新国立劇場「ニュルンベルグのマイスタージンガー」(5回公演の4回目)
○2021年11月28日(日)14:00〜20:15
○オペラパレス
○2階2列46番(2階2列目上手端)
○ザックス=トーマス・ヨハネス・マイヤー(Br)、ヴァルター=シュテファン・フィンケ(T)、エヴァ=林正子(S)、ベックメッサー=アドリアン・エレート(Br)、ポーグナー=ギド・イェンティンス(B)、ダーヴィッド=伊藤達人(T)、マグダレーネ=山下牧子、コートナー=青山貴(Br)、夜警=志村文彦(B)ほか
〇大野和士指揮東響
(12-10-10-8-6)
〇イェンス=ダニエル・ヘルツォーク演出

規則違反は芸術の本質?

 大野芸術監督の肝煎りプロジェクトとして始まった「オペラ夏の祭典2019-2020 Japan⇔Tokyo⇔World」。2019年の「トゥーランドット」に続き、2020年6月に上演が予定されていた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、コロナの影響で延期となり、今年8月に予定されていた東京文化会館での公演も中止となった。さらに一部キャストが変更になるなど、正に産みの苦しみを味わったこのプロダクションが、ようやく実現の運びとなった。関係者の苦労は察するに余りある。入場制限も解除され、久々にほぼ満席の入りを目にする。
 本公演は新国と東京文化会館のほか、ザルツブルグ・イースター音楽祭とザクセン州立歌劇場との共同制作。

 大野指揮の前奏曲、喜びを爆発させるような出だしから、これまでの労苦を振り返るような遅めのテンポで進んでゆく。
 第1幕、舞台は歌劇場の中。正面にステージ、その手前に客席が3列。両端にバルコニー席。ステージで宗教劇のように演じながら聖歌を歌う歌手たち。中には振付を間違えて他の歌手に注意される者も。そんな様子を客席の参拝者たちが眺めている。
 歌い終わると拍手とともに一同解散。歌手たちも参拝者たちも散り散りになる中、下手へ退場しようとするエヴァとマグダレーネの前にヴァルターが現れる。白シャツにベスト、裾の広がったズボン姿。エヴァは赤地に花柄のワンピース姿。
 二人きりになりたいエヴァはマグダレーネに忘れ物を取りに行かせる。その一方で上手側の客席にも背広姿の男が2人残っている。1人はスマホを手にしゃべり続けていて、もう1人はスマホの男に用があるらしい。しかし、2人もステージマネージャーらしき女性に追い払われる。
 舞台スタッフらしいラフな出で立ちのダーヴィッドがステージに登場。マグダレーネは彼を見つけてヴァルターの世話を頼み、エヴァとともに上手へ退場。
 同じく舞台スタッフ姿の徒弟たちが客席を左右に分け、4席ずつ3列に並べ替える。ステージではテーブルや椅子を出し入れするなど忙しい様子。彼らへの指示をしながらダーヴィッドはマイスタージンガーのことをヴァルターに教える。
 混乱した準備もようやく整い、舞台の下手から背広姿のマイスターたちが三々五々やってくる。ワインと食事が盛られた皿を持って手前の客席側に降りてくる。ポーグナーとベックメッサーもやってきて、ベックメッサーはエヴァを何とかものにしようとポーグナーに助力を頼むが明快な回答が得られない。先に客席側へ降りるベックメッサー。続いてポーグナーがヴァルターと話すのを警戒して眺めている。
 マイスターたちは4席の客席に間を空けて2人ずつ座るが、下手側2列目のみ3人座り、最後列はザックスのみ座る。彼だけは白シャツにベストを引っ掛け、ジャケットは着ていない。マイスターたちの上向き加減の顔写真が横1列に並んだパネルが天井から降りてくる。そこには12人しかいない。つまり病欠のマイスターは含まれていない。
 下手側最前列手前に座るコートナーが会議を始める。上手側最前列の手前にベックメッサー、奥にポーグナー。ポーグナーが立って中央へ移動し、マイスターたちに歌合戦の賞のことを提案。議論はあったが承認。
 続いてポーグナーが舞台下手から出てきたヴァルターを紹介し、マイスター試験を受けさせることを提案。コートナーの質問に舞台上で歌って答える。
 記録係のベックメッサーが上手端に置かれた椅子とイーゼルに掛けられた黒板をズルズル引きずって中央へ移動させる。オペラカーテンが閉じてベックメッサーはその奥へ。ヴァルターは手前で椅子に掛けるよう促される。しぶしぶ座るが歌い出しとともに立ち上がる。
 ヴァルターが途中まで歌ったところでベックメッサーが白墨でびっしり書き込まれた黒板を持って出てきて、「歌い損い」を主張。よく見るとところどころ漢字が書かれていて、そこを示しながら間違いを指摘(漢字の書かれた場所は日によって違うそうだ)。ザックスが最後まで聴くよう提案するも大半のマイスターたちは同意しない。
 歌い続けるヴァルターと打ち切ろうとするマイスターたちの混乱の一方、カーテンが開くとステージ奥では徒弟たちが飲めや歌えの大騒ぎ。結局ヴァルターは「歌い損い」を宣告される。怒ったヴァルター、ステージ上のテーブルをひっくり返して退場。
 家に帰ったはずのエヴァは、マイスターたちの会議の途中からステージ上の徒弟たちと話したり、上手のバルコニー席から試験の様子を見たりしていたが、結果が出ないうちに退場。

 第2幕、歌劇場の舞台が時計回りに回り始める。まずは劇場内のカフェが現れ、マイスターたちが打ち上げをしている。さらに回ると劇場の楽屋口の外。何もない空間。徒弟たちが踊りながら下手端に立つダーヴィッドをからかう。怒って反撃しようとすると、ザックスが現れて叱りつけ、2人とも上手へ退場。
 楽屋口から打ち上げの終わったマイスターたちが出てきて、家路につく。ポーグナーも出てきて、エヴァに出迎えられる。二重唱の後上手へ退場。
 さらに入れ替わりにザックスとダーヴィッドが登場、ダーヴィッドを先に寝かせてザックス1人残る。ここまで、どっちがザックスの家でどっちがポーグナーの家か、わからない動き。
 ザックスの「にわとこのモノローグ」の間舞台奥にエヴァが立っている。ほぼ歌い終わったところでいなくなる。ザックス上手へ退場。さらに舞台が回転して劇場の靴工房となる。
 上手のドアからエヴァが入ってくる。エヴァの質問に正面から答えないザックス。彼女は怒って退場。またも舞台が回転して歌劇場のステージに戻る。
 マグダレーネはエヴァを家に入れようとするが聞き入れられない。しかし、自分の代わりにバルコニーにいてくれと頼まれ、俄然やる気になって退場。
 ヴァルターがやってくる。ステージ上のワゴンに立てかけられたマイスターの顔写真パネルに穴を開け、椅子を床に投げつける。奥で怯えている舞台スタッフたち。ヴァルターがステージ下に降りてエヴァに試験の一部始終を話す間、スタッフたちが残りのパネルを持って彼の周りを囲み、彼の怒りを煽りたてる。
 2人は駆け落ちしようとするが、上手バルコニーのザックスが照明を当てて阻止。さらにリュートを抱えたベックメッサーが奥からやってくるので、下手へ退場。
 夜警は劇場の警備員姿。懐中電灯で私たちの座る客席の隅々まで照らした後去ってゆく。
 下手のバルコニーにマグダレーネ。舞台は逆回転して靴工房に。2階は小道具の倉庫になっていて、ヴァルターとエヴァはそこへ迷い込む。
 ザックスとベックメッサーのやり取りの間、ヴァルターはお化けの人形に驚くが、大きな手や剣など小道具があるのを見つけてエヴァとふざけ始める。エヴァはあきれながらも楽しそう。合間合間でバルコニーのマグダレーナにも応えている。
 ザックスはハンマーで木の台を叩くが、靴底を叩いて靴を作るような仕草はない。
 上手端に出てきたダーヴィッドがベックメッサーの姿を見つけると、彼の元へ駆け寄る。舞台は回転して楽屋口の外に。近所の人たちが騒ぎ出し、木々を抜いて放り投げるなどしている間、手前ではベックメッサーとヴァルターが離れた状態でスローモーションの殴り合い。ホリゾントには満月が昇ってくる。
 その様子を階上の細い通路からエヴァとヴァルターが眺めている。上手の梯子を昇ったザックスがヴァルターを連れ出す。
 楽屋口のブレーカーが火花を放って落ちると舞台はほぼ暗転になり、人々はどこへともなく去ってゆく。ベックメッサーもいない。夜警が再登場、木々が倒れているのに驚き、ブレーカーが落ちたことを発見し、楽屋口へ入ってゆく。

 第3幕、ザックスの書斎。下手に大きな執務机と椅子、その奥に本棚。ザックスは座って分厚い本(マイスター歌集?)を読んでいる。上手のドアからダーヴィッド登場。花束の入った花瓶とパンかご、お菓子の入った大きなかごを抱えている。ザックスに教えられた歌を上手手前で歌う間、ザックスが近付いて姿勢などをチェック。
 ダーヴィッド退場後、時計回りに舞台が回転。第2幕最後の木々が倒れた楽屋口外の場面。その荒れ果てた様子を見ながらザックスの「迷いのモノローグ」。
 さらに時計回りに回転して背景画の工房。中央に大きな1本の木が描かれたキャンバス。その上手に寝ているヴァルターにザックスが声を掛ける。ヴァルター、起き上がる。
 手前にテーブル、その上に紙とペン。ザックスはキャンバスの下手に積んである椅子を1脚取ってテーブルの前に座る。マイスターの歌の規則を教えていると、ヴァルターももう1脚の椅子を取り、背もたれを手前にして座り、聞き入っている。ヴァルターの詩を2枚の紙に書き取り、その1枚を持ってヴァルターとともに下手へ退場。
 このやり取りの間2階のメイク室でも寸劇が。まず女性のスタッフが女声歌手?のメイクを終える。入れ替わりに入ってきた男声歌手?のメイクをしていると、もう1人の男声歌手が入ってくるので、先の男は椅子の奥に隠れる。後から来た男がスタッフと何やら話して出て行った後、先の男も再びスタッフの前に姿を現す。何かの伏線かもしれないが、よくわからない。
 さらに回転して劇場のステージに。カーテンが閉まっているが、その隙間からベックメッサーが出てくる。タキシード姿。中へ戻ろうとするが入口がわからない。するとカーテンが開いてその中に巻き込まれる。ステージ上は依然として第2幕終盤の木々が倒れて散らかった状態。それを舞台スタッフたちが片付けている。その間ベックメッサーはカーテンに巻かれたまま彼らに見つからないようにしている。彼らが去るとベックメッサーも出てくるが、奥からダーヴィッドとマグダレーネが近付いてくると、1本残っていた木に身を隠す。2人が去ると、今度は奥から熊が追ってくる。逃げ回るベックメッサーはやっとのことで、窓からザックスの書斎に逃げ込む。舞台も回転して再び書斎に。
 中は誰もいない。しかし、テーブルの上の詩が書かれた紙を目ざとく見つけ、上着のポケットに入れる。ドアからザックス入ってくる。盗んだ詩を使っていいと言われ、大喜びで出て行こうとするが、紙が見当たらない。ポケットに入れたことを思い出してようやく安心し、エヴァが入ってきたのも気にせずに出てゆく。エヴァはまだ第1幕と同じ花柄のワンピース姿。
 エヴァは靴を両方脱いで床に放り投げ、ドアの手前のソファへ飛び降りてうずくまる。ザックスは靴を見ながらエヴァとやり取り。彼女が仰向けに寝ているときにヴァルターが入ってきて、ちょうど彼の顔を見上げる感じになる。
 ザックスは本棚の本を床にぶちまけながら靴屋のストレスを歌う。それをなだめ、感謝を伝えるエヴァ。
 ダーヴィッドとマグダレーネも入ってくる。ザックスはダーヴィッドを職人に昇格させて、張り手一発。横一列に並んで五重唱。4人が退場した後最後にダーヴィッドが、ザックスが見ていた分厚い本を抱えて出て行く。
 いよいよ歌合戦の場。手前には第1幕後半のように客席が左右3列ずつ並べられ、カーテンが開くと上手と下手に前後2本ずつ建てられた細い柱とその横をつなぐ棒のほかは奥まで見通せる広場に。飾り付けられたひもが数本、横棒と横棒の間に波状に渡されている。
 2階バルコニー席にはバンダのHrやTpの演奏。舞台でも2人の女性奏者が出てきて吹こうとするが、女性ステマネに「バルコニーへ行け」と指示されて退場。その後も靴屋の合唱の後に歌おうと手前に陣取るパン屋たちが彼女に早過ぎるとばかり脇へ追い立てられるなど、混乱が続く。
 手前でダンサーたちが踊る間、1人相手のいない娘をダーヴィッドが誘って一緒に踊る。それを見ていたマグダレーネと喧嘩になるが、すぐに仲直り。
 広場中央の端から端までテーブルが横一線に並べられ、その周りに人々が集まる。マイスターたちはタキシード姿で登場。最後に下手から出てきたザックスのみ燕尾服姿。
 エヴァは赤一色のドレス姿で中央手前の椅子に座る。
 ベックメッサーが広場に上がって歌い始めるが、不可解な内容に一同騒ぎ始める。それでも歌い続け、最後は広場から降りてエヴァに迫ろうとするので、彼女は思わず立ち上がり、ポーグナーが彼女の前に立ってさえぎる。
 ベックメッサーに告発されたザックスはヴァルターを呼ぶ。黒の上下に白シャツ姿だが、蝶ネクタイを締めずに首に掛けている。早くもエヴァは彼に駆け寄るが、ポーグナーに引き留められ、席へ戻される。
 ヴァルターが歌う間ベックメッサーは紙を見ながら確認し、やがて観念したように床に落とす。
 ヴァルターが見事勝利。広場に上がったポーグナーが、エヴァとともにヴァルターの顔写真パネルを持ってきて渡そうとするが、マイスターになることを拒否。すると、マイスターたちだけでなく民衆も一斉に退場。カーテンが閉まる。
 ザックスとヴァルター二人きりになったところで、ザックスがマイスターたちを尊敬するよう説得。その間ヴァルターは自分の詩が書かれた紙が床にあるのを足蹴にする。
 ようやく納得したヴァルターの元へ民衆たち、ポーグナーとパネルを持ったエヴァが戻ってくる。しかし、マイスターたちは戻ってこない。
 ザックスを称える民衆の合唱の間、エヴァはヴァルターにパネルを渡さずじっと見つめている。そして突如パネルに穴を開けて投げ捨てる。そしてヴァルターとともに上手へ駆け落ちしてしまう。追いかけるポーグナー。呆然としてパネルを取り上げるザックス。

 ザックスの規則違反がヴァルターの勝利とともに新たな芸術を生み出すかに見えたのだが、所詮彼が守ろうとしたのは昔からマイスターたちが積み上げてきた古い芸術であり、外国からの影響を排除する閉鎖的なものに過ぎない。彼が思いを寄せ、最も信頼していたエヴァにそれを否定されるというのは、彼が第2幕で「知恵のない女性」などと言っていたことに象徴される、マイスターたちの男性芸術への反抗を意味するとも読める。結局マイスターたちと身分の違う騎士と性別の違う女性によって、彼らの芸術は否定されたわけだが、実はそうした既存の価値観に違反することこそが新たな芸術を生み出す源泉なのだ、そして自ら規則違反を犯したザックスも本心ではそれを理解しているのだ、というのが演出のメッセージか。
 いつもの大団円で終わらない演出はザックスの視点で見れば残念なことだが、所詮は自業自得なのか、一方でヴァルターとエヴァの前にはバラ色の未来が広がっているのだろうか?

 マイヤーは第2幕まではかなりドスの利いた声質でザックスよりもヴォータンに聴こえる場面がときどきあったが、第3幕では慈悲深くヴァルターを助けるような温かい声質に変わる。フィンケはしばしば不安定な歌いぶりで、最後まで持つかハラハラさせたが、さすがに歌合戦の場面は立派に歌いきる。エレートは第1幕こそただの意地悪な小役人にしか見えなかったが、第2幕以降はだんだん愛嬌が出てくる。カーテンコールでも足を痛がって笑わせる。その一方で高いAも朗々と響かせ、テノールでも通用しそうな声。伊藤はダーヴィッドにぴったしの声質で、伸びやかな歌いぶりが心地よい。青山も堂々たるコートナーで舞台を引き締める。その他のマイスターたちや志村の夜警も安心して聴いていられる。
 林は清楚な声質でまずまず伸びもあったが、第3幕前半でザックスに感謝する歌では、演技も含めもう少し多彩な表現がほしいところ。山下は舞台慣れした歌いぶりと演技で楽しませてくれる。

 大野指揮の都響は終始遅めのテンポで、音楽が流れないわけではないが、大事に行こうとする意識が強過ぎるかもしれない。第3幕の前奏では情感がこもってよかったのだが、逆に第2幕冒頭の木管のトリルなどはもっと粒立ってほしい。また、第3幕前半のザックスとヴァルターのやり取りではもっと抑えてもよかったかもしれない。特にヴァルターがバテかけていたので。

三澤洋史指揮の合唱はさすがの安定感。ただ、いつもより歌手同士の間隔を開けているせいなのか、舞台後方から歌うせいなのか、もう一息響きの厚みがほしいところ。

 何はともあれ、ようやくこのプロダクションを満席で実現できたことを喜びたい。そして、この演目が将来もう少し頻繁に取り上げられるようになることを願うばかりである。

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