ヴァイグレ指揮読響
○2020年12月9日(水)19:00〜21:05
○サントリーホール
○2階P7列36番(2階ステージ後方最後列上手側)
〇モーツァルト「ピアノ協奏曲第25番ハ長調」K.503(P=岡田奏)
(10-8-6-4-3)
 ブルックナー「交響曲第6番イ長調」(約56分)
(12-10-8-6-4)
 (上手から1V−2V−Vc−Va,CbはVcの後方)(コンマス=長原)

マエストロ、おかえりなさい!

 読響は今年3月と7月に常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレによる演奏会が予定されていたが、新型コロナウイルスの影響でキャンセルとなった。次に予定されていたのが12月と1月で、対応が注目されたが、無事来日して予定通り行われることとなった。ヨーロッパでは感染が再拡大し、歌劇場やオーケストラの活動がほとんど休止状態(ヴァイグレが音楽監督を務めるフランクフルト歌劇場の公演も中止)のため、2週間の隔離期間を経てでも日本の方が確実に仕事ができるということで来日を決意したそうだ。ありがたいことである。
 ホールの入場制限は解除され、最前列にも客が入っているが、全体的には6割程度の入り。

 1曲目のモーツァルトだが、当初出演を予定していたピアニストのキット・アームストロングは来日できず、岡田奏に交代。15歳で渡仏し、パリ国立高等音楽院で学び、2016年エリーザベト王妃国際コンクールのファイナリスト。ウェディングドレスみたいな純白で肩を露出した華やかなドレスで登場、ステージがパッと明るくなる。
 ヴァイグレは棒を持たずに指揮。第1楽章冒頭から文字通り「マエストーソ」と呼ぶべき堂々とした響き。しかし、17小節以降短調になると一転して暗い雰囲気に。快晴だと思ったら小さな雲で光を遮られたような感じ。長調に戻る26以降は8分音符3つにスタッカーとの付いたフレーズが次々登場するが、それらを浮き立たせて盛り上げていく。その後も頻繁に長調と短調が交錯するが、その都度響きに変化を付ける。
 岡田のピアノが始まると、落ち着いた響きと繊細なフレージングで、また雰囲気が変わる。120以降の和音の連続も豊かな響きだが、節度が保たれている。オケもピアノを優しくサポート、特に174以降の弦など細心の注意で響かせる。
 第2楽章、ここは最初から静かな雰囲気。4以降のHrが相当緊張した響きだが、ピアノが入るとだんだんほぐれていく。終盤135以降のピアノと木管とのやり取りが美しい。
 第3楽章、元気はつらつとした音楽に。ピアノも活発に動き回るが、速いパッセージでもせわしなさがない。ヘ長調に転じる163以降では木管がソロパートのように強調され、ピアノと絡み合うのが面白い。
 ドイツ風の重厚なモーツァルトとフランス風の繊細、軽妙なモーツァルトが見事に融合。

 後半のブルックナー、Hr4人を横1列に並べる。弦楽器奏者にも1人1台の譜面台にしている関係か、第2Vの配置が前から2-4-3-1とどこかのサッカーのフォーメーションみたいになっている。最後列の1人の奏者はすぐ隣に第1Vが2人並んでいて、弾きにくいのではないかと思ってしまう。
 ヴァイグレはこの曲も棒を持たずに指揮。
 第1楽章、テンポはほぼ標準的。12型の弦では響きが薄いのではないかと心配したが、冒頭のVの刻みも2以降の低弦の主題もしっかり根を張った響きなので安心。そこからむくむくと土の上に幹が盛り上がっていく感じで、24以降の全奏では圧倒的な響きに。頻繁に登場する付点8分音符と16分音符のリズムは7番、第2主題途中の53以降の9度の跳躍は9番のそれぞれ先取りのように聴こえる。その一方で全体を通して多用される、2分音符を3つに分けた3連符は5番を思い出させる。101以降の第3主題に合いの手を入れる第1,2Hrと第1Tpのフレーズが、いつものブルックナー・リズムの逆になっているのも面白い。
 その後もブルックナー特有の振幅の大きな音楽が続くが、終盤の361以降でさらに1段ギアを上げた響きで力強く終わる。
 第2楽章、夜明け前のまだ暗い雰囲気を思わせる弦のハーモニーに対し、5以降Obが一番鶏の鳴き声のような、7番の先取りフレーズを奏でる。まだ作曲家の頭の中だけにある7番の卵の中で、雛が中から殻をしきりに突っついているようだ。25以降ホ長調の第2主題で次第に夜が明けてゆく。53以降ハ短調の第3主題では、低弦のピツィカートの上を第1Vが付点のリズムの続くメロディを奏でると、再び暗い雰囲気に。第2主題が回帰して息長く盛り上がり、頂点に達する125以降では、さすがにもう一息減の厚みが欲しいところ。最後は幸福な雰囲気に。

 第3楽章、時計の歯車を刻むような、やや機械的な雰囲気のスケルツォ。上昇音型と下降音型のせめぎ合いが緊迫感を生み出す。トリオは弦のピツィカートにHr3人が応え、5番のフレーズが回帰。一転してのんびりした雰囲気に。
 第4楽章、VaのトレモロにVの調性不明の下降音型が流れ込む。濃い霧に囲まれたような気分。それを22以降HrとTpの警笛のような和音が打ち破り、29以降の全奏へ。一気に霧が晴れ、音の伽藍が目の前に。65以降の第2主題では第1Vと第2Vが絡み合い、後者の主題が次第に発展してゆく。125以降の第3主題は金管のコラール風主題に木管の7番先取りフレーズが応える。これらの主題が主従ところを代えながら進んでいくのだが、7番の終楽章にかなり近付いたように聴こえるかと思えば、3番の終楽章に戻りかけているように思える場面もある。最後の高みへ至るプロセスも、悠揚迫らぬといったレベルではまだなく、いささか強引に第1主題を回帰させて曲を閉じる。
 終わってしばらくの間沈黙。聴衆にブラヴォー。

 Hrの真後ろに座っていたので当然よく聴こえてくる。元Hr奏者のヴァイグレだからというわけでもないが、Hrが曲の流れを変える場面が多いのに気付く。終始速過ぎないテンポと重心の低い響きを維持。しかも、この曲でブルックナーが様々な試みをしている部分もきちんと演奏させ、他の交響曲と遜色ないスケールの大きさが伝わってくる。

 団員たちが解散しても拍手は止まない。この日の聴衆の思いはみな同じ。リスクを冒して来日したヴァイグレに感謝を伝えなければならない。1人再登場したマエストロにひときわ大きな拍手。
 このコンビの演奏が来年1月まで続くことになり、ファンとしては嬉しい限り。感謝の気持を忘れずにこれからもできるだけ足を運びたい。
 

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