桐朋学園宗次ホール オープニング・コンサート・シリーズ 堀正文 佐々木亮 山崎伸子 小森谷泉アンサンブル
○2021年11月23日(火・祝)19:00〜20:50
○桐朋学園宗次ホール
○e列24番(5列目中央やや上手寄り)
○ベートーヴェン「「魔笛」の主題による7つの変奏曲変ホ長調」WoO46、シューベルト「アルペジョーネ・ソナタイ短調」D821、モーツァルト「ヴァイオリン・ソナタ第21番ホ短調」K304
モーツァルト「ピアノ四重奏曲第1番ト短調」K478
(以上全て第1楽章提示部繰り返し)
〇V=堀正文、Va=佐々木亮、Vc=山崎伸子、P=小森谷泉

木の折り紙の中で至福の時間

  多くの世界的な音楽家を輩出してきた桐朋学園には、意外なことに本格的な音楽ホールがこれまでなかった。学園関係者のたゆまぬ努力とココイチ創業者でNPO法人イエロー・エンジェル理事長の宗次徳二氏の支援により、大学の調布市仙川キャンパスにようやく完成させたが、コロナの影響で開場が先送りされ、この9月にようやくクローズドの演奏会、そして11月3日に一般向けの演奏会シリーズが始まった。3日は残念ながら行けなかったが、この日は大学教員の選抜メンバーとでも言うべき4人の奏者による室内楽。

 隈研吾設計による木造3階建てのホールは壁一面に林のように柱が並び、その狭い切れ目から入っていく。ホワイエこそ狭いがホールに入ると床から天井まで寄せ木細工で囲われたような別世界が広がる。わずか234席ながらステージはフルオーケストラが座れるほどで、客席スペースより広いくらい。

 前半は弦楽器の3人が交互に登場してピアノとの共演。まずはチェロの山崎。「魔笛」のパミーナとパパゲーノの二重唱「恋を知る殿方には」の主題が鳴り出した瞬間、今まで経験したことない感覚に襲われる。手が届きそうなくらい近い場所で弾いている楽器の音が、自分と奏者との間の空気を通して伝わると言うより、全身が空気の振動に包み込まれる感じ。音は空気の振動なのだから当たり前の話なのだが。
 長調による生き生きとした3つの変奏の後、短調による第4変奏で一時落ち込むが、第5変奏からまた長調になって元気に。そして華やかに展開するコーダ、最後はゆっくり幕を閉じるように終わる。短いながらも内容の濃い音楽を安定した表現で聴かせる。
 2人目はヴィオラの佐々木によるアルペジョーネ・ソナタ。第1楽章、展開部で高まった緊張が徐々に緩んできて最初の主題に戻るくだりなど、ゾクゾクしてくる。第2楽章冒頭の主題、ゆっくり花びらが開いていくようで、心洗われる気分。第3楽章の素朴な主題にも聴き惚れるが、ニ短調の部局の途中で長調に転じる部分でも、雲の間から一瞬日が差すようでハッとさせられる。チェロで演奏する場合より高音の響きが多くてより明るい音楽になるのが面白い。
 3人目はヴァイオリンの堀。演奏前に何やら小森谷とひそひそ話。繰り返しの確認か?モーツァルトのホ短調のソナタ、第1楽章はピアノの光の陰になったような控えめな雰囲気で進む。
 すると第2楽章のピアノ前奏が始まったところで、堀が譜面台を後ろにずらし始めた。ズリズリ音がするのも構わず、20〜30センチほど動かしてから弾き始めると、一転してヴァイオリンの響きがピアノと対等に渡り合うようになった。オープンしたばかりのホールなので、演奏者たちも試行錯誤中なのだろう。

 後半は4人によるモーツァルトのピアノ四重奏曲。ピアノの前に下手から堀、佐々木、山崎の順に座る。第1楽章、吹き荒れてはときどき止む嵐のような音楽。4人の間の程よい緊張感が曲の雰囲気によく合っている。第2楽章はかなり緊張もほぐれ、落ち着いた雰囲気に。第3楽章は一転して、アレグロにしては相当速いテンポで突き進んでゆく。
 弦の3人は佐々木を中心に緊密で、文字通り息の合ったアンサンブル。小森谷は終始多彩な表現で減の3人に絡んでゆく。ピアノの蓋は全開で、音量にも相当気を使っていたが、全体的にもう少しステージの後方へ下げた方が、楽器間のバランスが良かったかもしれない。しかし、正に室内楽の醍醐味を間近で味わえる贅沢。
 カーテンコールで小森谷1人マイクを持って登場。アンコール代わりにホール建設の経緯にまつわるエピソードを披露。ホールも含めたキャンパス整備に8年半を要したこと、素人ながら設計にも関わったこと、そのホールのステージにこの日初めて立てたこと、桐朋における音楽教育の最終目標の場となってほしいことなどを感慨深げに話す。

 オープニング・コンサート・シリーズは来年3月まで続く。学生、若手からベテランまで桐朋学園所縁の演奏家たちが続々登場する演奏会が全席2000円と格安で聴ける。しかも我が家から近いとあっては、早くもこのホールへ行くのが癖になりそうだ。

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