マーラー祝祭オーケストラ第18回定期演奏会
○2021年5月9日(日)14:00〜16:00
○ミューザ川崎シンフォニーホール
○2階2CB1列46番(2階後方ブロック1列目上手寄り)
○マーラー「交響曲第3番二短調」(約107分)
〇A=蔵野蘭子、東京オラトリオ研究会(39)、横浜少年少女合唱団(47)、少年少女合唱団カントルムみたか(28)
〇井上喜惟指揮
 (15-11-11-8-8、下手から1V-Vc-Va-2V、CbはVcの後方)

こぼれる涙をマスクがせき止める

 東京都への緊急事態宣言は5月末まで延長となり、延長後は劇場での公演も入場制限付きで認められるが、延長前は公演中止を求められ、実際多くの演奏会が中止または延期となった。しかし、ミューザ川崎のある神奈川県はまん延防止措置対象のため、この演奏会も何とか予定通り開かれることとなった。ステージよりパイプオルガン側の席は、合唱団用という事情もあって全て空席、それ以外の席は8割程度の入り。
 コロナ以降マーラーのような大規模な管弦楽曲は、プロも含めてほとんど演奏されていない。しかもソリスト、合唱付きの曲も「第9」以外は演奏の機会が極めて少ない。この日の演奏会は、両方の要件を満たすマーラーの交響曲で最も長大な3番を取り上げる。よくぞ無事に開いてくれたものだと思う。
 弦の奏者はVもVaも1人ずつ譜面台を置くが、奏者同士の間はコロナ前とほとんど変わらない。ただし、弦とHp、打楽器奏者は全員マスク着用。

 第1楽章、いつものように遅めのテンポ。冒頭のHr8人のユニゾンは、堂々としているがやや抑えめ。9小節目のシンバルは、ステージ後方の上手と下手に分かれて鳴らす。テンポが遅い分、25以降など大太鼓の4分音符と16分音符3連符のフレーズ、38など低弦の上昇音階などがはっきり聴こえる。
 暗闇から少し日が差してくるような132以降、さらにテンポを落とす。164以降で元のテンポに。166以降のTbのソロは、安定したフレージング。225以降また遅くなり、息の長い行進曲もこのテンポのまま進んでゆく。
 コンマスのソロが入る458以降、木管とのバランスがやや乱れる。
 冒頭のテーマに戻った後の651のシンバルは、上手1人、下手2人で鳴らす。その後再び息の長い行進曲、そしてさらなる音の伽藍へと着実に盛り上がってゆく。マーラー特有の大音響が何とも懐かしい。

 第2楽章はほぼ標準的テンポで始まるが、嬰ヘ短調のワルツに転じる50以降遅くなる。回転する歯車をスローモーションで見ているようで、うっかり止まってしまわないか、ハラハラする。
 第3楽章は最初から遅いテンポで進んでゆき、骸骨がゆっくり踊っているような、不気味な雰囲気。ハ長調に転じる直前、174〜175のfffの下降音階も、天井まで積んだ積木がゆっくり崩れ落ちてくるような怖さを感じる。中間部のポストホルンのソロは、Tpの首席奏者が3階上手バルコニー席まで移動して演奏。

 第3楽章が終了すると直ちに合唱団員たちが入場。女声は2階ステージ後方に、児童は2階下手バルコニーに、1席ずつ空けて着席。全員マスク着用。中には丈の長いコーラスマスクを付けている人も。
 最後に真打登場とばかりに蔵野が入場すると拍手。

 第4楽章、蔵野の深くて力強い声が心に沁みる。歌詞の内容が奇しくもコロナに苦しむ人類への警鐘のようにも聴こえる。
 第5楽章、グロッケンシュピールも3階バルコニーから、天国の鐘のように鳴り響く。マスクのせいで致し方ないが、声がこもってなかなか客席まで響いてこない。特に子音がほとんど聴こえない。指揮者も強く発声するよう求める仕草だが、「ビム・バム」が「ヒム・ハム」みたいな感じ。

 そして待ちに待った第6楽章、ほぼ標準的テンポ。合唱はしばらく立ったまま、53でObソロが加わるところで静かに着席。
 奏者たちの疲労がピークに達しているのが聴いていてわかるのだが、それでも私たちを優しく包み込もうとする心意気が伝わってきて、断続的に込み上げてくる。コロナ前なら頬を伝っていた涙が、マスクにせき止められる。
 嬰ハ短調から変ニ長調に転じる直前、148のpoco rit.で4分音符3つのフレーズを、シャボン玉のように浮き上がらせて響かせる。
 最後の嵐が収まった後の251以降のTpソロが、コロナ終息への祈りの歌のように聴こえる。最後はその祈りがこの世に実現したかのような、幸福に満ちた響きに。

 パラパラ拍手が出かけるが収まり、その後指揮者が2度ほど肩を下したところで拍手。

 とにかく無事演奏が終わり、演奏したみなさんはもちろん、聴いているこちらもホッとする。ようやくマーラーもできそうだ、合唱付の大曲もできそうだ、という手応えを感じる。まだまだトンネルの先は見えないが、大きな前進を成したことは間違いなさそうだ。
 

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