ヴァイグレ指揮読響
○2021年1月19日(火)19:00〜20:45
○サントリーホール
○2階P6列13番(2階舞台後方最後列から2列目やや上手寄り)
○R.シュトラウス「マクベス」Op23
 ハルトマン「葬送協奏曲」(V=成田達輝)
(10-8-6-4-3)
 ヒンデミット「交響曲「画家マティス」」(約27分)
 (12-10-10-7-6、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVaの後方)(コンマス=長原)

今こそこれを聴け!

 読響第605回定期演奏会は、緊急事態宣言を受けて収容人数の制限をかけた。先月から続くヴァイグレ指揮の演奏会の中で最も地味なプログラムのせいもあって元々売れ行きは良くなかったが、それでも残り数十枚で販売終了との告知があった。
 その影響もあってか、半分程度の入り。特に1階席の中央部分以外はガラガラ。

 しかし、この日こそ、ヴァイグレが今最も振りたい曲を並べた渾身のプログラムとなった。

 シュトラウスの「マクベス」は、他の交響詩に比べて演奏機会が極端に少ない。まだ習作的な匂いが抜けず、シュトラウスらしい響きが十分表現されていないせいかもしれない。
 しかし、ヴァイグレはそんな低い評価に抗うかのように、ニ短調のマクベスの主題を力強く響かせる。シュトラウスの得意技とも言うべきドーソードで一気に駆け上がるメロディのパターンがしつこく登場して緊張感を高める。金管のアンサンブルが安定していて心地良い。かと思えば、魔女の予言を思わせる弦の合奏は優しく柔らかく、しかしどこか怪しさを漂わせる。終盤のニ長調に解決する部分では平安が訪れるが、最後はそれにも抵抗するように、運命に翻弄されたマクベスが一気に天へ昇ってゆく。

 カール・アマデウス・ハルトマンはナチスに敢然と反抗した作曲家の1人。葬送協奏曲は1939年の作品。ドイツで初演される見込みがないにもかかわらず、彼は自ら信じるところに従って作曲し、いつか初演されることを願って、この時期の作品の楽譜を山中の地下に埋めていたと言う。初演は翌年スイスで行われている。
 第1楽章、弦楽合奏の短いフレーズにヴァイオリン・ソロが死者を慰めるようなメロディで応える。このパターンが何度か繰り返される。
 続いて第2楽章、ソロの超高音で緊迫が高まった後、ニ短調風の穏やかな合奏。ソロはこれに対抗して振幅の大きなフレーズを繰り出してゆくが、力尽きると穏やかな合奏が戻ってくる。
 第3楽章、死者を追い詰めていくような同音反復のリズムがしつこく繰り返される。ソロも超高音が頻繁に登場する激しいカデンツァで応える。
 続いて第4楽章、ニ短調風の清らかなコラール。徐々に天に昇り、地上の者から遠ざかっていく。最後はDを基音とする不協和音で終わる。
 振り終わった指揮者の棒と弾き終わったソリストの弓とが天井を向いたまま、長らく動かない。ようやく指揮者が下ろし始めると、弓もそれに倣って少しずつ下りてくる。しびれを切らした聴衆から拍手のフライング。もう一息だったのに、もったいない。
 成田は2010年のロン・ティボーと2012年のエリーザベト王妃で、それぞれ2位。ツェートマイヤーの代役。さすがに楽譜を置いていたが、調性感を残しつつも斬新な響きに満ちたこの曲の魅力をしっかり表現。葬送の雰囲気を保ちながらも、この世に思い残したことを訴えようとする強い意志と、それを表現する歌心が伝わってくる。
 小編成の弦楽合奏もよくまとまっている。

「画家マティス」第1楽章、冒頭の序奏はやや速めのテンポだが、弦が波打つような主題を奏する9小節目以降、テンポが落ち着く。39以降のFlの主題はレガート重視、それを受け継ぐ弦も同様。その後は主に木管と弦が提示する、細かく動くフレーズに、金管の悠然としたフレーズが徐々に重なってゆき、最後は堂々たる響きで締める。
 第2楽章、ほぼ標準的テンポ。死せるキリストをいたわるような弦の響きに始まり、木管が加わる。12以降のFlとObのソロが美しい。23以降息長く盛り上がってゆき、33で頂点に。少し長めの休符の後、冒頭の静かな雰囲気に戻る。
 第3楽章、弦の12音風のフレーズに始まり、トリルの連続がだんだん緊迫感を増し、5〜6にかけて雷鳴のような激しい全奏。アクセントより和音を鳴らす方を重視。19以降、管のタッタタッタのリズムの上を、弦の「誘惑の主題」がレガートで示される。担当楽器が変わっても、タッタタッタは目立ち過ぎず、引っ込み過ぎず。主題は流れるようなレガートを維持。ただ、金管が主題を奏する59以降は、終盤のコラールの先取りのようにも聴こえる。
 82で何とか断ち切ったかに見えたが、「誘惑の主題」はFlからOb,Clに受け継がれ、少しずつ盛り返してくる。そのたびにそれに打ち勝とうとする全奏の下降フレーズが繰り返される。
 このせめぎ合いが一段落付いた191以降、1Vの高音のトリルが延々と続く下で、2V以下の弦が試行錯誤を重ねる。
 さらに下降フレーズが何度か示された後、306以降木管の細かいフレーズの連続の上を、Vaが思索のメロディを息長く歌う。326以降はHrが受け継ぐ。それが終わる345以降、各パートが長い音符を重ねてゆき、聖アントニウスの勝利が見えてくる。
 407以降、弦が最後の誘惑のようなフーガ風のアンサンブルを発展させてゆくが、これを制圧するかのように、467以降木管が"Lauda Sion Salvatorem"(シオンよ、救い主を讃えよ)のメロディを高らかに奏で、盛り上げてゆく。
 519以降、アレルヤのテーマを金管が力強く提示し、全奏が応える。最後の和音も迫力十分だが、もう一息金管を響かせてほしかった。拍手フライング1名。

 ヴァイグレはこの日の演奏会で、19世紀末から20世紀前半、激動の時代のドイツにまだまだ知られていない名曲が数々あることを、聴衆に伝えたかったに違いない。指揮者のこだわりにオケがしっかり応えたことで、多くの聴衆の名曲アーカイブがさらに豊かになったに違いない。

 この日も団員解散後拍手が止まず、ヴァイグレ1人呼び出される。

 ヴァイグレは引き続き日本に留まるようで、来月は読響を率いて二期会の「タンホイザー」を振る予定。無事公演が開催されることを祈りたい。
 

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