様の入ったタンクトップ、長谷川の緑を基調にしたノースリーヴの衣裳はともかくとして、廻の衣裳にまずびっくり。白のジャケット、背中から燕尾風に白と黒の布をひらめかせ、黒のズボンにブーツという出で立ち。昔こんな格好でピアノ弾きながら歌っていたシンガーソングライターがいなかったかしらん?
 長谷川の足元には黒いゲームのコントローラーのようなものが。譜面台にはタブレットが置かれたので、おそらくそれを踏んでページをめくるのだろう。

 モーツァルトのトリオ、第1楽章は明るいハ長調の分散和音のユニゾンから始まる。さあ、これから幕開きですよ!という雰囲気。一旦落ち着いて序奏が提示された後16小節以降ピアノが駆け出し、メリーゴーランドのようにぐるぐる回る。これに応えてヴァイオリンも駆け回る。63以降の展開部と再現部で短調と長調が目まぐるしく入れ替わると、それに合わせてハーモニーも変化。
 第2楽章、ピアノの息長いメロディがヴァイオリン、チェロと受け継がれるが、特に16以降のチェロがよく歌う。
 第3楽章、トリオ主部の明るいハ長調と78以降のハ短調の部分のコントラストも明確。安定した中にもメリハリの利いたアンサンブル。

 武満の"Between Tides"は1993年の作品。ピアノの穏やかな不協和音の連続で始まり、そこにヴァイオリンとチェロがときにはユニゾンで武満風上昇音階を奏で、ときには互いに交差し、ときにはトレモロで応答し合う。後半になるとピアノも含めたユニゾンの上昇音階で緊張を高めたかと思えば、チェロによるピツィカートの分散和音が興奮を鎮めようとする。武満独特のハーモニーと節回しを堪能。

 後半のベートーヴェン「街の歌」はクラリネットが加わる方が一般的だが、この日はヴァイオリンが担当。
 第1楽章、冒頭のF−Fis−Gのフレーズを小さめに始めてGに向かってクレッシェンド。速めのテンポで軽快に進んでゆく。展開部のピアノによるppのフレーズから徐々に盛り上げて再現部に至るまで、スケールの大きな演奏。終盤3人で和音を3つ続けるところでわずかにタイミングがずれる。
 第2楽章、チェロが先導するメロディに聴き惚れる。しかし、展開後最初の主題が戻ってくる38小節以降、チェロにピアノやヴァイオリンが絡み、さらに豊かな音楽に。あちこちでゆっくり花が開いて一面満開になってゆくような感じ。
 第3楽章、主題提示の後第1変奏はピアノソロ、第2変奏はヴァイオリンとチェロの二重奏、そして第3変奏で3人揃ってのアンサンブル。ここまで聴くだけで何だかウキウキしてくる。その後は第4,7変奏に短調が入ることで、さらに曲想の変化が多彩に。
 モーツァルトのときもそうだったが、廻のピアノの細かいパッセージが時折抜けていたり、鳴り切らなかったりするのが気になる。

 最後のピアソラで久保田は立って演奏。「ル・グラン・タンゴ」はもともとロストロポーヴィチのために書かれたチェロとピアノのための作品だったようだが、ピアノトリオ版に編曲された版があるようだ。せめてプログラムにそのあたりの説明があるといいのだが。大雑把に言って急−緩−急の3つの部分から成り、急の部分は自然と体がリズムを刻んでいる。緩の部分はメランコリーなメロディが次々と繰り出される。ヴァイオリンの重音が時折バンドネオンのように響く。洗練された、整った演奏だが「アルコール消毒されたピアソラ」にも聴こえる。

 ピアノトリオは誰か1人が控え目だと途端にバランスが悪くなるものだが、この日の3人は完全に対等に渡り合う。ピアノトリオの文字通り「伝統と革新」を満喫。

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