東京二期会「ファルスタッフ」(4回公演の最終日)
○2021年7月19日(月)14:00〜16:45
○東京文化会館
○2階L3列17番(2階下手側3列目中央寄り)
○ファルスタッフ=黒田博(Br)、アリーチェ=大山亜紀子(S)、フォード=小森輝彦(Br)、ナンネッタ=全詠玉(S)、フェントン=山本耕平(T)、クイックリー=塩崎めぐみ(MS)、メグ=金澤桃子(MS)ほか
〇レオナルド・シーニ指揮東フィル
(8-6-5-4-3)、二期会合唱団
〇ロラン・ペリー演出

意外なファルスタッフ像を垣間見る

 二期会創立70周年記念公演と位置付けられた今回の「ファルスタッフ」は、残念ながら4回目の緊急事態宣言発出中に上演されることとなった。その関係で当初予定されていた指揮者のベルトラン・ド・ビリーは来日できなくなり、若手のシーニに変更。出演者、関係者は万全の感染防止を講じたはずだったが、公演直前に陽性者が出たため、初日の16日の公演は中止というご難続き。それでも残り3公演は何とか上演できたのは、本当に良かったと思う。
 最終日のこの日は元々祝日だったが、東京オリンピック・パラリンピックの1年延長による祝日の移動により平日に。緊急事態宣言の影響も加わったか、半分弱の入り。

 第1幕第1場、黒の緞帳が左右と上の三方に開くと、場末の狭いバー。下手側はカウンター、上手側にテーブルとソファ、壁は鏡。ファルスタッフは手前のソファに座っている。よれよれのシャツにカーディガン姿。奥のガラスドアから入ってくるカイウスは白衣姿にネクタイ。バルドルフォの髪はリーゼント、ピストーラはスパイクヘア、いずれもパンクルック。
 カイウスを追い払い、バーのマスターが請求書をファルスタッフに渡す。所持金がほとんどないのを知ったバルドルフォとピストーラがファルスタッフをほめたたえ、彼がそれに応えるところで店の壁が左右にグーンと広がる。店の外のホリゾント一面にアパートの窓。手紙の使いをバルドルフォらに断られると、店の掃除にやってきた若い女性に声をかけ、彼女に届けさせる。そして、柄の長いワイパーを振り回しながらバルドルフォらを追い出す。
 第2場、ダイヤ型に組み合わされた階段でできた装置が前面にせり出してくる。壁はアーガイル柄。上手と下手にシャンデリアが1対吊るされる。ホリゾントは曇り空だが、雨が降りそうな黒雲も見える。
 階段を上り下りしながらファルスタッフからの手紙を読み比べ、懲らしめる計画を立てる女性たち。彼女たちが上手側2階の奥に隠れると、入れ違いに下手奥からフォードたちがやってくる。フォードは頭が薄くなり、メガネをかけたスーツにコート姿。フェントンも同じような格好。
 フェントンとナンネッタは周囲の隙を見つけて出会う。てっぺんの物見台のようなところまで上がって抱き合い、ナンネッタは片足を上げて愛し合う。2回目に抱き合うときには、大胆にもフェントンのズボンのベルトを外す。また男女が戻ってくるので離れる2人だが、フェントンは必死でベルトを締め直す。
 九重唱は、各人階段の様々な場所で歌うが、その後の女声の四重唱は3階中央に並んで歌う。

 休憩なしでそのまま第2幕へ。第1場、第1幕第1場のバーが後半の大きさになっているが、下手側のカウンターが横向きに置かれ、上手側にもテーブルとソファが並ぶ。ファルスタッフは上手端の指定席?に座っている。
 クイックリーはコートを着て、サングラスをかけて登場。ファルスタッフに会う前にカウンターでシュナップスらしき酒を一杯ひっかける。その後も、話の節目に何杯か飲む。そのクイックリーをも誘惑し、抱こうとするファルスタッフ。
 入れ違いにバーにやってきたフォード(フォンターナ)、大きなワインの瓶をファルスタッフのテーブルに置く。おこぼれにあずかろうとバルドルフォとピストーラが大ジョッキを持って近付くが、果たせない。フォードからアリーチェの名を聞いたファルスタッフは、飲みかけのワインを吹き出す。
 フォンターナの願いを聞き入れ、着替えのため上手の壁から退場するファルスタッフ。フォードは舞台手前に。その後ろの緞帳が閉じ、彼のアリアが始まる。再び緞帳が開くと、フォードそっくりの男たちでバーは満員。彼の方を一斉に見つめたかと思えば、彼の嫉妬を手で表現したような動きを見せる。再び緞帳閉じる。
 三度緞帳開くと、ファルスタッフ、茶色のスーツにピンクのベスト姿で登場。バーを出ようとフォードと譲り合うが、結局一緒に出ることになる。しかし、ドアの幅が狭くてつっかえ、結局ファルスタッフはフォードを先に追い出してからバーを出る。
 第2場、最初は第1幕第2場と同じだが、しばらくすると階段の装置が真ん中から左右に分かれ、中央が居間のようになる。長いソファが客席に背を向けて置かれている。シャンデリアは中央に1つだけ。
 計略を確認する女性たち、ナンネッタだけは上手3階へ向かう階段の途中に座って泣いている。しかし、アリーチェにカイウスとの結婚を否定され、元気を取り戻す。下手手前に衝立、上手手前に洗濯籠。
 中央奥からファルスタッフ登場、長いソファに座るアリーチェを誘惑。背の上から見える彼女の顔が沈み、代わりに足が見えたりする。メグが来たことを知らされると、ファルスタッフは衝立に隠れる。さらにそこへフォードが自身そっくりの格好をした男たちを多数引き連れて、浮気相手を探し始める。隙を見てファルスタッフは洗濯籠へ。フォードによって散らかされた洗濯物を、クイックリーとメグは男たちの動きを冷静に確認してから籠に戻す。
 その間にフェントンとナンネッタは衝立で逢引。フェントンの上着を脱がせ、ネクタイを外させる。キスの音でなく、ナンネッタの「キャッ」という声でフォードたちは衝立に狙いを定める。フォードとカイウスがそろそろ近付いて衝立を倒すと、フェントンとナンネッタが現れ、一同びっくり。フォードがフェントンをつまみ出して去らせた後、女たちは召使を呼んで洗濯籠を3階まで運び、そこで中身を奥へぶちまける。フォードとアリーチェが2階踊り場でにらみ合うところで幕。

 第3幕第1場、第1幕第1場とほぼ同じ狭いバーだが、ドアと壁が少し外側へ傾いている。ファルスタッフは手前で椅子に座り、両足をバケツのお湯につけて温めている。掃除婦がワインを持ってくる。クイックリーが挨拶すると、ファルスタッフは飲みかけのワインを吹き出す。2人のやり取りを壁の隙間からアリーチェたちが覗いている。
 ファルスタッフが"Entriamo"(中へ入るとしよう)と歌ったところでバーは暗くなり、緞帳が閉じられる。その手前に5つのスポットライトが横1列に並ぶ。その空間を女性たちが行ったり来たりしながら夜に向けた打合せが進む。入れ違いに下手からフォードとカイウスが登場し、こちらはカイウスとナンネッタの結婚の段取り。それをライトの当たっていない暗闇に隠れたクイックリーが盗み聞き。
 第2場、緞帳が上がると、アパートの窓を型取った提灯風の照明が無数に吊るされている。その中をフェントンが登場して歌う。ナンネッタも加わり、さらにアリーチェが2人に仮装させて下手へ退場。
 照明が消え、真っ暗な中を下手奥からファルスタッフ登場。緑のガウン姿。樫の木らしきものは見えない。ホリゾントは鏡になっている。再びアリーチェに迫ろうとするファルスタッフだが、妖精が来ると聞き、下手手前にうずくまる。やがて現れた人々に見つけられ、男たちに中央へ引きずり出される。女たちは手提げかばんで彼を突っつき、男たちは彼の身体を前後に転がす。
 ファルスタッフが降参して一同が姿を現す。彼以外は頭から白い粉を被ったような格好。フォードがカイウスを呼ぶが、修道士姿ではない。ヴェールを被ったバルドルフォは白いウェディングドレス姿。2人は上手に、修道士姿のフェントンと妖精姿のナンネッタは下手に立つ。
 ようやくフォードがフェントンとナンネッタの結婚を認めると、舞台は明るくなり、横1列に並んでバラバラに前進したり後退したりしながらフィナーレの合唱を歌う。歌い終わると一同下手へ退場。鏡だけが客席に向かって迫ってくる。"L'uom e nato burlone"(人間、おふざけ好きに生まれている)、客席のあなたたちもね!と言わんばかりに。

 時代を現代に移してはいるが無理な読み替えもなく、余計な心配せずに楽しめる舞台。

 黒田はどこまで演技なのかわからないくらいのはまりっぷり。ファルスタッフを楽しみながら歌い演じているのが伝わってくる。その一方で、第3幕第1場の独白で正論を訴えるところでは、勘違いも甚だしく聞こえるような歌い方でなく、ここだけは「なるほど、そのとおり」と思わせるだけの説得力がある。意外と根は誠実だったのかもしれない。これぞ黒田流ファルスタッフの真骨頂だろう。
 大山はドラマチックな声で、随所に妖艶さを醸し出す歌いぶり。なかなか罪なアリーチェ。小森も影のある声、安定感のある歌いぶりでフォードにぴったり。全は少し声質が硬いが、しっかりした歌いぶり。演出のせいもあるが、かなり大胆なナンネッタ。山本は声がのどにかかり気味で不安定。第1幕第2場の九重唱では1人だけ恋に焦がれるメロディを歌うのだから、もっと目立ってほしい。塩崎と金澤は安心して聴いていられる。
 感染者は合唱団員らしく、プログラムに記載された36人より少なめに見える。全員マスク着用で歌いづらかったと思うが、抜かりなくソリストたちを支える。
 シーニは終始速めのテンポでドラマを進め、盛り上げていくところは巧みだが、ソロの場面でもう少しオケを歌手に寄り添わせてほしい。東フィルは小規模の弦でアンサンブルはよくまとまっているが、やはりヴェルディだともう少し厚い響きがほしい部分も。

 何とか初日以外の3回公演を無事終えたが、今後関係者に新たな感染者が出ないことを祈るばかりである。

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