日本オペラ振興会設立40周年記念公演(2回公演の初日)
○2021年4月24日(土)14:00〜17:00
○テアトロ・ジーリオ・ショウワ
○1階13列25番(1階6列目中央やや上手寄り)
〇日本オペラ協会「魅惑の美女はデスゴッデス!」
 死神=長島由佳(S)、早川=村松恒矢(Br)、たつ=家田紀子(S)、やくざの鉄/若い葬儀屋=川久保博史(T)、医者=江原実(Br)ほか
〇藤原歌劇団「ジャンニ・スキッキ」
 ジャンニ・スキッキ=上江隼人(Br)、ラウレッタ=砂川涼子(S)、ツィータ=松原広美(MS)、リヌッチョ=海道弘昭(T)ほか
〇松下京介指揮テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

〇岩田達宗演出

重苦しい空気を吹き飛ばす

 首都圏では3月22日に緊急事態宣言が解除されたが、新規感染者はじわじわと増え続け、解除からほぼ1か月になる4月25日から東京都には3度目の宣言が発出されることとなった。今回は劇場やホールにも休業要請がなされ、都内の演奏会の多くは中止を余儀なくされている。
 日本オペラ振興会設立40周年を記念した、日本オペラ協会と藤原歌劇団の合同公演として準備された本公演は、幸い神奈川県川崎市で開催されるため、中止の憂き目を見ることはなかった。もし記念公演ということで思い切って東京文化会館でも借りていたら、などと考えるとぞっとする。
 7割程度の入り。

 前半は日本オペラ協会の公演。「魅惑の美女はデスゴッデス!」は、三遊亭圓朝の落語「死神」を題材に、映画監督の今村昌平が台本を書き、当時新進の作曲家だった池辺晋一郎が1973年に作曲した。NHKのテレビ・オペラとして初演され、同年のザルツブルグ・テレビ・オペラ賞コンクールで第2位相当の優秀賞を獲得。日本オペラ協会でもしばしば上演してきた。ただ、上演を重ねるうちに改訂も行われ、特に管弦楽は初演時のフル・オーケストラから室内楽版に縮小されている。
 幕が開くと、階段状の舞台が、葬儀に使われる白い菊の花でできたような楕円に三重で覆われている。階段中ほどの踊り場に棺桶が3つ並べられ、ホリゾントには赤い紐がギリシャ文字のμ(ミュー)のような形で吊り下げられている。

 第1幕プロローグ(第1景)、死神たちのように見える男女4組が「この世はすべて金次第」と歌い始める。しかし、金では買えないものもある。それは命、健康。そこで日頃から健康に気を付けましょうということで、彼らは大塚薬局の社員として新店オープンの宣伝を始める。
 第2景、早川葬儀店。彼らが去ると奥からたつが登場、棺桶にはたきをかけながら、商売不振を嘆いている。下手から早川登場、流行らないのは駅前にできた薬局のせいなどと愚痴る一方で、競馬には夢中の様子。そんな夫に怒りをぶつけるたつ。夫婦喧嘩となり、たつは夫をインポとののしる(歌詞は原作通り歌われるが、字幕には※#%など、記号が並べられる)。そして貰い子の相談に行くと言って下手へ退場。
 1人残った早川が世の中を恨んでいると、真ん中の棺桶が開き、中から若い娘姿の死神=死神会社のセールスウーマンが登場。早川を誘惑し、偽医者となって金儲けする方法を授けると、早川はすっかりその気に。
 第3景、金丸製薬会社の社長邸。中央の棺桶をベッドとして社長が横たわっている。医者が臨終を告げ、絶望する社員たち。そこへ早川がやってきて彼らを説得してベッドを180度回転させ、舞台前方中央で怪しげなおまじないをすると、社長が蘇る。不思議がりながらも喜ぶ社員たち。
 第4景では、舞台手前で医者とやくざのやり取り。やくざは息子を助けてほしいと懇願するが、医者は手遅れと取り合わない。そこに下手から早川登場、さっきと同じやり方で息子を蘇らせる。
 第5景、轟自動車会社の社長邸。またも同じやり方で蘇らせる。
 第6景、キャバレー。天井から吊るされたミラーボールが輝いている。ホステス嬢たちに囲まれ、ご満悦の早川。下手から歌姫登場、懐メロ(プログラムには西條八十作詞、中山晋平作曲の「東京行進曲」とあるが、メロディが違うような?)の歌詞を新百合ヶ丘駅周辺の風景に置き換え、恋する男女が結びつく「箱根そば」などと歌って笑わせる。歌姫は実は死神、早川の浪費癖をなじり、金儲けの交換条件として伝えていた、自分を抱くことを求める。自分に自信のない早川は尻込みするが死神の誘惑に勝てず、中央の棺桶の中へ2人は消えてゆく。

 第2幕の序では、死神とその仲間たちである仮面を被ったドクロたちが登場、自己紹介のアリア。
 第7景、死神と早川のやり取り。早川は自分の寿命が72歳と10か月と知って安心するが、からくりを知っているドクロたちは舞台手前で「何も知らずにいい気なものだ」と笑っている。
 第8景、早川葬儀店。久しぶりに帰った夫に対し、たつはスマホのニュースを見せる。早川が救った人たちは、みな悪事を働いて多くの人を死なせたことを知る。最初は自分には関係ないと思っていた彼も、色仕掛けで死神の仕事に手を貸していたのだと気づき、転業を決意する。しかし、そこへ前に生き返らせたやくざの鉄が現れ、自分の親分である組長を蘇らせるよう、彼を無理矢理連れ出す。
 第9景、鬼虎組組長宅。やくざたちは早川に組長を助けるよう求めるが、早川はいつもと逆の方向にベッドを向け、組長を死なせる。怒った鉄は早川をピストルで撃つ。
 第10景、地下の密室。舞台中央手前に横たわる早川。中央の棺桶の上に立っている死神はドクロたちに囲まれている。40歳の早川は、死神を抱くたびに1年ずつ寿命を縮められていた。しかし、彼を愛する死神が13年分ごまかしたおかげで彼はまだ生きているが、それがばれて死神は会社を首になってしまった。ドクロたちがろうそくを持っていて、その中には早川のものもある。早川は消えかけた自分のろうそくの火を手で取って、他のろうそくへ継ぎ足そうとする。暗転。
 エピローグ(第11景)、黒の紗幕の手前でお腹の大きいたつと若い葬儀屋がいちゃついている。2人が退場すると紗幕が開き、たつの胎内という設定。三重の輪が胎盤のように見え、中央に座る早川のへそに赤い紐がつながっている。妻の不倫の子として命をつないだが、このままの方がいいのだが、と空しく望む。

 長島は2010年の日本オペラ協会公演でも同じ役を歌っており、歌も演技もこなれている。村松も終始安定した歌いぶり。家田もふがいない夫を捨てきれないが結局不倫に走る複雑な心境のたつを、説得力ある歌唱で表現。それにしても、社長ややくざの役で出演している男声歌手たちの衣裳がみなあまりにハマっているのには思わず吹き出す。下斗米大輔の衣裳デザインのおかげか、それとも…?
 死に直面したときの人間の愚かさ、滑稽さを、笑いと風刺で白日にさらけ出すかのような池辺の音楽は、今でも全く色褪せない。カーテンコールでは客席で元気な姿も見せる。

 後半は藤原歌劇団による「ジャンニ・スキッキ」。
 舞台を覆う三重の輪はそのまま。下手にブオーゾが眠る棺桶、周りに燭台が置かれている。上手は棺桶の背を高くしたようなテーブル、奥にこれまた棺桶型の棚。
 ブオーゾの遺族たちは喪服姿だが、リヌッチョだけは水色のセーターに白ズボン姿。
 遺言書の噂を聞き付けた遺族たちは、部屋の中にないか探し始め、たちまち舞台は散らかり放題となる。ゲラルディーノに密かにジャンニ・スキッキを呼びに行かせ、1人前方で座り込むリヌッチョ、誰かが投げた封筒を手に取ると、それが遺言書。遺族たち、リヌッチョの元に集まる。中を開けると噂通り全財産を修道院に寄付すると書かれており、一同絶望。
 そこへゲラルディーノが下手から帰ってきて、ジャンニが来ることを知らせる。勝手な真似を、と怒る遺族たちに対し、リヌッチョはよそ者でも知恵のある彼に頼ろうと説得。その間にゲラルディーノはホリゾントのカーテンを開けてゆく。
 やがてジャンニとラウレッタが登場。ジャンニは薄汚れたコート姿、ラウレッタは鮮やかな赤いワンピースに黄色のカーデガン。欲に目のくらんだ大人たちの中で、リヌッチョとラウレッタだけが別世界にいる。
 ジャンニはリヌッチョの願いを断り、彼を上手端へ追い立てる。しかし、ラウレッタが中央に立って「私のお父さん」を歌い始める。これまでのドタバタが一転し、彼女だけはほぼ直立不動で歌いかけるが、父のジャンニもだんだん彼女に耳を傾け始める。

 リヌッチョたちの願いを聞き入れたジャンニは、まず鳥に水をやるようラウレッタに命じて奥へ退場させる。そして、遺言書書き換えのために残った遺族たちへ矢継ぎ早に指示を出す。慌てて部屋を片付け、棺桶から赤い布で覆われたブオーゾの遺体を持ち出すが途中で落としたりする。白いナイトキャップを頭に被り、白のシーツを身体に被って棺桶をベッド状にして上に寝る。
 下手から医者が入って来るとツィータたちが身体を張ってジャンニを見えないようにし、声色でブオーゾが生きていると信じ込ませて帰らせる。
 続いてジャンニは遺族たちの要求を適当にあしらい、遺言書書き換えが厳罰に値することを彼らに十分認識させた上で公証人を呼びに行かせる。
 下手から公証人と立会人2人登場。遺族たちが最も欲しがっている邸宅などの財産を「友人」であるジャンニ・スキッキへ贈るよう告げると、遺族たちは公証人に書かせまいと迫るが、厳罰をほのめかしてしぶしぶ去らせる。
 無事遺言書が完成、公証人たちが去ると、遺族たちは怒り狂ってジャンニに抗議するも、彼は「ここはオレの家だ。出て行け!」と彼らを追い出す。遺族たちは、腹いせに近くにある金目のものを奪って散り散りに退場。舞台に残ったリヌッチョとラウレッタだけは手を取り合って舞台奥へ。1人残ったジャンニが最後の口上を歌って幕。
 上手後方の天井から、前半に使われた赤い紐が吊るされていたが、結局使われず。

 上江は堂々たる体型、ずる賢そうな顔付きがジャンニにぴったり。もう少し声の響きに厚みが出ればなおよし。砂川の可憐な歌いぶりにはホロリと来る。海道が一途なリヌッチョを貫通力のある声で好演。松原は存在感ある声で、遺族代表を見事に歌い切る。他の遺族たちのアンサンブルも滑稽さが十分出ている。
 前半と変わってフルオケになったテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラも、松下の手堅い指揮の下、充実した響きで歌手たちを支える。

 東京都への3度目の緊急事態宣言を目前にして憂鬱な気分の人たちも多かったことだろうが、味わいの異なる喜劇2本でそんな重苦しさを吹き飛ばしてくれたことを願いたい。

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